第16話:天才召喚魔術師と第八王子

 真っ白な視界に色彩が戻れば、そこは見慣れた私の部屋だ。


「到着、と。あぁ、なんかバカなやり取りで疲れたわ——ぽん太、ありがとう。また呼ぶけど、それまで遊んでいていいわよ」


「キィッ」


 短く返事を返したぽん太がフッと虚空へ消えていった。


 転移マジで便利だ。

 行ったことない場所に跳べないのが難点だけど、そんなのは常識的に理解できるし、難点と呼ぶのもおこがましい程〝ぽん太〟の能力は凄まじい。


 実際、魔術という前世の私からすれば不可思議な概念が溢れているこの世界でも、なれてみれば案外普通というか、想像していたより〝便利〟ってわけでもない。


「ハァ、ちょっと休憩……」


 弾力のあるベッドに腰掛ければ、その反発が柔らかく私を包み込む。


 ベッドも前世の記憶と大差ない。いや、実際私の部屋にあったシングルなベッドと、このプリセンスな感じのベッドは雲泥の差ですよ? ただ、あるべき御宅にはありそうなベッド。


 食べ物も、特に違和感はないし。日常生活に溢れていた前世技術の〝便利〟さが魔術にシフトしただけって感じ。細かいこと言えば前世の方が圧倒的に優っているけどね? 


 生活はいいんだよ。電気もガスもないけど魔術で明かりはつくし、お湯もでる。


 ドライアーがなくても一瞬で髪は乾くし、その気になれば空だって飛べる……これは、一部限定的な才能のある人達か、私みたいに〝手段〟がある人に限るけれど。


「……暇」


 ただ一つ。娯楽がないのがいただけない。

 やっぱり、ゲームや漫画、アニメ、ドラマ、スマホ! いや、スマホですね。

 九割スマホです。スマホがない世界っていうのが何よりありえない。


 転移は確かに便利だし、誰でも使えるわけではない。そもそも、一個人が所有できる技術ですらない。


 〝転移コウモリ〟は超絶レアな幻の魔物ですからね、そもそもアレを捕まえて使役するなんて普通考えないワケですよ。ふふ、才能って罪ですわね。


 そんな才能あふれる私でも、流石にスマホは無理です。昔は毎日普通に使っていたけど、正直その仕組みさえ理解していなかった。コレ普通、だよね? 


 ぼーっと意味もなく虚空に視線を彷徨わせながら微睡んでいると。


(おい! アイン様っ! いつまでこの訓練……いや、骨共の八つ当たりに付き合わされるんだ!? 

 いいかげん迎えに——)


「ああ、はいはい。がんばれぇ、若者ぉ。私は今超忙しいので、もう少しかかります。健闘を祈る」


(ああっ!? その声、絶対寝起きだろっ! 待て、ちょっと休憩——この骨共がぁああ!)


「……うるさい」


 繋がっているパスを強制的に一時遮断して〝通話〟を終了。


 契約の刻印を交わしているもの同士はある程度の距離なら離れていても〝会話〟ができる。

 それ以外にも魔力を共有しあったり、主である私が呼び出せばいつでも〝召喚〟できたりと……便利な機能満載な契約なのですが。


 スマホとどっちがいいか? 愚問ですね。圧倒的にスマホだわ。


「ないものは、ない……切り替えて行こう。〝時空花じくうばな〟の行き先でも探るかな」


 ベッドから立ち上がった私は、手の平に魔力を宿すと、目の前に小さな円形の術式が三つ現れる。


「来なさい〝ボー助〟〝ヒエ彦〟〝カンタロウ〟」


 スッと魔術式の中から小さな姿を顕にしたのは火の高位精霊ボー助、水の高位精霊ヒエ彦、風の高位精霊カンタロウの鉄板属性トリオ。


(アインよぉ、その呼び名どうにかならねのか? オイラぁどうにも慣れねぇ……ボゥ)


(呼び名など些末なこと、して主人よ我ら三精霊にどのような用向きか……ヒェ)


(いや、大事だよぉ呼び名! 僕だけなんで〝フゥ太〟みたいな括りじゃなくて〝カンタロウ〟なのさ! 後、語尾にカンタッて、どう考えてもおかしいよ……カンタ)


 現れるなり、やいやいと私の名付けに文句を垂れるかわゆい男子の精霊トリオ。

 ちなみにどの子も綺麗な顔立ちなだけに、精霊でミニサイズなのが非常に口惜しい。


 それは置いておいて、名前を付けるのは召喚の時呼びやすいのと……なんだかんだこの子たちも喜んでるから、私は毎回名付けるようにしている。

 

 語尾の強要はしてないよ? 精霊の中でも位の高いピカリンがノリノリで始めたから、精霊達は渋々したがっている感じみたい。


「いいじゃん、みんな可愛いよ? カンタなんて、個性でまくりだよ?」


(ま、まあ、アインがそう言うなら……ボゥ)


(拙者は最初から主人に苦言などあるはずもなし……ヒェ)


(そぅ、かな? 僕、個性あふれてるかなぁ? カンタッ!)


 ぷふ、いや笑ったらアカン。愛い奴らよ。


 コホン、と咳払いを一つした私は、精霊トリオへと視線を向けて本題を告げる。


「今日みんなに来てもらったのは、また三人に〝時空花〟の出現場所を探して欲しいからなの……お願いできる?」


 勇者召喚もとい、異世界召喚に必要な素材の一つ〝時空花〟は時折この世界に現れる原因不明の空間の揺らぎや歪み、その現象が起こった後に数時間だけ現れる幻の花。


 いつ現れるかわからない現象をキャッチしてその場に駆けつけるなんて狙って出来ることじゃない。


(また探してんのかあの花。しょうがねぇな? オイラの炎が世界中から情報集めてやるよ……ボゥ)


(あの花は〝不吉の象徴〟ともされている花、拙者は主人の身が心配……しかし主人の願いとあらば、拙者の眷属も総動員させましょう……ヒェ)


(空間の揺らぎなら、僕の風たちに任せてよっ! どこで起こってもすぐわかるよっ! カンタッ!)


 これだからこの子たちは最高なのよっ、仕事はできるし、見た目も可愛いし。


「ありがとう! よろしくねっ、三人ともっ! 頼りにしてる!」


(おう! オイラに任せとけボゥ)


(必ずや、拙者が主人の願いを叶えて見せようヒェ)


(見つかったらすぐに教えるねっ! カンタァッ!)


 頼もしい声を残して精霊トリオがその場から一瞬で姿を消した。


「これで、素材集めは滞りなしっと……あとは、あいつを迎えに行く前に、マーリンの所にでも行こうかな」


 グッと伸びをして、ドアノブにかけようとした。

 瞬間、私はスッと手を引き、私はそのまま半歩後ろに下がる。


「アイン! アインはいるか!!」


 鍵のかかっていなかった扉は強引に開かれ外から慌ただしく入ってきたのは身なりの整った若い男性。


「アルフレッドお兄様? いくらお兄様でも、ノックも無しに婚姻前の女性の部屋へ押し入るのはあまり関心できませんわ?」


「あ、ああ! 悪かった。いや、急ぎの用事があった物で……」


 ハッと我に帰った目の前の人物、第八王子のアルフレッドは私の視線にびくりと肩をひくつかせ、気まずそうに視線を泳がせる。


「お兄様は相変わらずですわね? お茶を入れます、どうぞ中へ」


 特に何の警戒もなく、私はアルフレッドを自室へと招き入れ、腰掛けるよう促す。


「すまないな、アイン……少し落ち着いてきたよ」


「はい、今お茶を準備しますのでしばらくお待ちになってください」


「ああ、わかった」


 落ち着きを取り戻したアルフレッドはどこか悲痛な面持ちを浮かべたまま繕った笑みで応え、両膝に肘をついて頭を抱えた。


 八番目の兄アルフレッドは、まあ、何というか見たまんまの感じの人だ。

 

 臆病で、気が小さい。兄弟とはいえ他の兄ならそう簡単に部屋へ入れることはないけど、この人が私に何かをするとも思えないし、何かしてきてもワンパンでKOです。


「どうぞ?」


「ありがとう……」


 紅茶を注いだカップをそっとアルフレッドの前へと差し出し、向かい合うように座った私もそっと淹れたての紅茶の香りを楽しみながら余裕のある表情で口元にカップを持っていく。


「さて、そんなに急いで私の元に来られた理由を伺っても?」


 私の問いかけにビクッと肩を震わせたアルフレッドが気まずそうに視線を彷徨わせモゴモゴと口籠っている。


 嗚呼、イライラする。

 顔は、まあ普通なのだけどさ、女の子相手にここまでビクビクしなくても良くない? 私じゃなくてもこの人は同じような感じだけどさ。


 八番目の兄である彼の扱いは、私とあまり大差ない。

 いや、差はあるか。私は忌み嫌われているけれど、この人はただ無能な扱いをされているだけだもんね。


「実は……今侵攻している獣族の国との前線に僕が部隊を率いて向かうことになって、その」


「まあ、それは名誉なことですわね? お兄様なら必ずや武功を立てられますわ?」


 魔族との戦争に備え、獣族を傘下に入れるためその国を攻めている真っ最中の我が国ですが……どっちが悪なのかわからないよね? いや、戦争に悪も善もないんだろうけど。


 獣族は自分より弱いものに従わないから、傘下に入れるなら力を示して勝つしかない。

 ある意味仕方のない行為だろうけど。


「バカを言わないでくれ。戦況が良ければ僕なんかに声が掛かるわけないだろ? 

 状況は最悪、貴族たちが命を落としすぎた。これ以上の戦争は無意味。だけど、ただ引き下がるだけでは示しがつかない。だから僕はその生贄に……ああ、何でこんなことになったんだ! なんで僕が」


 八番目だから、としか言いようがないよね。その理不尽に嘆く気持ちはよくわかるよ? 私にも経験があるからね。うんうん、ドンマイ。


「そうですか、では御武運をお祈りしておりますね。お兄様は必ずや御生還なさると信じています」


 何しに来たか知らないけれど、諦めてお帰りなさい? ここには何の救いもありません。


「……アイン、僕についてきてくれないか?」


 ふいに呟かれたアルフレッドの言葉に、私は考える間も無く反論を返した。


「——なぜ? なぜ曲がりなりにも王女で女子な私が戦場のど真ん中に、しかもお兄様についていく必要が? 頭、大丈夫ですか?」


 普通、女の子にそこ頼む? ないわー。男として、兄として、人として、オールジャンルないわー。


「あ、アイン? いや、僕も兄として情けないことは、よくわかっているつもりだ……妹である君にこんなことをお願いするバカさ加減も十分」


「……そうですか、ではお引き取りください」


 スッと席を立った私は、一礼して扉へと足を進める。


「ま、待ってくれ! それでも、そんな恥を承知でもだ! 僕は君の助けが必要なんだ! アインは、僕なんかと違って、マーリン殿が認める程魔術の才能がある。

 勇者様まで召喚した時は僕も本当に驚いた! 地位だけの兄や姉なんかより君はよほど優秀だ! 

 そこには、もちろん僕も含まれているんだけど……頼む、アイン! 僕を、助けてくれないか」


「お断り——」


 間髪入れずにピシャリと言い放った私の言葉をとんでもない場所から響いた声が遮る。


「話は聞かせてもらった! 受けようぜその依頼? 俺とアイン様で」

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