第23話:天才召喚魔術師と揺れる心

「女子の背中にリバースとか、ほんと最低……臭さっ」


 私は、ふわりと鼻腔をくすぐる吐瀉物の香りが染み込んだ服をすべて脱ぎ、一糸纏わぬ姿となって、汚れた衣服を空中に漂わせている〝球体状の水〟に放り込んだ。


「魔術式即席洗濯機〜! うん、やっぱり魔術は便利!!」


 球体状の水の中に旋風が巻き起こり、先ほど放り込んだ衣服が舞い踊る。


 今何気なくやっているこの洗濯行為ですが、実は物凄い高等技術がふんだんに盛り込まれた上に前世で“洗濯機”を理解している私だからこそ行使できる超ハイパー魔術なのである!!


 複数の高位精霊と契約を結んでいる私は、属性の適性に関係なく精霊の力を直に行使できるので属性魔術に関しては〝魔術式〟を編んで事象を引き出す必要がないのです。


 つまり、思いつきと感覚で、自然に属性現象を行使できていたりする。

 これ、発表しちゃうと世界がひっくり返ってしまう超裏技なんですけどね? 


「本当に、なんなのよあいつ……ひ、冷た」


 獣族の国へと向かう道中、私たちのいく手を阻む様に横たわる森林。

 その森の中にある湖の畔で私は、まさかの嘔吐に汚染された身体を清めていた。


 ちゃぷん、と清らかな水の感触が私の全身を包み込んでいく。冷たい水が、どうにも火照りが取れない私の身体を心地よく冷ましていく。


 当然、何人たりともこの湖には近づけない様に、人避けの結界と風の魔術による〝不可視〟の膜で湖ごと覆っている。


 ラッキースケベなど、そうそう起こしてなるものか。


 まあ、既にラッキースケベの方がまだ可愛げがあると思える程の惨劇に見舞われた後なのだけれども。


 誰も見ていないのを良いことに、身体を仰向けにして浮力に任せたまま湖を漂う。


 木漏れ日と頬を撫でる優しい風が心を洗い流す様に、ゆっくりとした時間が流れていく。


「……」


 ふと思い返されるギュッと抱き寄せられた感触、自然と身体が熱を帯びていく。


「……いや、いやいやいや、ないから。その後ゲロ吐かれたんだよ? どこにときめく要素があるわけ? 私は変態か?」


 その後の光景は、口に出すのも憚れるほどに悲惨な物であった。


 でもなぜか私の記憶はその直前に起きた出来事のみを切り取って、なんなら随分と脚色補正して脳内に流し続けている。


「あれは、抱きしめたとか、そんなんじゃないから……それに、あいつなんか、絶対に」


 考えれば、考えるほど無意識に美化された妄想が肥大化していく気がする。


 ちょっとアクシデントで抱きつかれただけでこんなにも高揚してしまう私、どんだけ人肌に飢えているのか。いや、飢えてないし。全然温もりとか感じてないし!


「……はぁ」

「すげぇ、癒されるよなぁここ」


 そう、癒されるのだ。木々の温もりと優しい風に包まれ、生まれたままの姿で水面を漂う。

 都会では絶対に味わえないある意味最高の贅沢。


 まさか、私意外にも漂っている人がいるとは思わなかったけど……ん?


「はひ?」


 おかしい。ここには私以外いないはず。というか、そもそも人がいたら全裸で湖に浮かぶなんて、ちょっとイタイことしない。


 ギギギギと壊れたブリキの様に声のした方向へ顔を向ける。


「いや〜、良いね。こういう穏やかな時間も、アイン様もそう思う——」


 悪気のない子供の様な表情をした、顔以外ダメな男が私の真横を産まれたままの姿で通りすぎていく。


「な、な、な、な!!?」


 恥ずかしい、見られたっ、とかその他諸々の感情をフルスイングですっ飛ばして頭の中が真っ白になる。


「ガァアアアアッテェエエエエエエエエエムッッツ!!!」


 最大に魔力を乗せた手刀を水面に叩きつけ、ザッパァンと湖が縦に割れた。


 その勢いにきり揉みされながら、異物は視界から消え去っていった。

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