第16話 カシラの話

 猫のように本堂の中を壁まで使って縦横無尽に駆け巡る五社の動きについて来れる者なんていない。

 下手に切り付けてしまえば、この人数である、仲間を殺しかねない。それに対して五社は周囲全てが敵である。逃げて足元をすくってやれば、面白いように転けつまろびつ慌てふためく。


 タンッと、壁を蹴って五社が飛びかかったのは、奥で座っていた男。

 五社の見立てでは、この男が一番の手練れであり、指導者のはずだ。この男を押さえ込めれば、それでこの集団は大人しくなる。


 五社は、一瞬だけ……目が合った気がした。


 だが、男は、動かなかった。そのまま、五社に押さえ込まれて背後を取られた。


「猫みたいな男だな」

「にゃあ」


 猫みたいと言われて、にゃあとおどけた五社に、クククッと男が笑う。


「カシラ!」


 周囲の男達が騒ぎ出す。一斉に周囲の男達が、持った刃を振りかざす。


「はっ! 静かにしろ! てめえらがそのなまくらを振り下ろすより早く、俺がこの男の喉笛をつぶす!」

「……だそうだ。静かに。剣を下ろせ。ガタガタとみっともない」


 カシラは、五社に背後を取られながらも余裕である。


「次郎佐、加助。お前達の負けだ」

「「はっ! 面目ありません!」」


 本堂の前の砂利で頭を下げて、次郎佐と加助がかしこまっている。

 騒然となっていた手下たちも、皆、大人しく元の位置に座りなおす。しれっと辰巳も末席に座っている。


「で、猫男、お前はいつまでそうやっているつもりだ?」


 五社はカシラから手を離して、横にドカリと座る。


「酒!」

「図々しい猫だな」

「丸腰の俺にいきなり攻撃してきたのは、そっちだ」

「確かに」


 また、クククッと楽しそうにカシラが笑う。

 五社の前に盃が運ばれ、その中にカシラが酒を注ぐ。

 クイッと五社が飲み干せば、久しぶりの薄めていない酒が、ピリリと五社の喉を刺激する。


「いい酒だ。美味い」

「だろう? 支援者に酒蔵があってな」

「ふうん。そりゃ豪気だ」


 カシラは、空いた五社の盃に、もう一度酒を注ぐ。

 周囲も、五社が酒を飲んでいるのを見て、酒盛りを再開する。

 次第に本堂の中は騒がしくなってくる。


「あれだけ後先考えずにめちゃくちゃに暴れたんだ。仲間になりにきたのではなかろう?」

「ああ。全くそのつもりはない」

「で、何の用だ。わざわざ酒を無心に来たわけではないだろう? またたび」

「ああ、人を探してな。聞いたことないか? 西岡無念って男なんだが、ウチの看板を持っていきやがってな」

「西岡無念? 知らんな。全く聞いたことがない」

「そうか……。じゃあ、別の一派か……」

「いや、お前の道場の看板を持っていくほどの手練れなんだろう? そんな強い男が、噂にならないわけがない。特に今は……」


 特に今は……の、言葉の先は、言わなくても五社にも分かる。

 西の方で、大きな戦いがあったと聞く。腕に覚えのある者が何人もそこへ加勢しに行って命を落としたのだと。幾人もの侍が、そこでまた散ったのだ。


 だから、特に今は、そんな手練れが残っているのならば、噂にならないわけがないのだ。


「そうか。知らぬなら仕方ない」

「……ああ、だが、妙な話は聞いた」

「妙?」

「そうだ。神隠しに合う話だ。その西岡無念とかいう男と関係があるかは知らんが、手練れの男でも幾人かが、犠牲になっているときく」

「へえ。どういうことだ。神隠しなんて、大抵は女子どもではないのか?」


 『神隠し』の正体は、かどわかしが多い。犯人がどうしても検討のつかない誘拐、かどわかしを、『神隠し』と呼んでいる場合が多いから、どうしてもその被害者は女や子どもという非力な者が多くなる。


「妙だろう? しかも、その時に、犠牲者を取り巻く黒い雲を見たっていうんだから、不気味だ。だから、今日もそのことで話し合っていたんだ。その西岡って男も、その『神隠し』に関連してる可能性は?」

「分からんな。だが、あるかもしれん。付近に聞きまわっても、全く目撃したという話が出てこないんだ。田舎だぜ? よそ者は嫌でも噂が立つのが常なのに」


 『神隠し』にあったというなら、あの大看板を持って歩いていた男が、誰の目にも止まらずに消え失せる……ということも、可能なのかもしれない。


 大の男が、しかも剣の手練れが消える『神隠し』。黒い雲というのも、人間の仕業とは思えない。となれば、妖の仕業であろうか。

 妖……とまで思考をめぐらして、五社はタマのことに思いめぐらす。 


「妖の仕業であるならば……一度帰って、タマさんに聞く方が良いか……」


 帰ることを決意して、五社は、残りの酒を飲み干した。


 

 

 


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