第6話 伊織の長所
由歧が伊織の足を払うが、伊織はサッと由岐の剣を流してしまう。
剣を流された由岐は、すかさずそのままの勢いで伊織の首を狙うが、それも伊織の剣が受けて、由岐の剣の向きを変えてしまう。
道場には、竹光が打ち合う音が鳴り響くが、由岐は守る伊織を攻めきれずにいた。
流れるような由岐の技は多彩だが、一緒に稽古をしてきた伊織には見知った技であるから、見極めることに集中さえすれば、流すくらいは何とかできる。
それに、先ほどの伊織の試合を見ているからか、伊織の一挙手一投足に警戒して守るために攻めに徹しきれない由岐の技は、どうにも決め手に欠けているようだった。
「すげえ。伊織、いつの間にあんなに腕を上げたんだ……」
自分達より年長で修行歴も長い由岐相手に善戦する伊織に、蔵之助は目を丸くする。
「伊織は小さいから見くびられやすいがの、お前達と同じように修行してきたのじゃ」
蔵之助の頭上のタマがポンポンと蔵之助を叩く。
「伊織の長所は、目が良い所じゃ」
「目?」
「そうじゃ。伊織の視界は広い。そしてよく見ておる。よく見ておるから、このタマがかまぼこを盗ったのに気づいたし、由岐の技も見切っておるのじゃ」
ハアハアとタマが笑う。
なるほど、タマに言われて伊織の動きを見てみれば、由岐の技が出る寸前に伊織は動き出している。同じ道場の弟子同志であるから、技の癖を見極めているということだろう。
「タマさん、伊織に耳打ちしていただろう?」
「おお、気付いておったか。あれはの、勝つための秘策を進ぜたのじゃ」
「何? そんな秘策があるのかよ」
「勝たずとも良い、防御は受けずに流せ、攻撃は、撃ち込まずに触れるだけでよいのだと」
「え、それだけ? というか……勝つためなのに、『勝たずとも良い』って?」
「ふふ、分からぬか?」
タマは喉をゴロゴロと鳴らすが、蔵之助にはサッパリ分からない。
この三つの秘策を試合前に蔵之助が言われたところで、実践する度胸はない。
試合に勝つ気がないならば、どうやって勝つのか?
防御も受けずに流せば、次の攻撃の機会につながってしまうのではないのか?
攻撃は……撃ち込まなければ、勢いがつかないのではないか?
「この『天然またたび流』、あるようにあることが重要なのじゃ。勝利に固執せず、そこにあることを受け入れて、成るように成すのじゃ」
「それは……師匠にもよく言われるけれども……」
「まだ、腑に落ちんか?」
コクリと、蔵之助は首を縦に振る。
「まあ、修行を続けておれば、分かる日もおのずと訪れる」
そんな風に話している内に、目の前では、カランと音がして、由岐の剣が床に転がっていた。伊織が、由岐の剣先をはじいて、由岐が剣を落としてしまったのだ。
「それまで! 勝者伊織!」
五社の試合終了の合図と共に、由岐がぺたんとその場に座り込む。肩で息をして汗でぐっしょりになっているのは、それほど激しく攻撃していたからだろう。
「水、持って来ますね」
パタパタと伊織が、厨へ走っていってしまった。
「何だよ、あいつ。二試合したんだぜ? 何であんなに余裕なんだよ」
「無駄な力を使わんからじゃあ!」
ピョンとタマが飛び上がって、五社の肩に乗る。
「タマさん、もっと分かりやすく説明してやってくれ」
「何を言うか。師匠は佐内であろう? 説明は佐内の役目だ」
タマが五社の肩の上でくつろぐ。「まあ、かまぼこを申もう少しくれると言うならば、説明せんこともないがの」と、タマが前足の肉球を舐めながら付け足した。
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