第26話 生きるための剣術

 伊織と蔵之助を背に乗せて道場へ戻る間、タマはずっとぶつくさと文句を言いっ放しであった。

 


「良いか? 伊織! 聞いておるのか?」

「は、はい!」

「全く。このタマが教えているのは、生きるための剣じゃ。こんな無茶をするために……」


 延々と続く説教に辟易して伊織は、まだ気を失ったままの蔵之助が、少し羨ましくなった。

 タマの説教を聴きながらも、伊織が蔵之助を見れば、あれからまだ意識を取り戻さない蔵之助であったが、顔色はずいぶんと良くなった。

 この分だと、それ程時間もかからずに問題なく目も覚めそうだ。


 あの時、タマが助けに来てくれなかったらきっと命を落としていただろう。

 伊織は、ゾッとする。


「タマさん……」

「何じゃ、まだ説教の途中だ!」

「ありがとうございました。僕らは、きっとあのままだと死んでいました」

「……ふむ……」

「だんだんと体が動かなくなって、寒いのにどうしようもなくて……」


 伊織は、黒雲の中の感覚を思い出しただけで、自然と体が震える。

 

「怖かったか?」


 存外優しい声でタマが問う。


「え?」

「怖かったか、と聞いておる」

「はい。とても怖かったです」


 怖かったと素直に答える伊織に、タマはゴロゴロと喉を鳴らす。


「ならば大丈夫じゃ」

「ですが……せっかく剣術を習っているのにあれでは……」


 『天然またたび流』ではない他の剣術では、『死の覚悟』なんてモノを重視する物も多い。

 切腹の作法、死に面した時もあり方……中には、武士道とはそもそも死ぬことだと説くものもあるのだと伊織は聞いたことがある。

 なのに、いざ自分が死に対峙した時に、あんな風に腰抜けでは、どうしようもない。

 それでは、何一つ守れないのだ。

 現に、今しがたも蔵之助を守ってはやれなかったのだから。


 父母が殺された幼い時と同じで、伊織は、まるで成長していない自分に腹が立つ。


「怖かったのならば、それで合格じゃ」

「どういうことですか?」

「ふむ。死が怖いのは自然のことじゃ。だから生きたいと思うのじゃろう?」

「はい」

「だから生きるための剣を学ぶのじゃ。そこが、我らの『天然またたび流』の出発点。そしてそこから学ぶことで、その恐怖の中で冷静にいられるようにするのじゃ」

「難しいです」

「当たり前じゃよ。だから修行するのじゃ」


 タマの言葉は、伊織には難しかった。

 納得のいかない伊織に、タマは優しい声で言葉を重ねる。


「今は、生きるための剣術であることを忘れなければそれでよいのじゃ」

「はい……」

「で、あるからして、今回のような無茶苦茶な行動は差し控えるのじゃ! 全く、妖の術の中に自ら入って行くなど、言語道断……」


 結局、最後は元の説教に戻ってしまった。

 あまりに口喧しいタマにウンザリした伊織が蔵之助を見ると、目が開いている。

 どうやら蔵之助は、とっくの昔に意識が戻っているのに、何やらすごい剣幕で叱っているタマに恐れをなして、ジッと黙っていたようだ。

 

「あ、蔵之助ずるいです! 一緒に怒られて下さい!」

「わ、馬鹿! 伊織!」

「何! 蔵之助! 起きておったのか!」


 タマの説教は、道場に着いた後も続き、由岐を呆れさせて住職を笑わせた。

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