第45話 炎
青い炎になったタマが、無念ネズミの手を焼き、体に燃え広がる。
ギャッと悲鳴をあげて、無念がタマを手放すが、タマの炎は、無念の体の上に乗り、無念を放さない。
「黒雲になれずとも、炎にはなれるのじゃよ」
クツクツとタマが笑う声がする。
「おのれ、猫め。またしても謀ったか!」
「無念よ。お前が妖として術を体得している間に、このタマもずいぶん妖じみた技を覚えたのじゃよ」
炎の中からタマの声が聞こえる。
「猫又とは知っていたけれども、妖だったのね。タマさん……」
「由岐、妙なことに感心している場合じゃねぇぞ」
後ろからは、また操られた人々が追ってきている。
無念がここにいることで、縄張りが変わったのだろう。
「タマさん! 道を!」
伊織が叫ぶ。
伊織は知っているのだ。
この地蔵から先の道は、タマしか示せない。
前にこの世界に迷い込んだ時には、タマがいたから帰れたのだ。
タマがいなければ、ここから先は、どんなに進んだって、この地蔵の前に戻されてしまう。
「分かっておる。そのためにわざわざ捕まってやったのじゃ!」
タマの投げた青い炎がゴウッと大きな音を立てて地面を走り、一直線に道を照らす。道の先には、タマの爪が切り裂いた、空間の裂け目が小さく見える。
「走れ! 無念の体が完全に焼ければ、この空間も、どうなるか分からんぞ!」
伊織達は慌てて五社に続いて走る。
「あの人たちは? 操られているあの人たちは、どうなるでしょう?」
伊織は、伊織達の行く手を阻もうとする人々の行く末を案ずる。
「そんなの、どうしょうもないでしょ!」
「そうだ! 今は急げ!」
由岐と蔵之助が、戸惑う伊織を無理矢理引っ張る。
「で、でも!」
出来れば、皆、生かして帰したい。
もちろん、伊織だって、自分ではどうしようもないことは、分かっている。
それでも、何か……何かできないかと、つい考えてしまうのだ。
「兄貴! 佐内の兄貴!」
空間の裂け目に、見知った顔が現れる。
「辰巳さん!」
「おう! 伊織達も無事か!」
辰巳の後ろから、知らぬ顔を顔を出す。
「伊織、間に合ったかもしれんぞ。喜べ! 忠助! 護符は!」
「はい、ここに!」
五社に忠助と呼ばれた男が、バサッと紙の束を懐から出して振る。
「手を放せ! 忠助! 護符の邪魔をするな!」
「手を? 佐内の兄貴? わ!」
五社に言われて、忠助が護符を手放した瞬間に、無数の護符が、宙を舞い始める。
ある護符は、操られている人間の額にくっつき、ある護符は、無念とタマを襲い、ある護符は、黒雲で作られた空間の四方八方に張り付いて、結界を作ろうとしている。
「なんとなんと。妖避けの護符とな。これは怖い」
タマがケタケタと笑う。
「ダメだ。力を使い過ぎて、タマさんが完全に妖化している」
五社が自分にまとわりとく護符を次から次へと焼こうとするタマを見て、頭を抱える。これでは、せっかくの護符が、タマに焼き尽くされてしまう。
「佐内の兄貴、寺の住職が、絶対に必要になるからって、これを……」
辰巳が渡してきたのは、かまぼこであった。
「さすが住職だ。なんとかなるかもしれん」
辰巳からかまぼこを受け取ると、炎の姿になって暴れるタマに、五社が放り投げる。
「タマ! かまぼこだ!」
「にゃ!?」
かまぼこを見せられた途端に、タマがいつもの猫の姿になってかまぼこに齧りつく。
くるんと空中を回って、タマはすっぽりと伊織の腕の中に納まる。
「なんともうまいかまぼこじゃ!」
両手にかまぼこを抱えて、もぐもぐとかまぼこを食べるタマは、ゴロゴロと喉を鳴らして幸せそうだった。
「タマさん……いけませんよ。あんなに暴走しては……」
「仕方あるまい? 死ぬよりはましじゃ」
すっかりかまぼこを平らげたタマは、満足そうに前足の肉球を舐めていた。
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