第14話 茶屋
理由がはっきりしない。
そのことが、どうにも気になっていたのだ。
だが、周囲の店や宿で聞き込みをしてみても「聞いたことがない」「見た覚えがない」という答えしか返ってこなかった。
この近辺の住人とは、用心棒や手伝いをしている中で、親しくしている。
もしも、西岡無念に頼まれていたとしても、五社達に嘘をつくとは思えない。
「タマさんは元気かね?」「伊織君はしっかりしてきたな」「五社さんは、嫁もとらんと三人も子どもを育ってて大変だの」「蔵之助は落ち着いてきたかい?」「由岐は嫁にやる気はないか?」などと、気を抜けば長話を始めようとする近所の人たちを、何とかやりすごして、五社は一人集落を出る。
不思議だった。
『天然またたび流』の看板は、無駄にデカい。五社と同じくらいの大きさはある。それとて、こういう時に相手を見つけやすくするためにそうしているのだが、見つけられない。
このご時世に、帯刀して大看板を持ち歩く男なんて、誰がどう考えても目立たないわけがない。
では、どこへ消えてしまったのか……。
五社は、方々を歩き回った道途中の茶屋に入って、茶を飲む。
出がらしの薄い茶ではあったが、それでも飲めば、心は落ち着く。
やはり、反乱を起こしている奴らの所を回るしかないか……。
できれば、関りたくない連中である。
その憤りは、剣術を扱う物として、武士の端くれであった者として、理解できる。だが、徳川様が認め、帝が上に立つのであれば、そこに刃を無理に向けても、何がどうなるというのか。
無駄に血を流して抗うのは、この時代の潮流では、それこそ五社の信念には反する。
「あんたは穏やかで良いね」
偶然隣に座っていた老婆にそう言われた。
老婆の籠には、これから売りに行くのであろう、カブが泥だらけのまま詰め込まれている。
この辺りの村落で百姓でも営んでいるのだろう。畑で収穫をした作物を運んでいる途中で茶屋で休憩というところか。
「ここ最近、盗賊になった元侍がウロウロしていて、たまったもんじゃないんだよ」
「そうですか……」
「ここの藩のお侍ってわけじゃないんだよ? 全く見ず知らずの連中で、どこかからあぶれてきたみたいなんだよ」
五社にぶつくさと文句をぶちまける老婆は、よほど困っているのだろう。
話し出せば、最近の治安の悪さに対しての文句ばかりが吐露して止まらない。
「……おう、ババア。言いたい事言ってくれるやないか」
茶屋の奥から出てきたのは、五社よりも一回りはデカい侍風の男だった。
髷は切ってはいても、禁止されているはずの刀が二本、左の腰にさしてある。
「……ひ!」
「奥の上りでゆっくり休憩していたら、百姓風情が何を偉そうに言うとるんや」
怯えて震える老婆に、侍風の男が顔を近づける。
「そういうことをするから、嫌われるんだろうが。自業自得だ」
五社は茶を飲みながら、老婆の代わりに男に言い返す。
「腰抜けが。テメェのような奴が恰好つけが一番気に喰わねぇて、分からんか?」
「そう言われてもな……。確かに俺も相当な腰抜けだが、こんな百姓の年寄りに凄むお主よりも……ずいぶんマシだとは思うのだよ」
五社に煽られて、男の顔が見る見る怒りで赤く染まる。
ゆっくりと男が、腰の刀を抜けば、刀身の鈍い光が姿を現す。
五社が目で老婆に合図すれば、老婆は慌てて籠を放ったまま這いつくばって逃げていった。
「可哀想に。大切な作物も置いて逃げるなんて」
「この阿呆が!」
男が剣を大きく振りかぶったところに、五社は籠からつかんだカブを男に向かって一振りする。茎の部分を掴んで横一文字に、男の顔の前でカブを勢い良く振れば、カブから飛び散った泥が男の目を襲う。
「うわっ!」
思わぬ攻撃で目つぶしを喰らって、男は剣をその場に落とす。当然、剣を拾おうと男がかがんだところへ、五社は容赦なく顔面に蹴りを入れて、刀身を踏みつけた。
丸腰の五社の反撃に、面食らったのであろう。
蹴られた顔面を抑えながら、男はうずくまってしまった。
「弱い相手ばかり選んで戦うから、腕が鈍るんだよ。猫又がここに居れば、『愚か者め』って、叱られるぞ、お前」
五社は、持っていたカブをポンと籠に投げ入れて、男の前にかがむ。
「
男は、顔を横に振る。
……嘘は……ついていなさそうだった。
「じゃあ、反乱軍の連中を……誰か、伝手はないか?」
五社のその問いには、男は、ゆっくりと首を縦に振った。
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