第24話:天才召喚魔術師と揺れる心2
「本当に、申し訳ございませんでした」
地面に額を擦り付けながらリヒトが私に謝辞を述べる。
「……で?」
しかし、そんな安い頭をどれだけ下げられたところで、私が許すことは絶対にない。
むしろ王女のそんな姿を見たのだから、普通に考えて処刑案件だ。
「いや、意識が戻った後、俺はさっきの粗相を謝りたくて。アイン様を探していたらイリナがこっちだと」
「どうやって、この湖に入ったの?」
洗い立ての衣服から一瞬で水分を取り出した私は、魔術で作り上げた土壁の向こう側で服に袖を通す。
「きひひひっ! この程度でウチを止められるわけないっての。いいじゃん、裸の一つや二つくらいっ! ご主人様ぁ? アインの裸なんか見なくても、ウチの裸、見ていいよ?」
狂気じみた笑みを浮かべながら、土壁の上に腰掛け私とリヒトを交互に見据えるゴスロリパンク。
「——うるさい」
「はうっ‼︎」
悪びれもしないロリパンクにイラッとしたので、服から取り出して漂わせていた水分を凝縮して指で弾き、イリナの腹部を撃ち抜いてやれば、苦悶の表情でドサリと落下した。
軽くミドル級ボクサーのボディブローくらいの威力はあったと思われる。
「それで? 言い残すことはもうないのかしら?」
私はおもむろに〝異空の腕輪〟から、とある名工が酷い裏切の据、命を落とした際に、その恨みを込めて打ち叩いたと言われる呪いの魔剣をそっと引き抜き上段に構えた。
「いっ、いや、待て? 俺があんな姿で浮いていたのは深いわけがあってだな?
決してアイン様の小さな——可愛らしい身体を見るつもりなんてかけらもなかったんだ!?
だから、な? その禍々しすぎる剣を下ろしなさい?」
「うん。この魔剣〝美丈夫爆殺剣〟の刃先に触れた“イケメン”は確実に命を落とす!
イケメン致死率百パーセントの呪い付きだから? 安心して? 仕損じることはないから」
「なにその褒めて殺す魔剣?! というか、アイン様、本ッ気で殺しに来てる?!」
何を言っているのだろうか? 乙女の裸を見て、生きていられる方が奇跡ですよ?
能面の様に抜け落ちた表情でリヒトを見据えながらフッと、息を吐いて魔剣を振り下ろす。
「きひっ! マジかよアイン? てか、ウチがご主人様を斬らせるわけねぇし」
ガキンっと、鋭利な鎌になったイリナの右手が魔剣の刃先を受け止める。
「きひひっ〝喰い合い〟でウチに勝てるわけねぇしっ——ぺっ、んだよ、マッジぃ呪いだな」
イリナが鎌を薙げば、魔剣の剣身がボロボロと崩れ去った。私は思わず、ハッと魔剣に囚われかけていた意識を取り戻し、少々やりすぎたと反省しつつ、それでも目の前で魔剣を打ち砕いたイリナに驚愕した。
「ウェ、キモい男の嫉妬な味がするっ、不味っ、オェー」
なんだその味は、と突っ込むのを我慢して、ちょっと空気的に気まずい私は魔剣の柄をその場に放り投げて、その場から退散しようと踵を返し。
(まぁ、まて嬢、リヒトの行動にはちゃんと理由がある……というか、この状況で呑気に水に浮かんでいる嬢こそ、少々のぼせが過ぎるのではないか?)
ふわりと私の目の前に降り立ったコクライがため息まじりに私の肩に乗っかって、片目をつむりながら親指で湖を指す。
このちびっ子は私が悪いと? 完全に私は被害者ですよ?
大体、水浴び中の女子のいる湖に侵入する男の行動に弁解の余地なんてあるわけが。
「う、へ?」
私はコクライの指す方向へと視線を向け、広がっている異様な光景を見て目が点になると同時に変な声を溢しながら全身の肌をゾワリと粟立たせた。
「ふ、〝フロッゲイル〟!? しかも……あんなに」
(これが理由だ。嬢ならその意味、わかるだろう?)
先ほどまで私が漂っていた湖は、清らかな木漏れ日の指す癒しの空間から、水面に所狭しと浮かぶ二足歩行で中肉中背のおっさんの様なカエルの魔物〝フロッゲイル〟に埋め尽くされていた。
「わ、わた、わたし、あの中にいたの? あの、なかに!?」
サーっと全身の血が引いていくのがわかる。
フロッゲイルとは、見た目完全にカエルの頭を持ったおっさんの様な姿で、若い女性を好み、その長く卑猥な舌で絡みとられると全身を弄ばれ最後には丸呑みにされるという気持ち悪さと恐怖を兼ね備えた最悪な魔物。
そんな魔物が水面いっぱいに浮いている姿など、見るだけで卒倒しかねない。
「マジか? きひひひ! あんなに勢いよく湖吹き飛ばしといて気がつかなかったのかよ? アイン、バカ?」
あの時は頭の中真っ白で、正直周囲の様子なんて全く見えてなかったのだよ。
結果的に全てリヒトが悪い。
(こやつらは特性として男は絶対に襲わん。リヒトは嬢に魔物がうじゃうじゃいるのを悟らせぬ様に湖から避難させるため自ら飛び込んだのだ)
「きひひ、そんなご主人様を、まさか本気で……呪い付きの魔剣まで出して亡き者にしようと、す、る、な、んてぇ、ご主人様かわいそすぎぃ? ウチがいなかったら今頃どうなっていたのかなぁ?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらイリナが顔を近づけてくるが、正直何も言えなかった。
カッとなっていたのは確かだけど、ちょっと脅す程度にと思った魔剣に精神を持っていかれたなんて、恥ずかしすぎて言えない。
「おまえら、もういいから黙ってろ。アイン様? そのさっきは悪かったな……まさか馬車があんなにもヤバイ乗り物だなんて思いもしなかった」
イリナの頭をガツっと掴んで脇にどけたリヒト。イリナは拗ねた様に大人しく私から距離をとった。
「……口で、教えてくれれば、よかったのにフロッゲイルのこと」
「ん? ああ、なんつーか、その……アレなら〝助けた〟にならないだろ?」
「————っ」
ニカっと嫌味のない表情で応えたリヒトに、私はただ言葉を失ってしまった。
同時に、こんな私が……手放しで受け入れられているような気がして。
思わず張り詰めていた自分の心、いや、心を覆っていた〝壁〟が脆く崩れたような感覚だった。
「なによ……それ。悪かったわね、めんどくさい奴で」
だからと言って素直になれるかと聞かれれば、それはまた別の話。
「俺は嫌いじゃないぜ? そんなアイン様が。ただの手刀で湖を割って、一撃であの数をやっちまうのは流石に想定外だったけどな?」
「——っ、う、うるさいわね……バカ」
顔が真っ赤になっていくのがわかった。
苛立ちよりも胸の内側から無性に恥ずかしさが込み上げてくる。
背中に吐かれたり、裸を見られたり、見せられたり。
ときめく要素なんてカケラもないのに……今日の私は、なんかおかしい。風邪でも引いたかな。
「アイン……で、いいわよ。前から言おうと思っていたけど。
あんたに〝様〟で呼ばれると、なんか違和感あるし」
なぜ、私はこんなにモジモジしているのか。いつから主人公相手にツンデレを演じる王女枠に収まっているのか!? 違う、断じて違う!
こいつはただの勇者(仮)、こんな奴に呑まれたらダメなのよ!
「あー、イヤだね。俺のこと〝リヒト〟って呼ぶまでは絶対に〝様〟を取らない」
は? いや、器小っさ。やっぱりさっきまでの雰囲気なし! 何その理由、子供か! 大体私はいつも〝リヒト〟って呼んで——ないですね。
言われてみれば、自分で〝名付け〟た割に直接〝リヒト〟って呼んだことないかも。
私の中では〝リヒト〟というキャラとして確立していたつもりなんだけど……ま、いいか。
ここは一つ、私が大人になって折れてやろうじゃないか。
「り、り……り、リヒ、リヒテンシュタイン公国ッ!?」
「ん? ああ、いい場所だよな」
行った事あるんかーい! たしか、スイスとかオーストラリアの間だったよーな?
というかアレェ? 言えない。全然言えない。
なんで? 顔見て〝リヒト〟って呼ぶだけじゃん? なんで言えないの?
なんで、顔が熱くなるわけ? 風邪? あ、やっぱ風邪かな?
「アイン様? どうした?」
見るなぁ、こっち見るなぁ。性格はアレだけど、顔はアレなんだからさっ! 顔近いのは反則だってぇ。
ああ、ダメだ! なんか、このままじゃ色々ダメな気がする!
と、私の思考がカオスな感じになっている所へコクライが救いの声を差し伸べる。
(リヒト、予定とは少し違うが〝本命〟のお出ましだ)
「アイン様のアレ見て逃げないのかよ? 魔物ってのはそういう感覚に敏感だと思ったんだけどな?」
「きひひ、ご主人様。こいつら普通の魔物じゃなくて、洗脳された操り人形だょ? きひ」
リヒト……に対しては、凶暴さの片鱗も見せずに大きな瞳を潤ませるロリパンク娘が指さした先を視線で追って、私も目を細めた。
「ヘルマンティスに、デモンスパイダー、デザートモス……どれも危険指定度A+の凶暴で有害で、気持ちの悪い……こほん、この辺りには生息していない魔物ばかりね」
一言で言うと、馬鹿でかいカマキリとクモとガなわけですが。
デカイ虫、それだけで恐怖以外の何者でもない。
「きひ、きひひひっ! アイン、おまえ虫苦手だろ?」
「——べつに? しょせん虫だし。たかが魔物の一匹や二匹や……三匹」
ああ、やばい。鳥肌立ってきた。
(ふむ、囲まれておるな。気配だけでもざっと二十ほどか)
「……」
あわわわわ。無理ですね?
はい。もう、兵士とか置いて逃げましょう。ポチ呼んで空かっ飛んで逃げましょう。
「きひひっ、おもしれぇ! どうするアイン? ウチの下僕になるならコイツら全員喰い散らかしてやるぜぇ? んん?」
喰う? 食べる? 虫を? デカイ虫を? あわわわわわわ。
「おい、やめとけ。アイン様が黄色いスポンジ並みにあわあわしているだろう。よし、イリナ〝武器化〟だ。訓練の成果を実践で試す」
「ちぇっ……はぁい、ご主人様ぁ! きひひひ」
不服そうな表情を一変させ、頬を薔薇色に染めたイリナはその身体を禍々しい瘴気で覆うと、一振りの〝大鎌〟へと変質させ、リヒトの手元へと収まった。
「あれが、イリナの武器としての本当の姿……」
私のもとに流れ着いた時には、既に封印を施され、小さな鉄の鎌だった。まさか、擬人化するとは夢にも思わなかったけれど。
そんなことよりも今、私はその大鎌……イリナの姿に、不覚にも心奪われてしまった。
リヒトの身の丈よりもはるかに大きな鎌はなんの装飾もなく、どこまでも機能美を追求した様な形状。
効率的に命を刈り取る死神の鎌——。
鋭利な三日月を思わせる刃先は、見ているだけで呑み込まれそうな深い朱色の光を妖艶に発していた。
見るに恐ろしく、だけど美しい。そんな言葉が頭の中に浮かび上がる。
「コクライは、アイン様を頼む——俺は、この無礼な虫どもを駆除してくる」
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