天才召喚魔術師の私は自己都合で勇者を召喚します

シロノクマ

*一章*王女様の自己都合

第1話 天才召喚魔術師の自己都合

 最後に見た景色は、悲しげな雨の中、そっと〝花束〟の添えられた歩道橋の上から見た雑多な人混みだった。


 手に持っていた傘が舞い上がり、時間がやけにゆっくりと流れていく。


 痛みとか衝撃とか、色んな情報がごちゃ混ぜになりながら、視界の端に一瞬映ったその姿を見て、私は思わず苦笑いするしかなかった。


 ゴツゴツとした冷たい感触が頬に触れる。たまった水溜りをはねさせながら誰かが駆け寄ってくるのがわかるけど、意識はどんどん遠くなっていく。


 視界の半分が赤い色に侵され、徐々に世界から光が消えていく。

 プツン、とテレビの線を抜いたみたいに、私の生は終わりを迎えた。



「テレてててっっててぇ〜、ふふふんふっふふ〜ん」


 私は機嫌がいい、特に今はすこぶる機嫌がいいのだから鼻歌の一つでも歌いたくなる。


「これはアイン王女殿下、本日はご機嫌なようで何よりです。いつ見てもその銀色の髪はお美しいですな……アイン様の緋色の瞳がよく映えます」


 王女、そう、私はここガルムス王国のお姫様。


例え、ふんふんと某RPGのレベルアップ音を口遊んでいたとしてもだ。


 だが君? 銀髪と目の色のこと、私が気にしてるって、知っているよね? ディスってんのかい? それともおじいちゃんだから? 忘れっぽいの?


「次、髪と目のこと言ったら口聞かないからね……それよりマーリン聞いてっ! やっと手に入ったのよ⁉︎ 転移コウモリの羽!」


 宮廷魔術師筆頭の肩書を持ちながら、私専属の師でもあるマーリンは、一瞬たじろいで見せたが続く私の言葉に興味を惹かれるように、長く伸ばした白ひげを撫でながら抱えていた箱を興味深そうに覗き込む。


「い、以後気をつけます……しかし、これは驚きました。まさか本当に幻の〝転移コウモリ〟を見つけなさるとは」


 マーリンを初めて見た時はちょっと感動した。ぶっちゃけ私にはダン○ルドアさんにしか見えない。でも〝マーリン〟って名前な時点で魔術師は確定事項ですよね。


「ふふ、まぁ私の〝才能〟の前には幻も霞んじゃうってことかな?」


 実際は大変でした。見つけたと思った瞬間に転移するし、ようやく追い詰めたら今度はこっちが訳のわからない場所に飛ばされる始末。


高度数百メートルの上空に〝転移〟させられた時には流石に、死んだ——と思ったけど。

そこは私こう見えて王女で有りながら〝稀代の召喚魔術師〟なんて言われている天才召喚魔術師だったりするのです。ただ転移を繰り返すだけのコウモリに遅れをとる私ではないのですよ——出来ればもうやりたくない。


「流石にございます」

「〝時空花〟も確保できたし、後は〝空創の断片〟さえあれば〝勇者様〟を召喚できる」


 私には目的がある。


「おお、ついに〝勇者様〟を我が国にお迎えできるのですなっ、及ばずながらこのマーリンになんなりとお申し付けくだされ」


「うん、じゃあ純度の高い〝魔石〟を用意してくれる? 〝空創の断片〟はマーリンにも手伝ってもらわないと出来ないから」


「それは腕がなりますな! すぐにご準備いたします」


 軽く会釈したマーリンが私の前から遠ざかっていくのを見送りながら無性に自分の口元が緩んでいる事に気がついた。


 まだ、まだよ〝姫神(ひめがみ)桜(さくら)〟最後まで気を抜いちゃだめ。やっとここまでたどり着いたんだから。


「絶対に勇者様を〝あっちの世界〟から召喚する……そして、くひ、クヒヒ」


 おっと、明らかに王女がしてはいけない顔をしていた気がする。

 私がこの世界に〝転生〟して十五年。

 前世では現役のJKだった私は〝とある事件〟に巻き込まれてあっけなく死んだ。


 でも、目が覚めたら〝前世の記憶〟を持ったままこの国の王女、つまりお姫様として私は、生まれ変わっていた! そして、ここは異世界! 剣と魔法のファンタジー‼ まあ実際には〝魔術〟なんだけどね。


 前世ではまともに恋愛することも出来ずに無念の死を遂げた私に巡ってきた最高のセカンドライフ‼︎ 王女としての超絶VIPで優雅な暮らし、イケメン貴族との淡い恋物語。


 のはずだった——実際、私が王女であることに変わりはないのだけれども。

 〝転移コウモリ〟の瓶詰めを入れた箱を自ら運ぶ私の前方、従者を従えて歩く煌びやかな女性が一人。


「アイン? 何、そのはしたない格好」


 しまった……転移コウモリに必死で身嗜みに気を配る余裕なかった。

 でも、多少髪がボサっていても生まれ変わった私はなかなかに可愛いのですよ。

 ちょっとチビですけど? 何か? まあ、この人に対してはなんの意味もないけどね。ここは一先ず誤ってやり過ごそう。


「申し訳ありません、シルヴィアお姉様」


 私は慌てて手ぐしで髪を整えながら頭を下げた。

 橙色の豪華なドレスに身を包んだ彼女は、これでもかという程もりにもったまつ毛をパチリと瞬かせて、下賤な生き物でも見るような視線を私へと向けてくる。

 マスカラとかないのに、どうやって盛っているんだろうかあのまつ毛。


「あなたみたいな者でも一応、王族の一部なのだから、せめて身なりぐらいは整えてもらえないかしら? 王家の品位が落ちるわ? 例え〝十番目〟の末端だとしてもね」


あ〜めんどくさいな〝五番目〟は。いちいち突っ掛かってこないでほしい。


「はい、シルヴィアお姉様。お心遣いに感謝いたします、以後気をつけ——」


「貴女も、もう直ぐ成人ね? 魔術の才能があるにしても、貴女の役割は王家の為に少しでも〝女〟として殿方の目に留まることよ? そのことを肝に銘じておきなさいな」


 挨拶をしようとした私の目の前を無表情のまま通り過ぎていく一行。

 ムカつく、超絶ムカつく‼︎ そうですよ、十番目ですよ? だから何⁉︎ 成人って言ってもまだ私十五ですからっ! 前世と合わせたら三十二? いやいや、ノーカンで! 泣きたくなるから‼︎ 

 それに私は神童とまで呼ばれた超絶天才召喚魔術師だよ? あんたなんてただの五番目だよね⁉︎ このまつ毛お化けっ、バーカ、バーカ。


「……ふぅ、絶対後悔させてやる」


 私は王女、しかしその実態は王女にあらず……王族の切れ端。

 切れ端なのに自由な恋愛も許されない、生まれながらの不平等に不条理。子供の産める歳になったら、どこぞの誰かと強制的に結婚させられ、政治的な道具として男の子を産むまで出産を強いられる強制出産マシーン。


 これでも、元JKなんです。純情な乙女まっしぐらでした。

 貴族の考えとか、小難しいことはよくわかんないけどさ? 超現代っ子の乙女に誰かもわからない相手に嫁いで、子供を産めと? 無理、無理、無理! 

 とにかく私は事故で死に、生まれ変わったと思った新しい人生は産声をあげた時点から詰んでいた。

 でも、私には〝力〟がある。


「——来なさい〝ポチ〟」


 胸の奥から溢れ出る陰鬱な感情を押さえ、俯き顔のまま廊下から吹き抜けになっている中庭に左手を向けてポツリと呟いた。

 瞬間、左手の前に不可思議な文様が円を描き、中空から直径三メートル程の魔術式が瞬時に組み上がる。


「グルゥウァア」


 突如目の前に現れたのは翼竜……尻尾に火を着けたら、有名な御三家の一角っぽい感じになりそうな翼を持った見るも恐ろしい赤肌の竜が現れる。しかし竜は特に暴れることもなく、その頭を私の前へと静かに下ろした。


 〝無詠唱召喚魔術〟私が神童なんて呼ばれる所以の一つだ。


そもそも召喚魔術を扱える人間がレア、そしてそんなレアな人間が命の灯火をすり減らしながら大量の魔力を注ぎ込んで三日三晩の詠唱を紡いでやっと召喚できる伝説級の生き物に強力な魔物、更にあらゆる事象を司る上位の精霊達。彼らを使役して戦う人間をこの世界では召喚魔術師という。


 そんな伝説級の存在である〝ポチ〟が数秒で私の目の前に現れて膝下に頭を垂れてくれる——これが私の〝力〟だ。正直、これ以上の護衛はいないし、従者もいらない。たかだか生まれた順番が早いだけの五番目と私は違う。


「ポチ、マーリンが準備していると思うから〝賢者の塔〟まで飛んでくれる?」

「グルゥア」


 その背に私が飛び乗ったことを確認したポチは、その愛らしい名前に似つかわしくない猛々しい翼を広げ、地を蹴って飛び立った。


「異世界から超イケフェイスの勇者を私が召喚する‼︎  王道の異世界ファンタジーをこの手で作り出すんだから! 今度こそ、私はリア充になるっ‼︎」


 心からの叫びと共に私は天高く登っていくのだった。

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