第17話  黒い雲

 皆で膳を囲みながら、五社の話を聞いていた。


「ふむ……。確かにそのやり方は、妖かもしれんの」


 タマがあくびをして丸くなりながら答える。


「道場破りが、神隠しにあったということですか」

「いや、そうとも限らん。被害者かもしれんし、その妖が道場破りかもしれない」


 タマが曖昧なことを言う。


「え……じゃあ、私達があったあの男が、妖かもしれないのね?」

「何だよ。妖かよ! じゃあ、負けたって仕方ないよな」

「馬鹿野郎。まだ妖だって決まってねぇ。それに妖相手だって、負けてどうする」


 五社に叱られて、蔵之助が首をすくめる。


「だって、妖に人間が勝とうなんて……」

「それだって、やりようによっては裏をかけるってもんだ。頭使えよ」


 五社の言葉に「はぁい」と不満そうな返事を蔵之助が返す。

 妖に勝つにはどうしたら良いんだろう……。タマを見ながら、伊織は考える。

 変幻自在、怪異によっては妖術も使う。

 確かに、源頼光をはじめとする人間による妖退治の記録は、文献の中に残ってはいるが、おとぎ話としか考えていなかった。

 まさか、自分達が相手にしなければならないかもしれないなんてと、伊織は震える。


「案ずるな。そんなに基本は人と変わらん」

「変わりますよ。タマさんが敵に回ったら、とても敵いませんし」

「ふぉ! それはタマが強いからじゃ!」


 タマは楽しそう笑う。

 タマと普段から接しているからこそ、妖の強さと身体能力は知っている。だからこそ、怯えているというのに……。お気楽なタマの様子に、伊織はやれやれと半ば呆れる。


「で、神隠しの妖って、どんな妖なのよ。黒雲を使うんでしょ?」


 由岐は怖がるどころか、ワクワクしていそうだ。

 

「そうじゃの……。黒雲を操る妖は、たくさんおる」

「そうなんですね」

「ふむ。古くはぬえ、蜘蛛、そしてネズミ……おお、他にも……龍、それに……」

「待ってください。そんなにいるんですか?」

「いるとも。黒雲なんぞ、妖にとっては基本中の基本じゃ」

「でも、タマさんが黒雲を使っているところなんてみないし……」

「ぬ!」


 タマが黙ってしまう。


「あ……ひょっとして……使えないですか? 雲」

「だ、誰にだって苦手というものはあるのじゃ! 必要のないものは、修行なんてしておらん!」


 普段偉そうなタマが、黒雲の妖術のことを言われて、しどろもどろになっている。こんな好機を、普段みっちりタマに修行させられている三人の子ども達が見逃すわけがない。


「あ……サボったんでしょ。修行!」

「ち、違う! 必要なかったのじゃ!」

「どうだか。あれ? 最善を導くためには、ちゃんと様々なことを準備しておくべきなんじゃないんですか?」

「い、伊織まで!」

「タマさん……そんなんじゃ、『天然またたび流』を背負って立つには……」

「ちょっとぐらい欠点があった方が、可愛いじゃろうが!」


 言い合うタマと子ども達を、五社はゆっくりと水で薄めた酒を飲みながら満足そうに眺める。

 五社の前では、子ども達にせがまれたタマが、小さな黒雲を出そうとして失敗し尻尾に火が点いて慌てている。子ども達は、タマを見て笑い転げている。


「ま、俺には、この水っぽい酒があっているのかもな……」


 目の前の呑気な光景に、五社は目を細めた。


「あ……そう言えば、五社先生?」

「なんだ、伊織」

「荒れ寺の連中とは、上手く話が出来たんでしょう? どうしてあんなに血相を変えて走って帰ってきたんですか?」

「それなんだよ……! 本当に弱っちまって!」


 五社が、眉をひそめて「はぁあああ」。と、大きなため息をつく。


 ふいに、ガンガンと玄関を叩く音がする。


「何でしょうね?」


 伊織が立ち上がって玄関に向かえば、五社が青ざめる。


「き、来やがった! クソッ! 完全に巻いたと思ったのに!」


 何かの襲撃かと伊織たちが怯えて、タマの後ろに隠れる。


「開けてください~! 兄貴~!」


 やたらと明るい声が、外で響いている。


「あ、兄貴? それって五社先生のことですか?」


 五社が、頭を抱えている。よっぽど嫌なのだろう。


「辰巳です~! 佐内の兄貴~!」


 辰巳……。ああ、五社の話で出てきた、茶屋の荒くれ者かと、伊織は思い出す。


「弟子にして欲しいって、くっついてきやがった」

「それは……また、難儀じゃな……」

「兄貴~! かまぼこのお土産もありますぜ~!」


 かまぼこと聞いて、タマの耳がピクリと震える。


「ふむ……。礼儀は知っておるようじゃの……」

「タマさん?」

「佐内よ一人増えるくらい、良いではないか?」

「タマさん? ……ちょ、ちょっと待て!」


 かまぼこと聞いて、タマが止まるわけがない。喜び勇んで、タマは玄関に向かってしまった。

 


 

 

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