第24話 闇の中の道場
伊織と蔵之助は、闇の中で『天然またたび流』の看板を見つけて、静かに門をググった敷地の中を巡ってみる。
初めは庭の木陰に隠れて、中の様子をうかがっていたが、やはり建物の中は、よく見えはしない。
「行ってみようぜ、こんなところじゃ見えやしない!」
「え……でも……」
戸惑う伊織をグイグイと引っ張って、蔵之助は建物の中へと入っていく。
たくさんの草履が三和土に散乱している。
草履の数は、入っていった人間の数だ。
つまり、これだけ多くの人数が、中に集まっているということだ。
「操られているフリをするんですよ?」
伊織が釘を刺すと、蔵之助が「分かっているって!」と、軽く返してくる。
本当に分かっているのか……。
伊織は緊張する。
後からも続々と集まってくる人々に紛れて、伊織達は、人々と同じ虚ろな表情を苦労してつくって、同じ歩調で伊織達は歩く。
相手は妖だ。どこから見ているかは、全く分からないから、伊織達は、緊張する。
廊下を歩いた突き当たり。たどり着いたのは、広い道場であった。
そのまま道場に入り込もうとるす蔵之助を捕まえて、伊織は慌てて廊下の陰に身をひそめる。
道場の中に入ってしまえば、そこから抜けるのは難しそうだ。
中をうかがえば、広い道場の中に灯りは、壁際にろうそくがいくつか。
人々は、道場に入ると、次々と床の上に並んで座っていく。
伊織が前の方を見れば、先ほど見た由岐に似た青年も、他の人々と共に座っているのが確認できた。
見れば見れるほどに由岐に似ている青年の顔を伊織は見つめる。
「ふむ……。揃ったな」
声がして前を見てみれば、一番前には、人々を見渡すように一段高い所に胡坐をかいて座る男がいた。
「西岡無念だ……」
小声で蔵之助が伊織に教えてくれる。
あれが無念……。伊織は、無念の姿が思いの他若いのに驚く。恐らくは、五社よりも若いだろうその姿は美麗で、長い髪が黒々とロウソクの火に輝いてみえた。とても邪悪な妖には見えなかった。
「長岡新八郎」「阪永禄朗」……次々に西岡無念に名前が呼ばれて、人々が順に頭を下げていく。「野中忠助……おらぬか。死んだか」。クククッと、意地の悪そうな笑みを無念が浮かべる。
他の者は皆、何の表情も浮かべない。
「まあ、また調達すればよい。今度はもっと強い奴を見つければよいだ。人間なんて、本当にもろい」
ケラケラと笑う様は、ゾッとするほど冷たかった。
無念が、何を考えて、人々に何をさせているのかは分からなかったが、どうやらロクなことではなさそうだ。
ひとしきり笑った後、無念は、また名前を読み上げ始める。
無念が名前を読み上げるのを伊織が聞いていると、蔵之助が、伊織を肘でついてくる。
突かれて、伊織が蔵之助をみれば、蔵之助の唇が、「にげよう」と確かに静かに動いた。
伊織も同感だ。
ここに道場破りの西岡無念の姿があることは確認できた。
だが、道場の中には、侍と思われる風体の人間が、三十人ほどいる。西岡無念だけでも敵いそうにないのに、これだけの人数を伊織と蔵之助の二人で打ち負かせるわけがないのだ。
あの由岐に似た青年は気になるが、今はどうすることもできないだろう。
伊織達は、この不思議な闇の中の道場を、後にした。
去り際に、「桜崎陽介!」と、呼ばれて青年が頭を下げたのを、伊織は確かに確認したのだった。
道場を後にして、「ふう!」と、伊織と蔵之助は二人で息をつく。
「緊張したぁ! 見つかるかと思った!」
蔵之助の顔がふにゃりと緩む。
「ええ。ここまで戻れて良かったです」
伊織も、ほっと胸をなでおろす。
もうあと少しで街外れだ。
ここから先に行けば、あの竹林のあった場所までは戻れるのだ。
「とにかく、一旦戻って、出る方法を探そうぜ」
「そうですね」
まだ、ここから出る方法は分からない。
だが、あの怪しい道場から離れたことで、伊織達の心は少し軽くなる。
「なぁ……あの兄ちゃん……」
「蔵之助も気になってますよね?」
「ああ。由岐の家族かな?」
「やはりそう思いましたか」
伊織も同感だった。
血縁者なのではないかと、ずっと気にしていた。『桜崎』というのは、由岐の姓である。それをあの青年も名乗っていたのだから、可能性は高い。
巻きつけてある手拭いを目印にして、伊織達は前へと進む。
「あれ?」
「どうした? 伊織」
おかしい。
伊織は青ざめる。
確かに、木に巻きつけた手拭いの切れ端を辿ってここまで来たのに、景色に見覚えがないのだ。
「これは……幻術にハマってしまったかもしれません」
伊織の言葉に、今度は蔵之助の顔が青くなった。
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