第3話:天才召喚魔術師の誤算2

 私は記憶している知識を参考に、召喚に必要な秘薬を淡々と作成していく。


「歳は……前世の私と同じくらいがいいな。あとは真面目で、優しくて、年上でもまぁ〜ありか! 学生じゃなかったら、きちんと仕事している人じゃないとね? 後、頭も良ければ言う事なし」


 ブツブツと際限のない願望を垂れ流していたところで、秘薬チックな怪しい液体入りの小瓶が四つ完成。


 準備は完了。

 あとは私を人生の袋小路から救い出してくれる文字通り勇者様を召喚するだけ。

 我ながら完璧な作戦だよ。


「マーリン、準備出来たよ? 勇者様召喚しちゃうよ〜?」


 そっとマーリンの自室を覗き込む。うん、おじいちゃん爆睡。


 まあ、いいか。どうせ一回で成功するとも限らないし、さっさと始めよう。

 おっとその前に大切な事前確認。


『あえいうえおあお〜、本日は晴天なり〜、マイクテスッ、ワントゥ』


 うん、日本語も完璧。

 転生してから喋る機会がなかったから忘れていたらどうしようと思ったけど、全く問題なし。


「異世界から召喚……ってことはうまくやれば、私も元の世界に帰れる?」


 召喚の儀式にはちょっとしたルールが存在する。

 まず、召喚対象は三分間この世界に召喚されるまでに時間がかかる。

 最初にその存在がこの世界へと投影され、三分後に実体が召喚されることで完了。


 カップラーメン待っている時間で勇者を召喚できるって凄くないっ⁉︎


 コホン……つまり、召喚の前段階である三分間でダメだったら強制送還しちゃえばいいんだよね。


「逆に、その強制送還に上手い事入り込めばこの姿のまま私は元の世界に——」


 帰りたい、のだろうか。

 今の環境は私にとって最悪。それは間違いない。でも、元の世界は? 

 そもそも私は戸籍すら存在しない、死んだ人間。

 帰ったところで、誰との繋がりも、頼るべき家族も友達も——やめよう〝友達〟なんて最初からいない、もし本当に帰りたいような繋がりがあるなら、私は〝こんな事〟になっていない。


 私は死んだ。昔の私はもう、死んだんだ——割り切ろう、前を向こう。


 頭を振って決意を固め、小瓶の一つを手にとって丁度一本を使い切るように液体で丁寧に魔術式を描いていく。


「よし、完成! お願いします神様! 最高の勇者、もとい、最高にイケているメンズを私の元に送ってください‼︎ ——私の呼び声に応え、来なさい!異世界の勇者よ」


 魔術式にポウっと光が宿る、私の魔力がグングンと吸い上げられていく。

 これを後三回、できるかな。いや、この一回でいい人が来てくれれば‼︎


 ダメ押しで最後に吸い上げられた魔力の量にドクンっと心臓が強く脈を打った。


「——っく、成功?」


 魔力の過剰放出による頭の急激な痛みに視界が滲み、景色がぼやける。

 瞬間、未だぼんやりと神秘的な光を揺らめかせる術式の中心に人影が見えた。


『っ! 勇者さ、ま……』


 いた。そこには確かに前世の人間、もうこれ以上ないぐらい明らかにあっちの人間がいた。


『……』


 茫然と視線が交差する。

 メガネ、アニキャラのプリントシャツ、脂肪多い、汗すごい、顔……


『うおぉ! 異世界召喚キタコレ⁉︎ 君、女神? ロリ女神まじかわゆすぎて草——』

解放リリース……」


 消えた。一瞬で、何事もなかったかのようにその姿が掻き消えた。


 いや、何も無かったのだ。何も起きなかった。最初から小瓶は〝三本〟だった。


 よし、異世界から勇者様を召喚しよう。うん、早く召喚しなきゃ。


「……私の呼び声に応え、来なさい!異世界の勇者よ」


 ごっそりと魔力が抉り取られる感覚。流石の私でも意識が朦朧としてきた。

 霞む視界を必死にこすりながら意識を保って眼前を見る。


 メガネ、アニキャラ、でっぷりとした脂肪に、卑猥な目線。


『おほっ、本日二度目の異世界召喚ですな——』

「リリィーーースっ‼︎」


 なぜ、なぜなの⁉︎ なんなのこれは。


「ガァアァアアッテェエエエムっ‼」

 とっ、いけない。危うく私の中に眠る〝あの方〟を呼び覚ましてしまうところだった。

 私は王女。決して黒のカリスマではない。


「冷静にならなきゃ……でも、なんであんなにわかりやすいオタク系の人が勇者に選ばれるわけ? 大体、勇者のイメージは私が——」


 そこである結論に思い至った。そして青ざめる。


 〝空創の断片〟には私の中にある〝勇者〟というイメージを定着させてある。それを粉末状にして液の中に混ぜ入れているわけなのだが。


 待って、私の勇者イメージってなんだろうか……ふと蘇る読み漁ったラノベの表紙、特に読み込んでいたシリーズ「ブサオタニートから超絶イケメンになったのでダンジョンよりも異世界美少女攻略を優先します」……うん、絶対にJKが読まないタイトルだよね。


 でもさ、面白かったんだよ? イケメンの下に隠されたブサオタの性質が、逆にイケメンの良さをうまい具合に引き立てていて。


「私だぁああっ! 完全に私のせいだ……〝元がダメ〟じゃ、今回のパターンはダメだぁ」


 今回は転生じゃない、転移召喚。そして、よくある〝神様〟的なイベントを経由しない直送便。


 つまり素材そのまま異世界へお届けしているわけで、ブサな人がイケメンになることはない。

 そもそも設定を知っている私は例え〝イケメン〟でも〝あの人〟が中身だと思うと受け入れられない。


 しかも異世界転移特典とかもないパターンだしね。チートなし異世界転移は私的にちょっとないかなー。


 え、もしかして詰んでないかな? これ。


 ただでさえ今まで使ったこともない量の魔力に全身ヘトヘトなのにこれ以上〝あの人〟が出てきたら私の精神が崩壊する。


 目の前には残る三本の小瓶。感覚的に魔力は後二本が限界……秘薬の効果は今日限り。


「次、こそは……」


 それでもやる! チート能力は私がゴリ押しでサポートするし‼︎  

 まだ見ぬ勇者あなたに求めるのは私の理想を満たしてくれるフェイスのみっ! もちろん性格も大事だけどね⁉︎


 私は、意を決して三本目の小瓶を手に取った。


 あるはずだ、他にもまだ私の注いだイメージの中に理想とする勇者様の姿が。


 確かにコアな異世界ものを多く読んできた……しかし、中には最初からイケメンの主人公も多くいた。


 信じなさい、アイン。あなたの前世、姫神桜の感性をもっと信じるの。


「——来なさい、いや、来てください! 最低でもイケフェイスの勇者様⁉︎」


 今まで経験したことのないような脱力感が全身を襲う。まるで身体中の水分が抜け落ちていくみたいに魔力が枯渇していくのがわかる。


 手足は小刻みに震え、視界も霞む。けれど、今倒れるわけにはいかない。


 私は息を大きく吸って膝を叩く。しっかりと目を開いて術式の中に立っている人物を見据えた。


『おわっ、なんだこれ⁉︎  魔法陣? これってまさか、異世界召喚⁉︎』


「……成功、で、いいのかな」


 雰囲気はちょっと地味だけど基本的に整った顔立ち。真面目で女子に免疫がなさそうな、ザ・ラノベ主人公って感じの雰囲気、制服からして高校生だろう。


『あ、どうも……あなたが僕をここへ?』


 ボ〜っとその姿を観察していた私に気がついた高校生がぎこちなく声をかけてきた。


『初めまして、私はアイン・フォン・レグルシアスと申します、まずはあなたの名前——』


『うぉおお! マジ異世界じゃん⁉︎ 〝フォン〟ってことは、あんた貴族か王族の姫的な人? てか言葉もマジで自然に理解できる! 本と一緒だ‼︎ これが異世界チートって奴か⁉︎ 他にはどんなチートが——、あ! スキルはないんですか? 後ステータス的な奴もありますよね⁉︎ それと、エルフとか獣人は——』


「ステータスとか、それ以上に〝あんた〟がない。リリース」


 しんっ、とその場に静けさが訪れる。私はどっときたメンタル的な疲労感にため息を一つ吐いて、近くの椅子へとおもむろに腰かけた。


「いや、日本語だしね? 言語理解スキルとかないし、単に私の地道な努力の賜物だし」


 正直、私が呼び出そうとしている人種の反応としては、なのだろう。


 異世界という状況に浮き足立つのも、まあラノベ読者として、わからないこともない。


「確かにステータスとかスキルがあれば楽だよね、私も初めは考えたけどさ」


 しかし、無いものはない。魔力量も感覚的なもので、自分の体力を当然の感覚として自分が理解しているのと同様に、なんとなくわかるというぐらいで、他人と比べた結果人族の中では多い方なのだと分かっただけ。


 スキルは、私のように無詠唱で魔術使えるとかは一応スキルに当てはまるのかな? 


 血統などによる〝固有魔術〟とか、種族特性による限定的な能力、召喚魔術も才能がないと扱えないし、各属性の魔術適性は人によって様々だから、それも才能って感じ。


 先ほどの〝彼〟が言うような、名前を叫べば発動する的な、ゲーム感覚のスキルは存在しない。

 あくまで、遺伝、才能、努力……文字通りの技術スキルである。


「はあ、あっち側を知っている私としては、ああやってグイグイ来られると何か滑稽……いや、引いちゃうよね。気持ちは、わかるんだけどさ」


 我がまますぎる、だろうか。


 でも、いずれは〝そう言う関係〟になる前提だし……最初の人とは比べ物にならないぐらいには〝マシ〟だったけど。


 いや、ないわ。多分前世の年齢で考えても年下だったよね……ない、年下ないわー。


「秘薬残り一本……」

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