第20話 竹林の怪異

 結局押し切られて伊織は蔵之助と、住職と小僧が言ってた竹林へと足を運ぶ。

 西の空は茜に染まって、明星が輝いている。東の空が静かに夜を始めている、昼間と夜の境目の時間。黄昏時。

 「黄昏」とは「誰ぞ彼」。つまり、すれ違う人が誰なのかが判別が難しくなる時間であり、「逢魔が時」とも呼ばれている。薄い闇に紛れて、妖が活発に動く時間なのだ。


「確認するだけですからね」


 口が酸っぱくなるくらいに何度も忠告をしたけれども、蔵之助は聞いてくれるのだろうかと、伊織は不安がよぎる。


「ちょっと! 聞いていますか?」

「し! 静かに!」


 伊織の口は、蔵之助の手で塞がれてしまう。

 蔵之助に促されて竹藪の奥を見てみると、モクモクと黒い霧のようなものが蠢いている。


「あれは……なんですかね」

「さあ……あんなの見たこともない」


 伊織と蔵之助の二人で、竹藪の奥の黒いものから目を離せなくなる。

 火事の煙のようだが、そこに炎はない。黒い霧のようであるが霧よりも濃く、辺りに広がる様子もない。


 蔵之助が、竹藪の方へと歩みを進める。


「く、蔵之助! 駄目ですって!」


 伊織が蔵之助の袖を引っ張るが、蔵之助は聞いてくれない。

 力の強い蔵之助は、袖を引っ張る伊織ごと前へ前へと進んで行く。


「蔵之助?」


 蔵之助の顔を見て、伊織はぎょっとする。

 まるで何かに魅入られているかのような蔵之助の表情は、普段とは違う。

 ただ黒雲を見つめ、口元は笑っている。


「蔵之助!」


 伊織は蔵之助の前に立つ。

 蔵之助は、無言で行く手を阻む伊織を押しのけようとするが、伊織も必死で抵抗する。


 ぎゅっと蔵之助を抱きしめて、

「目を覚まして!」

と、伊織は、心の底から蔵之助に訴えかける。


 それでも、蔵之助は目を覚まさず、蔵之助に抱きつく伊織ごと、蔵之助は前へ前へと進み続ける。

 黒雲に、妖に魅入られている。

 伊織は、蔵之助が、正体の分からない妖に憑りつかれているのだと思った。

 何とか蔵之助を正気に戻さなければ、このまま二人して黒雲に引き込まれてしまう。

 伊織は焦るが、蔵之助は何度名前を呼んで揺さぶっても、止まってはくれない。ずんずんと前に進んで、必死になってしがみつく伊織を無視し進み続ける。


 急に悪寒がして、ちらりと伊織が後ろを見れば、もう伊織の背中には黒雲が纏わりつき始めている。


「蔵之助! ゴメン!」


 咄嗟に伊織は蔵之助の耳にかじりついた。

 加減が分からずに、蔵之助の耳から赤い血が滲み、伊織の口の中に血の味が広がる。


「いってぇ!!」


 ハッと我に返った蔵之助が、噛まれた耳を押さえて悶える。


「蔵之助! 蔵之助良かった!」


 伊織は安堵したが、気付けば黒雲が、二人の周囲を取り囲んでいた。


「あ……」

「伊織!」


 伊織と蔵之助、二人して、黒雲の中へと取り込まれてしまった。

 


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