第19話 住職の話
伊織と蔵之助は、昼の修行の後で買い物に出る。
そろそろ日差しも弱まり秋らしさが深まってきた季節だが、日中は暑いくらいの日も多い。
それでも、木立には枯葉がついて、じわじわと近づく冬を予感させる。
「なあ、本当に探さないのか?」
「しつこいですよ。蔵之助!」
辰巳と蔵之助が、黒雲の調査をしたいというのを、伊織は何とか説得したのだ。
五社がいない時にめったなことをして、それこそ道場が全滅なんてことになれば大変だと、一生懸命に反対した。
由岐とタマが起きてきたときには、三人で大騒ぎしていたのだ。
「『天然またたび流』の真髄たる、このタマが許さん!」
という、猫の一声で、タマが収めてくれなかったら、どうなっていたことか。
「いいから、さっさと買い物を済ませてしまいましょうよ!」
やることは沢山あるのだ。
辰巳は、タマの修行がきつすぎてへばってしまったし、由岐が今、道場の片付けなんかをタマと一緒にしてくれているが、早く伊織たちも帰って由岐を手伝わなければならないのだ。
八百屋に着いた伊織たちは、早速買い物を始める。
「えっと、里芋と青菜……後は……」
「おいおい、そんなに買うのか?」
次々と注文をする伊織に蔵之助が驚く。
そんなに買うから、二人で来たのに、何を言っているのかと伊織は驚く。
「だってしょうがないでしょう? 辰巳は、僕たちの倍は食べちゃうんですから」
「はぁ~。大丈夫なのかよ? 家計は元々火の車なのに」
五社が稼いでくる金で細々とやっていたのだ。
今までだって余裕があったわけでもないのに、負担が増えるのは困るのだ。
「辰巳も慣れたら、働いてもらいましょう。僕たちも百姓の手伝いや針仕事なんかをして賄うしかないですよ」
「うわぁ……」
蔵之助の顔から血の気が引く。
蔵之助は、戦で田畑を踏み荒らされた百姓が、口減らしをしようとしているところで五社に拾われたのだと、伊織は聞いている。
その時の恐ろしい記憶があるから、蔵之助は困窮することに人一倍恐怖を感じたのだろう。
「大丈夫ですよ。今回の一件が片付けば、五社先生がまた稼ぎに出てくれますし」
蔵之助を安心させるために言った、伊織のこの言葉が良くなかった。
「俺、やっぱ黒雲のことを調べてみる!」
蔵之助の心に、火をつけてしまったのだ。
「え、ちょっと! それはダメですよ! タマさんだって言っていたでしょう?」
「でも、このまま手をこまねいていたって、どの道野垂れ死ぬんだ。俺は嫌だぜ!」
「いや、まだそこまででは……」
「いや、黒い雲をやっつければ、万事解決なんだろう?」
伊織が止めるのを聞かずに、蔵之助が騒ぎ出す。
「これ、何を喧嘩しておるんだ。みっともない」
「お、和尚様!」
買い物にきたのであろうか。近所の寺の住職が、寺の小僧と一緒に籠を下げて立っている。
住職は、昔から伊織たちのことを気に留めてくれている人物だ。
タマや五社では足らない勉学を教えてくれたり、境内の柿を分けてくれたり、色々と伊織たちが世話になっている人物なのだ。
「す、すみません。蔵之助が……」
「妖が巣食う黒雲ってやつを探しているんだ!」
「黒雲……」
住職が考え込む。
「俺、知っているよ! この間、向こうの竹林で住職様と一緒に歩いている時に、黒い雲を見たもの!」
住職の隣にいた小僧が、楽しそうに話しかけてくる。
「あ、これ! 勝手に言ってはならぬ!」
「だって、見たんだもの!」
七歳ほどのまだ幼い小僧は、住職に咎められて頬を膨らます。
「どんな雲でした?」
と伊織が尋ねれば、
「えっとねえ! 黄昏時の竹林で、奥に黒い塊みたいなのがあってね……ムグッ!」
「おっと……これから先は、佐内かタマさんがおる時にじゃ」
話をしかけた小僧の口を、住職が塞いでしまった。
伊織たちが勝手に黒雲を探しに行くのを防ごうとしたのだろう。
だが……少し遅かった。
嫌な予感がして、伊織がそろりと蔵之助を見れば、蔵之助が目を輝かしてしまっていた。
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