第15話 卑怯者
道場破りの西岡無念を探して五社佐内は、茶屋で襲ってきた男に案内させる。
男の名前は、
「辰巳、お前本当に知っているんだろうな?」
「知っとる。西の……薩摩の反乱に触発された連中が、くすぶっている場所。あんさんみたいな腕の立つ奴を連れて行けば、きっと連中も興味を示すってもんだ」
どうやら辰巳は辰巳で、五社を利用する気満々なようだ。
有望な人間をスカウトしてくれば、仲間内での立場も良くなるというところか。
「俺は、別に仲間になるつもりはねぇぞ?」
「だが、それでもあんさんも武士や。同志の困窮を聞けば、気も変わるかも知れへんやろう?」
ハハッと笑う辰巳の顔を見て、五社は首をかしげる。
本当に分かっているのだろうか? 三人も育てなければならない弟子を抱えて、今更時流に逆らって立つ意地は五社にはない。そんな意地は若い頃にとっくに試したし、そのために失ったモノの大きさには、今でも吐き気がする。
化け物でも出て来そうな荒れ寺に案内されて、熊笹を踏み越えていけば、本堂に車座になって座る人影が見える。
人影が帯刀している姿を見れば、それが辰巳の言っていた物騒な連中なのだと分かる。
「丸腰……政府に迎合しているやつか」
一番入り口に近い所に座していた男が、五社をひと睨みしてつぶやく。
「すんまへん。この男、エライ腕が立つさかいに、一遍話してみてもらおう思うて案内してきました。仲間になったら、役に立つ思うんです」
「腕が立つ?」
「へえ、さっきやり合って、一瞬で押さえ込まれました」
「ほう……辰巳が……」
どうやら、辰巳は立場が低いのであろう。いやにヘコヘコと連中に頭を下げる。
「いや……俺は、反乱の仲間入りする気は……」
「ふうん? 腕が立つ……何流だ? 剣術の流派があるだろう?」
「……天然……またたび流……」
「ま、またたび? 何だそのふざけた名前は!」
車座の男達が、ゲラゲラと笑い出す。
「まあ……酒の肴くらいにはなったか?」
『天然またたび流』の名前を出した時に笑われるのは、いつものことだ。
涼しい顔で微笑みながら五社は連中を見ている。
もちろん、ただ見ているのではない。
人数、刀の扱い方や態度から相手の技量、部屋の大きさから戦法の模索……。話し合いがこじれた時に、瞬時に対応できるように『見ている』のだ。
丸腰の五社が、帯刀している複数の人間を相手するのであるから、当然のことである。
「よさねぇか。名前で推し量るな。ガタイの良い辰巳を押さえ込んだほどの手練れだ。侮ると痛い目見るぞ!」
一見したところ、一番腕の立ちそうだと判断した奥の男が、笑っている皆を制する。
「別に侮ってくれていて構わんのだが」
その方が、五社としては行動がしやすい。そもそも『天然またたび流』という名前には、侮らせるためのまたたび流の剣術の一端が隠れているのだ。
どうせ、侮っている人間も、後でその実力を知れば震えあがるのだから、どうってことはないだ。
「どれ……試してみようか……オイ! 次郎佐、加助」
男に言われて、二人の人間が立ち上がる。
辰巳よりも小柄だが、明らかに剣術の腕は上だろう男達は、五社の前に降りて来る。
「さて……面倒だが、お前達を倒さないと、話は聞いてもらいえないということか?」
「まあ、そう思ってくれていい」
奥の男が、
「初めて聞く流派だ。気になるのは、剣術を志す者として当然だろう?」
と、ニコリと笑う。
いたぶってよそ者が苦しむ様子を酒の肴にするつもりか……、実力を見せつけて下っ端として仲間にいれるつもりか……。
とことん面倒くさい。
五社は、やれやれと苦笑いする。
「で、どっちが次郎佐で、どっちが加助?」
丸腰のままの五社の前に、中段に構えた二人が立つ。
「名乗る必要もないわ。腰抜けめ」
「そうとも。政府に迎合して、剣を捨てたことを悔いれば良いのだ」
「別に……捨てたつもりはないのだが……」
剣を持ったまま往来をうろつくなと言われたから、従っているだけだ。
今でも、己が信じる剣術に則って生きている。
五社からすれば、こんな風に剣を振りかざして横暴を働く輩のほうが、道を捨て剣術を貶めているようにしか見えないのだが……。
「じゃあ、適当に……こっちの太った方が次郎佐で、痩せた方が加助ってことで」
「うるさい!」
次郎佐と呼ばれた太った男が、五社に切りかかってくる。
五社はクルリと身を翻して、男の背中に手をついて飛び越える。急に背中に荷重がかかった次郎佐は、そのままつんのめって砂利の上に転がる。
「な! 何を!」
一瞬のことで自分がどうなって地面に伏しているのかが分からなかったのだろう。
次郎佐が慌てる。
「力の入れ方が雑だから、相手に勢いを利用されるんだ。待ってやるから立てよ」
クククッと五社が笑う。
普段から、猫又のタマとやり合っている五社だ。
変幻自在で天井まで使って攻撃してくる猫又のタマの攻撃に対して、なんとも二人の攻撃はもたついていて遅く単調だ。五社には、二人の動きが手に取るように分かる。
「その程度、奇襲にもなんねぇって!」
背後から切りかかってくる加助に、五社が足元の砂利を蹴り上げる。
五社の蹴り上げた砂利が無数のつぶてになって加助を襲う。
砂利が目に入るのを防ごうと目を伏せた一瞬のことだった。
「遅い!」
五社の右手が加助の頭を横から掴んで、砂利に叩きつけた。
尖った石でもあったのであろう。加助の頭から血が滲んでいる。
「ひ、卑怯だぞ!」
「次郎佐、お前ね。帯刀して丸腰に二人で向かってきておいて、何を偉そうに……」
「だ、だが」
右手の下の加助もなにやらもごもごと文句を言っている。
納得がいかないのであろう。目を見張るような鮮やかな剣技で負けたのならともかく、五社の動きは、次郎佐にも加助にも剣技の端くれにすら見えなかった。
「これは殺し合いだ。子どものままごとでもやっている気だったか?」
五社は右手に力をこめる。加助の頭部が、ギリギリと砂利に食い込んでいく。
石が刺さるのであろう。ゆっくりと砂利の上に血の赤が細い流れをつくり始める。
「い、痛い!」
「知っているよ。血が出りゃ痛いんだ」
味方のもがく様に、ずっと見学していた連中がわらわらと立ち上がる。
「てめぇ! なめたマネしやがって!」
五社を捕えようとする手をかいくぐって、五社は本堂の中へと走り込む。
逃げるだろうとタカをくくっていた者が、突然の五社の乱入に腰を抜かすが、五社はそんな者に関わっている場合ではないのだ。
狙いは一人だけ。
あの男を押さえ込めば、それだけでこの場は収まる。
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