第48話 天翔るタマ
五社達に書き置きを残して、タマは伊織と由岐、陽介を乗せて天を翔ける。
「兄様はまだ病み上がりなのよ。タマさん、ゆっくり走ってよ!」
「由岐はうるさいのう。ちゃんと気をつけておるではないか」
出発してからずっと煩く文句を言い続ける由岐にタマが閉口している。
頭痛の原因を調べるには、陽介本人を連れて行かねばなるまいと、由岐の部屋へと伊織とタマで訪ねた。
由岐はまだ陽介の調子が悪いと猛反対したが、頭痛を治すためなら仕方ないが、自分も同行すると由岐が言って聞かなかったのである。その結果がこの有様である。
「すみません……タマさん」
「陽介さんは悪くありませんよ。由岐がうるさいのが悪いんですから」
恐縮する陽介を、伊織は労う。
陽介は、穏やかな青年であった。由岐に似た面差しは、歌舞伎役者でもやれそうなくらいに整っていたし、こんなに穏やかな性格で、どうして敢えて厳しい剣の道を進むのか分からないくらいであった。
陽介が望むなら如何様にも静かに暮らす術はありそうであるのに。
武家に生まれた。その一点のみが、陽介を修羅の場へ繋ぎ逃れることを許さぬのであろう。
「兄様、苦しくはない?」
「大丈夫だから、由岐。静かにしておいてくれ。皆様にご迷惑だ」
陽介に諭されて、ようやく由岐は静かになる。
「まぁ、大丈夫ですよ。由岐はいつでもこんな風ですから。僕もタマさんも慣れています」
「ちょっと、伊織? こんな風って何よ!」
「由岐、静かにしなさい」
伊織の憎まれ口に由岐は言い返そうにも、陽介がいればなかなか思うようにいかないようだった。
「よかったのう。由岐。陽介が無事で」
普段厳しいタマが感慨深くそう呟くほどには、陽介が目を覚ました時の由岐の感激は、すごかった。
幼い頃に死に別れたと思っていた唯一の肉親である。陽介の衣が由岐の涙で濡れたこともいた仕方ないことであろう。
「今回の訪問先は、あの五社先生達が持ってきてくれたお札をくれた住職の寺なのでしょう?」
「そうとも。伊織は、行ったことがなかろう?」
「ええ。そういう仕事は、五社先生が一人でこなしていますから」
三人の子を育てている五社は、用心棒や妖退治も引き受けているのだという。
剣術を使う万のことを引き受けて、危ない仕事もしているようであった。
「ふむ。その仕事、おいおい伊織達も覚えなければの。妖退治の時には、どうしても手を借りなければならない御仁だ」
そのために、今回は五社ではなく伊織達と行くことになったのだが。
「そんな重要な人に会いに行くのに、蔵之助を置いていけば、拗ねないかしら?」
とくに伊織は、蔵之助の弟分である。蔵之助からっしてみれば、自分を差し置いて、なぜ先に伊織を連れて行ったのかと拗ねやしないかという心配は、由岐に言われるまでもなく伊織も思っていた。
「ふぉ! 大丈夫じゃ。蔵之助は案外度量が広い。それに……の、あまり会って気持ちの良い人物ではないのじゃ。まあ、覚悟しておけ」
タマの言葉に、伊織と由岐はこの先の不穏を思い巡らし、顔を見合わせた。
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