第13話 五社の帰還
五社が道場に帰ってきたのは、伊織達が皆で夕餉を食しているところであった。
麦飯に漬物、野菜の煮物を並べて食べていた時に、玄関に倒れ込むように五社が入ってきた。
「ずいぶんと時間がかかったのう」
タマなりの歓迎なのであろうか、疲れ果てて仰向けに倒れる五社の上にタマが乗る。
「タマさん、重いってば!」
五社が不平を述べるが、タマはゴロゴロと喉を鳴らしながら香箱座りを始めてしまった。
「生きてた……」
ほっとして漏れた由岐の小声に、五社が「勝手に殺すな」と枯れた声で返事する。
「なぁ、五社先生。どこ行ってたんだよ?」
「五社先生、お食事召し上がられますよね?」
「ほれ、佐内。説明せんか!」
「お前らうるさい。とりあえず、水、水をくれ。そして、タマさんはいい加減どいてくれ……潰れるから」
由岐が慌てて五社に走り寄って、タマを抱き上げる。
蔵之助が五社に水を持っていく間に、伊織は五社の膳を用意する。
蔵之助が柄杓で持ってきた水を飲んで、「ふぅ!」と五社が一息つく。
「ありがとうな、蔵之助」
五社に礼を言われて、蔵之助の顔が緩む。
安心したのだ。元気そうな五社を見て。
もちろん、蔵之助だけではない。由岐も伊織も、タマだって、五社が無事に帰れば嬉しい。
「ほら、先生! お膳を用意いたしましたから」
伊織が声を掛ければ、五社がヨタヨタと立ち上がって膳に向う。
「情けねぇなあ!」
蔵之助がそう言って五社を支えて歩くのを助ける。
蔵之助の助けを借りて、五社が伊織の用意した膳の前に付けば、ちょこんとタマを抱っこしたままの由岐が座る。
由岐だけではない、蔵之助も伊織も、自分の膳を放っておいて五社の隣に座る。
「ほら、良いから。お前達も食え。まだ食事中だろうか」
五社に言われて、しぶしぶ伊織たちも膳につく。
久しぶりに皆で揃って囲む膳に、伊織たちの心は和む。
「五社よ。どうであった?」
いつの間にか五社の隣に座ってタマが尋ねる。
「駄目だ。見つからん!」
五社が不機嫌に答える。
「五社先生? 何をしていたんですか?」
「うん? ああ……気になって探してみたんだが、見つからなかったんだ」
「誰をですか?」
「道場やぶりだ」
漬物を頬張る五社の代わりに、タマが答える。
「え、道場破りを探していたの?」
「やった。やっぱり五社先生も気にしてくれていたんだ」
「あんなに看板を盗られたことは気にしていなさそうでしたのに」
あれ以来、かまぼこ板が道場の門には看板代わりにかかっている。
それを作ったのは五社であったし、そのことを嫌がっている素振りは五社には無かったはずだ。
「別に看板はどうでもよいが、気になるだろうが」
「どういうことですか?」
「ほら、以前にも言ったであろう? この『天然またたび流』の名前であれば、相手にされない。だからこそ生き残ると」
確かにタマは言っていた。
『天然またたび流』という流派の名前が、恰好の悪い物であるからこそ、相手が侮る。だからこそ、この流派が長く続いているのだと。
「だが、こんな片田舎の『天然またたび流』だなんて格好の悪い名前の流派の看板を、持っていく道場破りが現れた。なぜじゃ?」
「……それは……」
伊織たちは顔を見合わせる。
なぜと言われても、そんなの分かるわけがない。
「理由として第一に五社と考えたのは、ともかくどこでも良いから道場を破って、名を上げたかったから」
なるほど。それならば、どこの道場でも構わないから道場を破ったという実績が欲しかったということだ。ならば、片田舎の弱そうな『天然またたび流』なんて、格好の『餌』だったのではないだろうか。
「だから、俺は捜し歩いたんだよ。名を上げたい奴が行きそうなところを」
この明治の世で、剣術の腕が必要なところなんて、どこにあるのだろうかと伊織は考え込む。
「反乱軍の奴らだろう?」
「蔵之助?」
「俺、買い物に行った時に聞いたんだ。薩摩の方で大きな反乱があったって」
「何でよ。薩摩なんて、徳川様が治めていた時から政府側だったのに。今さら……」
薩摩と長州の連中に、幕府方として家族を殺された由岐としては、今更政府に反乱を起こす薩摩の連中の気持ちが分からないのだろう。戸惑いが由岐の顔に浮かんでいる。
「ですが、そこに道場破りの姿はなかったのですね?」
「まあ、な。そもそも、薩摩の連中はもう制圧されているんだ。そこいらを散々歩き回って、小さな反乱を企てている連中を調べてみたが、全く姿がなかった」
「ふむ……では、なぜこんな田舎の道場に来たのであろうな……」
「さあ……誰かの知り合いか?」
そう言われても、誰も身に覚えはなかった。
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