第39話 陽介の剣

 試せることは全部試したけれども、蔵之助が元に戻る保証なんてどこにもない。


 意識が戻ったことを確認できるまでは蔵之助を縛っておきたいが、周囲を見ても、良さそうな縄がその辺に転がっているわけもなく。


「仕方ないですね。後で怒らないといいですが」


 伊織は仕方なく、蔵之助の褌を外して、それで蔵之助の胴体を柱に縛りつける。

 他の物を使うよりも効率が良い気がしたのだ。

 ちょっと、蔵之助の下履きを触ることに躊躇はあったが、背に腹はかえられない。

 やれることは、全部試したし、万一戻らなかった時のことも考えて縛りもした。

 起きたら蔵之助のことだ、大騒ぎするから、すぐ気づけるだろう。


 そのまま意識のない蔵之助を放置して、仲間の動向を伊織は確認する。


 タマは、まぁ、大丈夫だ。

 先ほどから、屋根を上を走り回る音が聞こえて、次々と瓦礫が落ちてくるが、姿はよく見えないが、走り回っているということは、元気なのであろう。


 それよりも気になるのは、由岐だ。

 伊織が由岐に目を向ければ、どうやら苦戦しているようだ。


 陽介の太刀筋の綺麗さに、伊織は感心する。スッと自然な所作で降りてくる上段からの流れに澱みはない。

 それを受けて流す由岐も見事だと思うが、これはどう見ても、陽介の方が由岐よりも強い。


 伊織がそうであったように、由岐も実の兄である陽介を殺せる覚悟は決まっていないはずだ。

 そもそも、陽介を助けたい一心で、この黒雲の幻術世界へと由岐は飛び込んだ。


 このままでは、由岐は陽介に負けてしまうだろう。

 伊織は、刀を取って、由岐の元へと急ぐ。

 由岐に振り下ろされた刃を、伊織は横から捉えて流す。

 慌てて不自然な受け方をしたから、腕に受ける衝撃が重い。

 

「由岐! 加勢します!」

「遅い! 早くしてよ! 死んじゃうじゃない!」


 加勢して怒られるのは理不尽な気が伊織はしたが、いつも通りの強気な由岐に安心する。


「相手は強いです。由岐、人数で上回っているからって油断しないで下さいね」

「分かっているわよ。伊織ごときが一人増えたところで、簡単に勝てる相手ではないことぐらい」

「もう。本当に負けん気が強いんですから。ごときってなんですか! ごときって!」


 陽介は、敵が二人に増えたことで、警戒しているであろう。

 あんなに激しく打ち込んできていたのが、ピタリと止んで、じっとこちらの隙をうかがっている。


 伊織も由岐も、戦いに集中する。

 一瞬の油断が、命取りになる。人数が多くなれば、逆に相手より有利だと思う気持ちから隙がうまれてしまう。

 自分が相手よりも有利だと思う状況の時ほど、気を引き締めるのは、『天然またたび流』の常識。伊織も由岐もよく知っている。


 警戒を怠らない伊織と由岐に、陽介も攻めあぐねているようで、膠着状態が続く。

 

 なんとか陽介の動きを止めて、操られている陽介を元に戻す方法を考えたいが、どうやって戻せばよいのか分からない。


「ねえ、由岐」

「何よ」

「タマさんは、どうやって操られていた由岐を元に戻したのですか?」

「私に分かるわけないでしょ? 気づいたら、タマさんがいて、操られていたんだと言われたんだから」

「ですよね……」


 状況は分からないが、タマが由岐を正気に戻すことを、蔵之助よりも優先したのは、きっと、由岐の方が、蔵之助も陽介も、元に戻せる可能性が高いからだろう。

 タマは、家族など特別な関係の者が、刺激を与えることで、正気に戻るのだと言っていた。だが、何かの要素が足りない。

 だから、蔵之助は先ほど、元に戻ってはくれなかった。

 

 由岐を元に戻した状況が分かれば、それも明らかになると思ったのだが、由岐にその時の意識はない。

 どうすればよいのか……

 伊織は、つい考え込んでしまう。


「伊織!!!!」


 由岐の声にハッと我に返った時には、陽介が伊織に向かって踏み込んできたところであった。

 避けきれないかもしれない。

 伊織が自らの死を覚悟した瞬間に、由岐が、陽介に体当たりする。

 陽介の体は吹っ飛ばされて、また、すぐさま立ち上がって、伊織達に剣を向ける。

 今度は、体当たりで体勢を崩した由岐へと、陽介が剣を振るってくる。


 伊織が由岐の前に立って、陽介の剣先を躱して、その間に由岐は体勢を立て直す。


「馬鹿なの? 強敵を前に油断して!」

「すみません」


 危なかった。

 もう少しで、何もかもを失うところであった。

 伊織は、呼吸を整えて、向き直した。


 パラパラパラ……


 天井から、埃が落ちてくる。

 ガラガラと瓦が割れる音がする。


 ミシ……

 木の割れる音が頭上で響く。


 天井が崩落する!


「由岐! 後ろへ大きく跳んで!」


 伊織は、そう叫んで、自らも後方へと跳ぶ。


 天井の崩落に気づかない陽介が、伊織と由岐の様子に隙を見出したのか、挑みかかってくる。


 だが、陽介の剣が、伊織達に届くことはなかった。

 陽介は、大きく崩れ落ちてきた瓦礫の山の下敷きになった。




 

 



 


 

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