第10話 修行じゃ!
道場に朝から三人正座して並ぶ前に、タマが座る。
「さぁ! 気合いをいれよ!」
「入れよったって、タマさん。五社先生はどうしたのですか?」
「五社は仕事じゃ」
それにしては早い。いつもは、伊織達の修行を見てから仕事に出るのに、今朝は朝食も取らなかった。
伊織達がタマに叩き起こされた時には、もう五社の姿が見えなかった。
いつもと違う様子に伊織が不安になっていると、蔵之助が小突いてくる。
「親とはぐれた子猫みたいな顔すんなよ。ちょっと五社先生が早起きしただけだろう?」
「子猫みたいな顔なんてしていませんよ」
蔵之助に揶揄われて、伊織は口を尖らせる。
「静かにせんか!」
「そうよ! あんた達の小競り合いに関わっていたら、時間無くなっちゃう! 私は一刻も早く修行を始めたいの」
タマと由岐に叱られて、伊織も蔵之助も首をすくめる。
五社が留守ならば、三人は留守を守らなければならない。
掃除、洗濯、炊事、買い物それら全てを三人とタマで行って、タマに勉学を教わる。
「五社先生に教わりたかった」
「なんですか、蔵之助も寂しいんじゃないですか」
ぼやく蔵之助を今度は伊織は揶揄う。
「ほれ、良いから」
ポフポフとタマが伊織と蔵之助の頭を撫でる。
「良いか? 撃ち合いが始まってしまえば、始まった時点で勝敗は七割がた決まっておるのじゃ」
タマが皆の目を見る。
「病気だったら負けるであろう? 練習不足で体が固くてくそうじゃ。気の入れよう、技や力の力量、それら全ては、試合が始まる前に準備しておくものじゃ」
「でも……タマさん? 昨日の試合、力だったら蔵之助が強いし、技は、私が伊織に負けていたとは思えないの」
まだ納得がいっていなかったのだろう。
由岐が口を挟む。
「最後に剣を落としたのは、完全に私の体力不足。でも、体力不足になるほどに打ち込んでも攻撃しきれなかったのは何故?」
「それは、伊織に聞いたら良かろう?」
「はい、由岐の技、すごかったです。たぶん、同じ技を出しなさいって言われたら、僕には出来ません。攻撃を返すのも無理です。ですが、攻撃しなくても良いから、全力で防ぎなさいって言われたら、防げないモノではありませんでした」
伊織の言葉に、タマは満足そうに頭を縦に振る。
「うむ。伊織とて修行は積んでおる。由岐と伊織程度の力の差ならば、それが可能なのじゃ。タマは『勝たずとも良い』と申した。だから、守りに徹して、由岐にスキが出来るのを待ったのじゃな」
「はい。不思議でした。普段は攻撃の合間を狙って試合していると防ぎ切れないのに、攻撃しなくても良い、勝たなくても良いのだと思うと、由岐の太刀筋が普段よりもよく見えました」
伊織の言葉に、蔵之助も由岐もゴクリと唾を飲む。
二人には、昨日の伊織は神懸かって見えた。何度打ち込んでも、まるで壁に打ち込んでいるように手応えがなかったのだ。
二人とも、格下だと思っていた伊織の異様な様子に、焦りを覚えた。
猫又であるタマが、伊織に呪術の一つでも施したのかと憤りすら覚えていた。
「それだけなの? それだけのことで?」
「はい。タマさんに言われたのは、『勝たなくても良い』『攻撃は受けなくても流すだけ』『攻撃は、剣先が触れるだけで良い』でしたから、僕は、相手の太刀筋に集中していました」
「ほっほっ! 元々視野が広い伊織じゃ。肩の力を抜いてやれば、自ずとそうなる。それに比べて、どうしても勝ちたい由岐と蔵之助は、視野が狭くなっておったのじゃろう」
蔵之助が、「くわぁ!」と今の分からない叫び声をあげて道場の床に転がる。
「なんだよ! じゃあ、道場破りにも、伊織なら勝てたのか?」
「阿呆め。話をよく聞け。お前達程度の力量の差であったから、勝てたのじゃ。聞けば道場破りとは、お前達をコケにするくらいの腕が立つ輩。とてもそれだけで勝てるわけがない」
タマが偉そうにヒゲを揺らす。
大きなあくびをタマは一つする。
「じゃあ、どうすれば?」
「おのずと勝てる理を導き出せるように、修行して力量の差を埋めるのじゃ」
「結局修行かよ」
「当たり前じゃ。どんなに優れた剣術でも、体が正しく出来ていなければ、勝てるわけがないのじゃ」
カッカッカッと笑うタマに、蔵之助が「うへぇ」と不満のこもったうめき声をあげた。
その日の修行は、辛かった。
基本の型の確認、基礎体力のための走り込み、木刀の素振り。
タマの言葉で、いざという時に体が正しく動くためとは分かってはいるが、何をそんなに焦っているのかと不思議に思うくらいに厳しかった。
午後の学習の時間に、タマが論語を読み上げる間に全員が居眠りするくらいには、皆、疲れ果てていた。
天然またたび流! 猫又が剣術指南いたし候! ねこ沢ふたよ@書籍発売中 @futayo
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