第27話 陰と陽
五社も辰巳もいない夕餉を、伊織と由岐と蔵之助とタマで食べた後、伊織と蔵之助は、由岐とタマに黒雲の中のことを説明する。
幻影の村があり、虚ろな表情の人間がたくさんいたということ、侍風の人間を操って、道場のような物を西岡無念が営んでいたこと。
「西岡無念が集めた人間達に何をさせているのかは分かりませんが、あまり良いことではない気がします」
伊織は、感じたことを素直に吐露する。
「なぜじゃ?」
「なぜ……。改めて聞かれると分かりませんが、あの西岡無念の笑い方、あの黒雲の中のべっとりと重い空気……それに、集められた人々が、あんな風に虚ろな表情で操られていたことを考えてみると、なんだか嫌な予感がするんです」
「そうだぜ。伊織の言う通りだ。あいつ、部下の人間が死んでも笑ってたんだぜ? そんな奴が良い奴なわけがないんだ」
「確かにな。おそらくは伊織や蔵之助の言う通りじゃろう」
タマがふむふむと納得してくれる。どうやら、あの奇妙な世界のことを上手く伝えられたようで、伊織はホッとする。
「なぁ……無念の道場の中に、一人気になる人物がいたんだよ」
「蔵之助! 待って!」
伊織は蔵之助を制止する。
「なんだよ。聞いてみないと分からないだろ!」
「でも……」
「え、何?」
二人の視線が自分に集まって、由岐はキョトンとしている。
由岐から家族の話を前に聞いていた伊織は、由岐が心を痛めるのではないかと心配だったのだ。
だが、事情の知らない蔵之助は、由岐に確かめたくってしかたないようだ。
「なあ、由岐! 兄貴とかいないか?」
「ええ、いたわ。たぶん……死んじゃったんだと思うんだけれど」
「その兄貴の名前、なんだよ」
「兄様の名前……確か、陽介と……まさか?」
「やっぱりかよ。『桜崎陽介』って名乗る若い男がいたんだよ」
蔵之助の言葉に、由岐の顔がサッと青くなる。
「いや、まだ確定ではないのですよ。同じ名前の別人の可能性もありますから!」
伊織は慌てて取り繕う。
だが、きっとあれはやはり由岐の兄ではないかと、伊織は思う。
あれだけ由岐と面差しが似ていて、さらに名前まで同じなのだ。
「あ……タマさん? 一つ聞いても良いですか?」
話題を反らそうと、伊織はタマに質問を投げかける。
「なんじゃ?」
「僕は、一瞬だけ操られかけた蔵之助を元に戻そうと、蔵之助の耳を齧りました。それで蔵之助は元に戻ってくれたんです」
「ふむ。外からの刺激で、正気に戻ったのじゃな」
「ええ。ですが、中で出会った男を蔵之助が齧ってみたのですが、戻りはしませんでした。どうしてでしょうか?」
ずっと伊織が疑問に思っていたことだ。外からの刺激で元に戻るのであれば、あの男だって正気に戻っても良いはずだ。どうして戻らなかったのか道理が分からない。
「ふむ……蔵之助よ、その男は、顔見知りであったか?」
「いいや。全くの見ず知らず。そんな奴を噛むだなんて、口が腐るかと思った」
ペッペッと唾を吐いて、蔵之助は眉をひそめてみせる。
「さて、どう説明しようか……。ふむ。まず、その妖の気は、『陰』であるということは、納得してくれるか?」
伊織も由岐も蔵之助もコクリと首を縦に振る。
『気』という物は、陰と陽に分かれる。世界は、その陰と陽の気のバランスで成り立っているという考え方があることも、聞いたことがあった。
「妖であっても、このタマの気は「陽」。そして、伊織達のような普通の人間の気も『陽』なのじゃ」
「あれ? 女の由岐も『陽』なんですか?」
「そこは説明が難しいのじゃが、人間という『陽』という存在の中の『陰』というか……面倒じゃの。そこは端折らせてくれぃ」
「はあ……」
伊織は、上手く説明を理解できずに小首を傾げる。
「ともかく、その『陰』を打ち消すのは、『陽』の気。この度のような強い邪気を放つ妖の『陰』はデカい。その『陰』の力で掛けられた妖術を跳ね返すとするならば、大きな『陽』の力が必要なのじゃ。そして、見ず知らずの他人では、『陽』の気が足りなかったということじゃ」
「意味分かんねぇ……」
今度は蔵之助がぼやく。
「ええい! ともかく、蔵之助と伊織は、友達で兄弟弟子で家族なのじゃ! そんな奴が、心の底から戻って欲しいと願って噛みついたから西岡無念の邪気に打ち勝てた。じゃが、全く知らんおっさんに噛みついたところで、何の思い入れもないのだから邪気には敵わなかったということじゃ! これでどうじゃ!」
ぜいぜいと荒い息をしながら、タマは一気にまくしたてた。
「そう……なのね? つまり、家族が心を込めて願えば、打ち勝てるかもしれないってこと?」
「まあ、そうじゃな。心から相手を想う真心は、とても強い陽の気じゃからの。高僧のような修行で磨いた強い気の持ち主にはとても敵わんが、それに似た力を発揮する可能性は大いにある」
「そう……」
浮かぬ顔の由岐は、それ以上何も言わなかった。
「ともかく、じきに佐内と辰巳が戻って来る。それを待って、今後のことを決めるのじゃ。下手に突っ込んでいっても、中にそれほど大勢の人間が捕らえらえているのであれば、とても助けられん」
「そうですね。準備しなければ、勝てるものも勝てなくなります」
「ふむ。その通りじゃ」
ゴロゴロとタマが喉を鳴らして、大きなあくびを一つする。
「久しぶりに身を大きくしたから、ちと疲れたわい」
タマは、そう言うと、近くにあった座布団の上に丸くなって寝てしまった。
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