第2話:天才召喚魔術師の誤算
私の暮らす優雅なお城——否、ドロドロの人間関係が渦巻く魔境を抜け出し、常人の足で半日はかかる道のりを、ポチの背中に乗って数十分ほど飛んだ先。
徐々に近くなってくる高い塔。通称〝賢者の塔〟簡単に言うとマーリンの研究所兼自宅である。
賢王マーリン、もちろん彼が魔術師であることと名前は関係ない。導いたのはアーサー王ではなく私なので偶然の一致ですな。私の中ではむしろアルバス様って感じだし。
宮廷魔術師団の筆頭でもある彼は、まだ幼い……ふりをしていた私の潜在的な力に逸早く気がつき、生後三年でこれからの人生が詰んでいる事に気がついて失意のどん底に沈んでいた私の人生に一筋の光明を与えてくれた恩師であり、魔術の先生、いや校長と呼ばせていただきたい。私の額に傷はないけれども!
さらに私はチートな才能もあった。魔術という選択肢を与えてくれたマーリンには感謝しかない……本人は、私なんかと関わってしまった事、悔やんでるかもだけど。
「ポチ、ここでいいよっ、終わったらまた呼ぶから適当に遊んでいて? あっ、人は食べちゃダメだからね?」
「グルゥ、グルゥア」
ポチはどことなく嬉しそうな……爬虫類系の表情なんてわからなけれども、なんか嬉しそうな雰囲気を漂わせながら私を塔の最上階にあるバルコニーへと下ろしその場から飛び立っていった。愛いやつよ。
「おお、アイン様!
無詠唱に続く二つ目のチートな才能は、魔力量がなんか凄いらしい。
事象系の無詠唱に関しては、私が〝召喚魔術師〟だからって事も関係してるけど……それでも、召喚術式を構築する時に詠唱を必要としない私の能力は特別っぽい。魔力量が多いっていうのは何だかテンプレっぽくて嬉しかった。無詠唱もよくある設定だとは思うけどあまりにも普通に出来すぎて凄いことやっているっ! ていう実感がない。
「そうかな? ポチくらいなら全然疲れたりしないんだけど……きっと教えがよかったんだね? それより魔石の準備はできてる?」
「あれがポチ……御謙遜を、ワシなどアイン様の才能に少しだけきっかけを与えたに過ぎません、アイン様の努力の賜物にございます——準備のほうも滞りなく」
努力。そう、私は自分の中に眠るその凄まじい魔力量を更に伸ばすべく、マーリンからの教えを受け物心ついた頃から無茶苦茶必死に、万年赤点から慶應を目指すぐらいには努力してきた。
「ありがとうっ! これで、これで勇者様を召喚できる」
「はい、国王様も大変お喜びになられるでしょう」
国王? ああ、あの偉そうに椅子に座っているだけの重婚野郎ですか。知りません、そんな人は父でも何でもありません。思春期の女子に父親談義はナンセンスだよ? マーリンさん。
「お父様に勇者様を本当の意味で認めてもらえれば」
私の人生が変わる、イケメンの勇者と恋に落ちその身を捧げる姫、的なポジションに落ち着ける。
「……」
マーリンの視線がどこか生暖かい。きっと「国王に認められるため、ひたむきな私」とか思っているに違いない。違うよ? マーリン、ごめんね? 全然違う。
むしろ、認めさせる事が目的であれば〝私の力〟をひけらかすだけで十分だ。
無詠唱のことも、現在どの程度魔力量があるかということも国王どころかマーリン以外は誰も知らない。
マーリンにも隠している部分があるのが少し申し訳ないけれど。
国王含め兄や姉たちが知っているのは精々、普通より頭一つ飛び抜けた魔術の才能を持っている王女くらいの評価だろう。でも、それでいい。いや、それがいい。
王国のため、という大義名分で好きなだけ研究と勉強の時間が持てて自由に外出も許されている。
まあ外出が許されているのはそこまで私が重要な人間じゃないって事だけどね。
でも実際これが今の私にとってベストだ。有用性が認められている内は無駄に結婚させられることもないし、私の意思も少しは尊重される。
でもここで調子に乗ってはいけない、ここで鼻を高くして「私、無詠唱でバンバン召喚できますぅ。たぶん、人族の基準なら頭二十個分は戦力として飛び抜けてまぁーす」
などと考えなしに言おうものなら、即戦場送り確定。王女とか多分関係なくあの兄姉どもは私を戦場にブチ込む。
王女だよ? お姫様だよ? 女の子だよ⁉︎ 何でそんな血みどろの戦場に行かなきゃいけないわけ?
何か異世界のお約束的に魔族と獣族と一応竜族とかもいるみたいだけど?
まあ、ケモ耳イケメンはちょっと可愛いかも? とか考えてはいるけども⁉︎
後は定番というかなんというか、魔族と人族はやっぱり戦争していて……そんな戦いに駆り出されるのなんて絶対に勘弁です。
戦いなんて興味ないし、誰とも争わなくて済むならそれが一番でしょう? ラブ・エンドゥ・ピース‼︎
私はただ、せっかく生まれ変わったこのセカンドライフをファンタジーに姫としてエンジョイしたいだけなんです。
「しかし、異世界から勇者様を本当に召喚できるとは……いまだに信じられません」
そうだよね、現実味ないよね? でも安心してマーリン。私、そんな感じの人だから!
そしてこの辺りのお約束な感じも前世で〝ラノベジャンキー〟だった私にはありふれた展開なのっ!
こちらで言う異世界、つまり私の前世。その世界を知る私が〝召喚魔術師〟と言う事実。
これはもうディスティニってるでしょう? 運命という名の必然が起きるでしょう?
勇者様さえ召喚できれば、そして私が〝王女〟として勇者様と結ばれれば……九から六番目はどうでもいいとして、あの超ムカつく五番目から上の王子、王女どもを蹴散らして私の権威と意見力がババンと跳ね上がるっ! どこぞの貴族に売られるだけの、肩身の狭い現状から脱出して、王女としての幸せをゲットしてやるのよ!
「それじゃあマーリン、始めるわよ? まずは〝転移コウモリ〟と〝時空花〟を煮込んで……その間に〝空創の断片〟を作っちゃいましょう」
「わかりました。ではアイン様、こちらの魔石にアイン様が調べられたという勇者様の存在を強く願い、魔力に想いを乗せるように注がれてください」
勇者が異世界から召喚できるのではないか? 転生者である私がそこにたどり着くのはごく自然な流れだった。
最初は召喚魔術と同じ感覚でできるかな? と思ったけど、流石に異世界からホイホイと人間を召喚することは出来ないみたいで、うまく行かなかった。
だから私はこの数年間、過去の伝承や文献を調べまくった。ファンタジーに勇者がいないわけがない! だって魔族がいるんだもの‼︎ 私を突き動かすには十分な根拠です。
そうして私は見つけたのだ。
今から数千年前に起きたと言われる全種族を巻き込んだ大規模な戦争を異世界から来た一人の人族の手によって終止符が打たれたという記述を。
それから平和な日々が続いたのか、小競り合いが継続していたのかはわからないけど、他の種族より魔力とか寿命、身体能力で劣っている人族が世界の中心に領土を発展させられているのも、その勇者様の威光とか、影響があったからかもしれない。
「準備はよろしいですぞ、アイン様」
「わかった……いくわよ!」
台座にマーリンが魔石を設置し、私が前世の記憶から引き出した勇者のイメージを魔力に乗せて魔石の中へと注ぎこむ。
流し込んだ私の魔力を魔石へと定着させるように上からマーリンが封印の魔術を施していく。
〝空創の断片〟これは、平たく言えば記憶補完装置……と呼べるほど精密なものじゃないけど、昔の人が意志や想いを後世へと残すために考案された方法で、ただその工程が難易度高めで、マーリンのような優れた術者がいないと成立しないことから廃れてしまった技術だ。
「……出来ましたぞ、アイン様」
相当な精神力を使うのだろう、マーリンの額に汗が滲んでいる。
「やったっ! さすがマーリン‼︎ じゃあ、あと四回お願いするわ」
「よんっ、承知いたしました……」
私が勇者様の召喚方法を知ったのも、勇者の記述に記されていた遺跡へと赴いた時に偶然見つけた〝空創の断片〟から読み取ることが出来た。
ちなみに〝空創の断片〟は一度使用すると二度は使えないため、恐らくこの召喚儀式を知っているのは私一人。つまり、今や私の独占技術なのだ。
マーリン? ああ、マーリンはいいの。何てったってアルバス様だもん。
四回って聞いてからめっちゃテンション落ちてるけど、気にしない。
だって一回で本命来るとは限らないし? ストックは持っとかないとね?
いくら勇者とはいえ、前世で言うと普通の男の人なわけだし、価値観とかちゃんと会う人じゃないとね?
ゆくゆくは、
考えたらめっちゃ緊張してきた——というか、前世でもまともに男子と付き合った事ない私に、勇者と結ばれるなんて高難易度ミッション、クリアできるの? できるの? 私。
でも、やるしかない! これは私の人生をかけた戦いだ‼︎
ただひとつ願うのはイケフェイスであること!ここは譲れません‼︎ 顔じゃなくて中身が大事?
馬鹿をいっちゃいけない……召喚してから三分ほどの限られた時間でフェイス以外の何を判断しろと?
ちなみに三分以内に〝
「……アイン様、四個目、完了でございます」
「ありがとうマーリン、あとは自分で出来るから休んでいていいよ?」
「そんな、世紀の大召喚ですぞ! まだまだ——」
「大丈夫っ、今から魔法陣書いたり、煮込んだ材料に魔石をすり下ろしたりしないといけないから」
「魔石をすりおろ——畏まりました。では少々お言葉に甘えますゆえ儀式の時にはお声掛けください」
自室に戻る後ろ姿はまさしくおじいちゃんだね、マーリン。
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