第22話 幻覚の街
虚ろな表情の人々が、朦朧と歩き続ける往来に、伊織と蔵之助は戸惑う。
木々には古ぼけた提灯が下がっているから、先ほどよりは明るいから、人々の表情もよく見えるが、正気の者はいなさそうであった。
どこへ行けば良いのか。
戸惑っていると、若い男の姿が目にとまる。
「似てますね……」
「伊織もそう思うか? 似てるよな」
若い男は、どことなく由岐に似ている気がしたのだ。
もちろん性別は違うし、背丈も年齢も違う。だが、どことなく雰囲気が、由岐と似ている気がするのだ。
浅黄色の着物に紺の袴を着た若者は、伊織達には目もくれずにどこかを目指して歩いて行く。
「どこへ行くのか付いて行ってみようぜ」
「そうですね。このままここに居ても仕方ありませんし」
蔵之助と伊織は、若者の後を付いて歩く。
見れば見るほど不思議な世界だ。
建物は何軒か建っている。暖簾が掛かっていたり、荷車が置いてあったりするさまは、黒雲の外の村とそっくりなのだが、生気はない。
「見ろよ。野菜まで置いてあるぜ」
「八百屋ですかね?」
並べられているのは、大根やネギ、芋、菜の花、柿。季節はめちゃくちゃだ。
「妙ですね。こんな時期に、菜の花なんて手に入るわけが……」
伊織が手を伸ばして触ってみれば、菜の花は黒い
「え……!」
見ていた蔵之助が、大根やネギに手を伸ばしてみるが、触る端から全てがかき消されてしまうのだ。
そして、しばらくすると、靄が元の野菜に戻って静かに並ぶ。
「これ……幻覚なんでしょうか?」
「やっぱりどこかに妖が潜んでいるんじゃねぇか?」
伊織と蔵之助は怯える。
その間にも、若者は、さっさと前に歩みを進めている。
「大変、置いていかれる!」
「く、蔵之助! 待って!」
「なんだよ」
「ここは、用心して、隠れて後をつけましょうよ」
どこに妖が潜んでいるかは分からない。
若者が進めば進むほど、往来を歩く人間の数が増えてきたということは、きっと、あの若者は、この黒い霧の世界の中心へ向かっているのだ。
では、この先には、妖の本体がいる可能性が高い。
伊織達は、用心して、物陰に隠れて距離と取りながら、若者を追う。
「建物は……触れるんだな」
蔵之助は、目の前にある板塀を手で触って確認する。
「ええ。でも分かりませんよ。建物に見えているけれども、実体は違う可能性もあります」
幻覚なのだ。
見えている物全てが、伊織には疑わしく感じる。
土塀も柳も、建物も荷車も、全てが偽物だと感じる。
「ほら、伊織! あそこ! 建物に入っていくぞ!」
「ええ。見えています」
若者のほかにも、何人もの侍風の出で立ちの者が、建物にすいこまれていく。
「み、みろよ! これ!」
若者のくぐった門に立てかけられた看板に、蔵之助が駆け寄る。
伊織も気づいた。
これは、『天然あやかし流』の看板に似ているのだ。一枚板を使った古ぼけた板に見覚えがある。
だが、今、表には何も書かれていない。
「ウチの看板かな?」
「どうでしょうか?」
伊織が看板の下の方を確認すれば、そこには、タマが爪を研いだ跡がくっきりと付いている。
「これ……やっぱり、『天然またたび流』の看板ですよ!」
見間違うわけがないのだ。他の猫とは違い猫又のタマ。その爪痕は、板の奥までしっかりと残っているのだ。
「じゃあ、この建物が」
「ええ、きっと道場破りの西岡無念がいる場所なのでしょう」
蔵之助と伊織は、あの西岡無念がいるであろう建物の前に立ち尽くしていた。
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