第11話 座学

「分かるわけないだろうがぁ!」


 蔵之助が、ゴンゴンと文机に頭を打ち付けている。

 本日も五社はいなかった。

 もう三日も道場に五社は帰っていない。

 案ずるな、適当に帰って来る。と、タマは言うが、皆、早く五社が帰ってくれることを心から待っていた。


 厳しすぎるのだ。タマのここ数日の修行が。

 何か、急いでいるようなタマの様子が気になるが、タマは何も話してはくれなかった。

 さんざん鍛え上げた上で、今は座学の時間。

 タマが、『天然またたび流』の剣術の奥義として、この間の模擬試合で伊織に行ったことをタマが繰り返すが、皆、頭を抱えている。


「このタマの説明で分からぬとは……難儀じゃのう」

「だって、勝ちたいって思わなければ、勝てないよ! やっぱり!」

「そうよね。勝ちたいから修行するのに。勝ちたいって考えを否定されても困るのよ」


 蔵之助の叫びに、由岐も同調する。


「雑念じゃ。意気込み過ぎれば、体は固くなって視野が狭くなるって言っているであろうが」


 タマがあくびをする。

 弓なりになって、伸びをする様は、本当に普通の猫そのもの、尻尾が二本揺れてなければ、猫又とは思えない姿だ。


「良いか、勝ちたいのは当然じゃ。誰しも勝ちたい。だが、その本質を考えるのじゃ。剣術とは、何か? 何のために学ぶ?」

「そりゃ、勝ちたい、強くなりたいから」


 タマの問いに蔵之助が即答する。


「そうよね。強くなりたいのよ。だから、剣術を学ぶのよ」

「ふむ。では、何のために強くなりたい?」


 ズイッとタマが由岐に顔を寄せる。

 ギクリとした表情の由岐は、「それは……」と、言ってそのまま口ごもってしまった。


「強くなったら格好良いじゃねぇか! モテるだろう?」

「蔵之助……それならば、身なりを整えて金持ちになった方がモテるのはないか?」


 蔵之助の答えに、タマが言い返す。

 まあ、確かにそうだろう。

 武士の世は終わったのだ。剣術に優れていたとして、それで女の子が「素敵!」だなんて褒めてくれるとは思い難い。

 ならば、なぜ剣術なんて学ぶのか。


「そうですね……生きるため? でしょうか?」


 伊織は、考えながら答える。


「生きるため? 剣術なんて、殺すためのもんだろうが」

「そうですが……何というか、敵と向き合った時に、剣術があった時に生きることができるでしょう? 剣術を学ぶことで、その……うーん」


 殺すためのもの……そう蔵之助に言われれは、伊織もそんな気がして、分からなくなる。


「生きるための剣術……」


 由岐がつぶやく。由岐にもピンとはこないようだ。


「なかなか本質をついておるがのう。分からぬか?」


 ゴロゴロとタマが喉を鳴らす。


「では、正解ですか?」

「正解というには、少し違うが、道は正しい」


 どうにもタマの言うことは三人には難しい。

 

「他の剣術では、そうではないかもしれんが、この『天然またたび流』では、そうじゃの。蔵之助、この『天然またたび流』の名前、どう思う?」

「格好悪い。もっと『龍王流』とか『最強』とか、格好の良い名前だったら良かったのにって、何度も思った」

「うむ。正直でよろしい。では、その恰好の悪い『天然またたび流』と聞いて、用心するか?」

「しませんね。何それ? って、侮りますね」


 タマに尻尾で差されて、伊織が答える。


「そう。だから、敵が減る。兵法の理想は、戦わずして勝つこと。戦わぬでも、相手が勝手に侮って、勝手に負けてくれるのが、この名前の良いところじゃ」

「うわ、姑息! それじゃあ、ちっとも格好良くない」

「蔵之助よ。剣術とはそういうものじゃ。姑息だろうが、なんだろうが、生き残ればそれで勝ちなのじゃ」


 なるほど……『生きるため』の剣術とは、そういうことなのだと、伊織は少し、合点がいく。


「勝ってねぇし。それじゃあ、何の自慢にもならねぇ」

「蔵之助よ。自慢したいと思う心が、雑念なのじゃよ」


 優しく諭すようなタマの言葉。

 蔵之助は、全く腑に落ちないようで、始終頭を掻いて不貞腐れていた。


「由岐? どうしたんですか?」


 青ざめる由岐に気づいて、伊織が声を掛ける。


「ううん。なんでもない。ちょっと気分が悪くなっただけ」


 由岐は伊織に、青ざめた理由を教えてはくれなかった。



 

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