第31話 暴れる男
妖に操られた男の意識は奪ったが、さてどうしようか。
五社は考えあぐねる。
「死んではいないよな?」
峰で打ったとはいえ首にかなり強烈な一撃を五社は喰らわせた。
首の骨が折れて死んでいても何もおかしくはない。その覚悟で放った一撃だ。
「一応心臓は動いているな。となると、こいつが起き上がる前に縛り上げなきゃならねぇだろう」
といっても、五社が縄を持っている訳もなく、周囲を探しても手ごろな物はない。
この男が起き上がる前に縛らなければ、妖に操られたこの男は、自らの危険も顧みずに襲い掛かって来るであろうし、放置して逃げれば、村人が危なくなる。
「仕方ねぇな」
五社は頭を掻く。
この辺りで縛り上げられそうなモノなんて、いまのところこれしか考え付かない。ちと、スース―するだろうが、仕方ない。
他の物を使うよりかは寒くはなかろう。
もぞもぞと男の袴の下に手を突っ込むと、白い布をはぎ取る。
ふんどしである。
「臭せぇ……」
文句を言いながら五社は、縦に二つに割いて、それぞれの布で足首と手首を縛り、男が身動き取れないようにする。
まさか、これを引き千切って暴れることはあるまいが……正気に返った時に、自分のふんどしで縛り上げられたと知れば、男はどんな顔するだろうと想像すれば、クククッと、あまり意地の良くない笑いが五社に浮かぶ。
「申し……」
サエの家の板戸を五社が叩けば、不安そうな顔のサエの母が顔を出す。
「あ……えっと、サエのご母堂……」
「ツタと申します」
「ツタさん。縄をお借りできませんか。今、あの男を簡易で縛ってありますが、起き上がれば……どうしました?」
ハラハラと涙をこぼすツタに、五社は驚く。
「ご無事でよかったです」
「あ……いや。ご心配をおかけしてかたじけない。これを……」
素っ気なく五社が借りていた刀をツタに突き出すと、ツタは刀を恭しく受け取る。
涙で潤んだ瞳で、ツタが五社を見てくる。
こういうことには、五社は慣れていない。
どう接してよいのか分からずにオロオロと戸惑うが、縄は早くもらわなければならないのだ。あの男が目覚めてしまう。
「その……ツタさん、縄を」
「は、はい」
ツタが慌てて涙を拭いながら奥へと引っ込む。
……まずかったかな……。とは思うが、それはもう後の祭りであろう。ここで気が利いた人間ならば、優しい言葉でもかけてやるのであろうが、そんな器用さは、残念ながら五社にはない。
板戸の前で五社は今だ倒れたままの男を警戒して立つが、案の定、男はもぞもぞと動き出す。
「悪い! 早く!」
「はい!」
ツタが慌てて薪拾い用の荒縄の束をもってきた時には、意識を取り戻した男が、暴れ出したところであった。
「嘘だろ? 手足が引き千切れるぞ」
手足に布が食い込めば、痛さで力を弱めるのが普通だ。それがまともな人間というものだ。だが、あの妖に操られた男には、痛覚というものが欠けてしまっているらしい。
このままでは、ツタの目の前で、とんでもない光景が広がる。
自らに手足を引き千切ったまま暴れる男を想像して、五社の背に冷や汗が流れる。
「お母ちゃん……おじちゃん帰った?」
サエまで起きだして、事態は急を要する。
五社は、ツタから縄を奪うように受け取ると、男を縛りつけるために五社は、暴れる男の元へ急ぐ。
手足の自由を奪っているとは言え、これほど大の男が暴れれば、縛りあげるのは容易ではない。
五社が苦戦していると、目の前に女の足が視界に入る。
顔を上げれば、ツタが立っている。
「いかが……」
いかがなされたかと、五社が言う前に、ツタが動いた。
手には、先ほど五社が直した数珠を持っている。せっかく直した数珠の結びを解いて、那智黒石の珠を一つ、暴れる男の口の中に放り込む。
「亡き主人は、妖を退治するのにこの数珠を使っておりました故。効くかと思いました」
那智黒石は、魔除けにも使われる石ではあるが、効くかなんてことは、五社には分からない。
ただ、今まで暴れていた男が、急に大人しくはなった。
「喉につっかえて死にましたでしょうか?」
「さぁ……」
ツタと五社、二人して顔を見合わせて笑った。
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