第35話 闇を進む

 未だ妖の正体がしれないまま、伊織と蔵之助は、暗闇を歩く。


「ほれ、慎重に歩くのじゃぞ! ここは敵の本拠地だ」


 伊織の肩の上で偉そうにタマが指示する。


「そう思うんなら、いっそピョンと一飛びで敵の道場まで乗せて飛んでくれたらいいのに」

「愚か者め。タマが妖力を巻き散らかして飛べば、敵に警戒されるではないか!」


 蔵之助のぼやきに、タマが応える。


 なるほど、だからタマは、この黒雲の中に入った途端に身を縮めて警戒したのか。と、伊織は合点する。だが、伊織には気になることがある。


「タマさん、でも、ここから逃げ出す時にタマさんの妖力で穴を開けましたし、由岐はここに侵入していますし……」

「うむ。もう手遅れかもしれんの。向こうは、とうの昔に、こちらの動きを全て把握しておいて、罠を張って待ち受けている可能性もある」

「えっ! 気づかれてるの!」


 蔵之助がキョロキョロと周囲を見て首をすくめる。


「フォ! まあ、それでも今は攻撃せん。もっと奥まで誘って、逃げられぬ所まで追い込んでから襲ってくるじゃろう」

「もっと悪いじゃないか!」

「まあ……それを承知で、僕たちは由岐を助けに入ったのですから」


 伊織の言葉に、怯えていた蔵之助も「そうだった」と、気合を入れ直す。


「このタマから離れるでないぞ。二人とも!」

「おい……タマさん、俺の肩へ来ないか?」

「フォフォ! いつもは、重いと文句をいうくせに!」


 タマが楽しそうに笑いながら、伊織の肩から蔵之助の肩にピョンと跳ぶ。


「タマさん。村です。人が増えます」


 伊織の言葉に、「ふむ」と、呟いたタマがさらにネズミほどの大きさまで小さくなって、蔵之助の襟に隠れる。


「わ、こんな小さくなれるの?」

「当たり前じゃ。大きくなれるのであるから、小さくもなれる。ともかく、この世界で猫は目立つ。そのまま人ゴミに紛れて、前に進むがよい」

「分かりました」


 伊織と蔵之助は、タマの指示に従って、前に来た時に辿った道をそのまま進む。

 前と特段変わった様子はない。

 タマが傍にいるからか、あの最初に黒雲に入った時のようなベッタリと肌に張り付くような気持ち悪い空気感はないが、相変わらず虚ろな目をした人々が幻の往来を行き交う。


「いねえな……」

「桜崎陽介ですか?」


 蔵之助は、先ほどからずっとキョロキョロと辺りを見回していた。往来を行き交う人の中に、由岐の兄かも知れない『桜崎陽介』を探していたのであろう。

 伊織も気にはしていたが、それらしい人物とはすれ違わなかった。


「由岐の姿も見えんからの。きっと、伊織と蔵之助が見たという道場に、由岐も桜崎陽介もいるのであろう」


 西岡無念のいる、正真正銘の本拠地である道場。そこから、由岐だけでなく、操られているであろう『桜崎陽介』も救い出せるのだろうか。


「ここの村の人たちも、きっと、操られていなければ、普通の人たちなんですよね?」

「そうじゃろうの」


 タマの答えはそっけない。


「タマさん、ここに居る人たちを皆、助けては……」

「無理じゃの」

「そんな、タマさん! 助けてやってくれよ。可哀想じゃないか」

「お前達を助けるだけで、精一杯じゃ。無理はせん」

「タマさん……」


 タマが無理だというものを、伊織達にはどうしようもない。

 だけれども、やはり、この人達を、妖の傍に置き去りにしてしまうのは、あまりに酷ではないかと思ってしまう。

 今は虚ろな顔をして、意識なく歩き回るだけの人々も、きっと友達も家族もいるのだ。何か、楽しいことをして生きていたのだ。

 それを想うと、伊織も蔵之助もいたたまれない気持ちになる。


「ああ! もう! 本当に言うことを聴かぬ子らじゃ。分かったから、そんなしょげた顔をするでない!」

「タマさん?」

「良いか? 相手の度量が分からぬ。よって、約束はできぬが、努力はしよう。このタマが、この人間どもも生きて帰れるように努力はしようぞ!」

「タマさん!」


 パッと明るくなる伊織と蔵之助の表情に、タマは目を細める。


「そうして、明るい顔をしておれ。邪気が、悪気が近づいておるときには、明るくしておった方が、跳ね飛ばせるのじゃ」

「また、陰と陽ですか?」

「そうじゃよ。辛い時ほど明るくしておった方が、かえって吹き飛ばせるのじゃよ」


 それは、とても難しいことではないだろうか。伊織は、考える。


「辛いときは、泣きますよ。やっぱり」

「それも良い」

「なんだよ。タマさん。分かんねぇなあ!」


 明るくしろと言ったり、泣いて良いと言ったり、さっぱり分からなくなって、蔵之助がむくれる。


万物斉同ばんぶつさいどう、道の上では結局は全ては同じなのじゃよ」

「はぁ……」


 タマの言葉が分からなくて、伊織も首をかしげる。


「ええい、もう! 深くこだわり過ぎるなってことじゃ」

 

 伊織と蔵之助が、全く分かっていない様子に、タマが頭を抱える。だが、頭を抱えられても、分からないものは、分からない。伊織の目にも、蔵之助の目にも、万物は違って見えるのだ。


 蔵之助の肩の上でクドクドとタマが説明をはじめ、蔵之助が耳を塞ぎだしたころに、伊織達は、西岡無念の道場に着いた。




 

 

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