第34話 再び黒雲の中へ
タマの背に乗って伊織と蔵之助は、黒雲のあった竹林に入る。
翼もないのに妖力で天翔けるタマの姿は、薄く光を放ち、彗星のようであった。
空は薄っすらを白んできて夜明けが近いことを教えてくれているが、まだ周囲は暗く、タマと修行を重ねてきた伊織と蔵之助でも、目を凝らさなければ良くは見えない。
夜明けの冷えた風は、失踪するタマの起こす風と絡まって、つむじ風を巻き起こし、枯葉を天へと巻き上あげる。
タマの通り過ぎた後には、天空に枯葉の道が出来上がり、風が吹き抜けてしまえば、道はすぐに消えた。
「タマさん! あれ!」
伊織が前方を指さす。
伊織が指した方には、どんよりとした雲が凝り固まり、その一部にタマが黒雲を切り裂いて作った爪痕が残っている。
「さっきより広がっていないか?」
蔵之助が眉をひそめる。
確かに蔵之助の言う通り、先ほどタマ達が通り過ぎた時よりも、その爪痕が横に広がっている気がする。
……まるで、誰かが無理矢理押し広げたかのように。
「あそこを無理にこじ開けて、由岐は中へ入ったのでしょうか?」
「恐らくな。中には、操られた者しかいないし、由岐以外に、あの中に入ろうという酔狂は……」
そこまで言いかけて、タマはじろりと伊織と蔵之助に目を向ける。
「……酔狂がおったわ。ここに二人もじゃ」
ハアアアア。と、大きめのため息をタマをつく。
「全く。揃いも揃って、あんな危険なところへわざわざ入るなど……」
「三人揃ってってことは、タマさんの教育が……」
「あ、蔵之助! その言い方はダメですよ」
ハアアアア。タマは、また大きくため息をついた。
「ちと、考え直さねばならぬか」
「もう、手遅れかと思いますよ?」
由岐も蔵之助も伊織も、タマと五社の弟子。タマと五社が見守ってくれていると思っているからこそなのか、三人とも、ここぞという時に、とんでもない勇気が出る。
それは、タマの教える剣術のキモではあるのだが、表裏一体で、一つ間違うと『無謀』となり、たちまち命は危険にさらされる。
「ともかく、参ろうか。由岐の命がまだ灯っていることを祈りながら」
恐ろしいことをタマが言う。
わざとだ。
タマと一緒でつい油断している伊織と蔵之助に気合を入れ直すために。
「由岐が死んでいるかもしれない」
ゴクリと唾を飲んで、蔵之助の体が小刻みに震える。
「そうじゃないと信じて、僕たちに出来る最善を尽くしましょう」
伊織は、蔵之助に……というよりも、自分に言い聞かせるように、そう言った。
ピョンと一飛びして、タマは、伊織と蔵之助を乗せたまま、不格好に広げられた爪痕の中へと入っていった。
黒雲の中。
先ほどと同じ、真っ暗な空間に道が続いていた。
この道の先に、操られた人々が集う幻影の街があり、その先に、西岡無念の道場がある。
由岐の目的が兄かも知れない『桜崎陽介』を助け出すためならば、きっと道場に向かうであろう。
タマ達も、西岡無念の道場へと歩き出した。
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