第22話:天才召喚魔術師と遠征

 マーリンの塔での出来事。あれから数週間が過ぎた。


 私の戦場行きはすんなり承認され、むしろ「勇者様ならば、獣族を屈服させられるやも知れぬ」と、根拠のない希望的観測を強引に押し付けられ大手を振って見送られる始末。


 実際に勇者が戦う姿とか見たこともないのにどこからあの信頼が溢れ出てくるのか。


 勇者とか、異世界からきたとか、たったそれだけのワードをとことんブランド化、いや崇拝に近い感じ? とにかく、どうして他人をそこまで手放しに信用できるのか、私にはわからない。


「アイン、本当にありがとう。君がきてくれなければ僕は本当におしまいだった……お陰で、当初の倍以上の兵力をお父上が割いてくださった。これに関してはかなり複雑な心境ではあるけどね? だけど、今では僕の目にも希望が見えているよ」


 アルフレッドが嬉々として語りかけてくる。


「すべては、アルフレッド、お兄、お兄様の、努力が! 実った結果——ですわ?」


 馬車が揺れる! 気分わるっ、馬車移動が苦痛!!


「顔色が優れない様だけど大丈夫かアイン? 勇者様も……後、その、聞きそびれていたのだがその子は」


 現在私たちは、私とアルフレッドが隣り合わせに、向かい合う形でリヒトと隣には人化したイリナ、アルフレッドには見えていないけれど、コクライがリヒトの肩に座っている。


 内装はそれなりに豪華な馬車に揺られ、しかし、前世で綺麗に舗装された道路と人類の英知たる乗り物を知っている私……こちらに転生しても〝ポチ〟の背中で自由気ままな空の旅を楽しんでいた私には快適とは言い難い旅路の途中である。


 もう現地集合、解散とかでよくない? そしたらこんな、微妙に気まずい空気で一週間も気分の悪い旅をしなくてもいいのに。

 

 ちなみに、私一人ならゆっくり休憩しても二日で現地についている。


「ん? ああ、こいつはイリナ。どうやって説明したらいいのか……」


「その子は勇者様がどこからか拾ってきた馬の骨みたいなものです。お兄様はお気になさらず」


「あぁ? なんだとメス——この野郎っ! この間の決着つけてやろうか? きひ」


「私は〝野郎〟ではありませんので? 決着だなんて物騒な……それとも、また私の爪でも研いでくださるのかしら?」


 城内では人目につかない様大人しく〝鎌〟に戻っていたはずなのに、なんでわざわざ馬車の中で人化させちゃうかな。


「っち——ご主人様ぁ、アインがウチをイジメるんだけどぉ? どうしても食べちゃダメ?」


 はっ、狂人が可愛こぶってどうする。うるりんしてるんじゃないよっ! 鎌のくせに‼︎


「ダメに決まっている。その辺でやめとけ? あとで怒られるのは俺なんだぞ?」


(そうだそうだ! それに貴様では、嬢の足元にも及ばんだろうさ)


「はぁい、ご主人様ぁ……うっせぇババア」


(なんだとクソガキぃい)


「だから、二人ともやめろ。怒るぞ」


(ぬぬぬぅ、すまん)

「きひ、ごめんなさい」


 一応、二人、一匹と一個? どちらにしてもリヒトの契約精霊と武器である以上はリヒトに逆らうことはしない。イリナも何気に私を〝アイン〟って呼ぶ様になっているし。


 ただ、狂気全開のゴスロリパンクっ子と、どう見ても魔属性な精霊を連れた〝勇者〟ってかなりシュール。まあ、勇者って言っても私がでっち上げた(仮)なのだけれどね。


「ゆ、勇者様は、本当に面白いお方だね。ハハ、ハハハ……」


 どうしたらいいかわからなくなったアルフレッドが思考を放棄。

 そのまま静かに視線をそらして黙り込んでしまった。


「……」


「……」


 重い空気が流れている。というのも、あの日以来私とリヒトはあまり会話をしていない。

 というか、避けてます。私が、全力で避けています。


 だって、なんか気まずいし? あんな姿も見られて、あんなことも言っちゃたし。

 私は、悪くない。きっと、多分、絶対、おそらく。


 大体、私がなんでこいつに気を使って胃をキリキリさせないといけないの? 

 こいつもこいつで妙に意識している感じだし。というか、なんでこんな事になってるのよ!


 私の計画は? 私を連れ去ってくれる勇者様はどこにいったの!? 目の前? ホワァアアイッ!??


 元はと言えばこいつが悪いんだ! そしてこんなのを召喚した奴はもっと悪い! 誰だ! 私だ!?


 ああ、叫べば叫ぶほどブーメラン。早いとこ素材集めてリヒトを元の世界に送り返そう。

 次こそは、しっかりイメージを固定して理想の勇者様を召喚してやる。


 よし、うじうじ終わり! こんな問題とっと片付けて次に進もう! 切り替えていこう。


 気持ち切り替えたことだし、仮にも戦場へ行くんだからいつまでもこんな感じってのは微妙だよね。


「……」


「……あの、さ」


 どこかすました表情で遠くを見つめているリヒトに私は意を決して話しかける。


「……」

「……」


 人がせっかく話しかけてあげたのに無視? 何それ、なんなのその態度! ああ、そうですか。そういう感じでいきますか。それなら私だって——。


 その瞬間、馬車が大きく揺れた。


「きゃっ」


 思わずガラにもない可愛らしい声で叫んでしまった自分に自己嫌悪を感じていると。


「ぇ、ちょっと、なに——」

「……」


 馬車の揺れに合わせる様に前のめりで、私にリヒトが抱きついてきた。


「ちょっ、何やってんのよ」


 こんな姿を見たら喚き出しそうなコクライもイリナもいつの間にか寝息を立てており、隣のアルフレッドも眠っている様子だった。


 見られていない、セーフ。じゃなくて。


「なんのつもりか知らないけど——いい加減に」


 覆いかぶさったまま私の肩に顔を埋めているリヒト。近い近い近い!

 なぜか熱くなっていく顔をぶんぶんと振って、強引に押し退けようと力を込める。


「アイン、様……悪い、限界、だ」


「限界!? ど、どういう……意味よ」


 ギュッと、背中に回された手が力強く私を抱きしめている。なぜだろう、意味がわからないのに、なんでか胸の中に空いた穴が埋まっていく様な感覚。


 こんなに近くで、誰かに触れるのって……いつぶりかな。


 バクバクと鳴り響く鼓動、その音を感じる度に恥ずかしさやら、なんやらでどんどん顔が熱くなっていくのがわかる。



「冗談のつもりなら、そろそろ、やめて——」

「うっ! オロロ————」


「え? ちょ、え? ぇえ!? えぇえええええっ!?」


 その後、馬車に立ち込める悪臭によって、私たちは一時避難を余儀なくされたのだった。

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