閑話
アインがギルド本部を後にした日の夜。
「まさか、あのアイン王女様が勇者召喚を成功させるとは。我々のような保守派も動く時がきたようだな……」
薄暗闇が街並みを覆い隠そうとする時刻、いそいそと馬車に乗り込む恰幅の良い男がいた。
男が馬車に乗り込むタイミングで燕尾服を着こなす執事然とした男が扉の前で首を垂れる。
「旦那様、こちら本日より冒険者ギルドより斡旋されたBランク冒険者のマッキーセイツ殿です」
執事然とした男の後ろに控えていた柄の悪い大柄な男が不遜な態度で一歩進み出る。
「ロドリゲス子爵様ぁ! オレァ今日からおたく様の護衛に雇われた冒険者だ! 要人警護なんざ柄じゃねぇが、おたく様の依頼は金払いがいいもんでなっ! しっかり守ってやるから安心してなっ!」
品のない大声で笑う冒険者の男を不愉快そうな表情で眺めるロドリゲス子爵であったが、一つ嘆息して柄の悪い冒険者から視線を逸らす。
「本当は巷で噂の『サクラ』という高ランク冒険者に依頼が行くはずだったのだが……まあいい。
仕事さえしてもらえれば金は払う。とにかく馬車を出せ」
執事然とした男は静かに首を垂れると御者台に乗り込み馬を走らせる。柄の悪い冒険者は荷台部分で横柄に身体を伸ばしてくつろぎ始めた。
「……ギルドという機関は画期的だが、こうも柄が悪いと敵わんな。腕は立つのだろうが」
Bランクだと名乗った男の腕前が、徹底して実力主義と名高いギルドにおいて信頼に値することはロドリゲスも理解している。
突如として現れ、瞬く間に大陸全土に手を広げて尚躍進を続ける『冒険者ギルド』という組織が保障している冒険者ランクとは、今や下手な名声よりもシンプルにわかりやすく実力を保証された信頼の証といっても過言ではない。
「ともかく、私の役割は伝説の勇者召喚という報をいち早く各国へと届け、アイン様の後ろ盾となってくださる方を見つけること……」
アインはこの国において最も権威のない王女と自負しているが、本人の預かり知らぬところで彼女の『稀代の召喚魔術師』としての才を武器にアインを祭り上げようとする少数派の貴族も存在する。
だが、ガルムス王国内において最も力を持つのは第一から第三王子までの派閥に属する貴族であり、アインを支持する貴族はロドリゲスを含めた保守派の中でも更に少数派である。
理由は言うまでもなくアインの
「国王陛下がご健在なうちに我々も力を蓄えねば……このまま第一や第二王子とその筆頭派閥に国を牛耳らせるわけにはいかぬ」
ロドリゲスは眉間に皺を寄せながら一人、揺れる馬車の中で考えをめぐらせる。
「第四から第九までの王子、王女はそのほとんどが他派閥に取り込まれているか、あまりに消極的で心許ないお方々ばかり……やはりあのお方に台頭していただく以外この国に、未来はない」
覚悟を決めた表情で固く結んだ自身の両手を見つめていたロドリゲスだったが、不意に急停止した馬車の揺れに思わず体制を崩す。
「——何事だ!」
馬車の小窓から身を乗り出したロドリゲスは思わず絶句した。
御者台で馬を引いていた筈の従者は血溜まりに倒れ伏し、状況が飲み込めていないロドリゲスの視線が彷徨った先に二本の剣を構えその顔を布で覆い隠した怪しげな風貌の男がじっと馬車を見据えていた。
「ひっ——ぼ、冒険者殿! 仕事だっ、奴を仕留めよ!」
この騒ぎの中にあって今し方うたた寝から目覚めたように欠伸を一噛みした冒険者は、二本の剣を構えた怪しい男にむかってゆっくりと両手持ちの剣を引き抜いて構えた。
「盗賊にしちゃぁ小綺麗だな。おい覆面のにぃちゃんよ、子爵様に恨みがあんのかしんねぇが、今日はオレがいる。出直しな——」
言いながら気がつけば両手剣を横薙ぎに振う構えで相手の懐へと飛び込んでいた冒険者の動きに、ロドリゲスは流石Bランクの冒険者を名乗るだけはある、と息を呑んだ。刹那。
「っぐぅ!?」
気づけば両手剣を弾き飛ばされ、腹を抱えて疼くまる冒険者の姿がロドリゲスの視界に飛び込んできた。
「な、なにが起きた」
状況の理解が及ばぬまま気がついた時には冷んやりとした背筋の凍りつく感触が首筋を撫でており、
「我は双刃の魔剣士。異界より勇者などと嘯く不届な異物を持ち込んだ悪しき王女。その肩を持とうとする貴様を我は今より断罪する」
怪しげな男がロドリゲスの首筋にそえた刃を静かに動かす。
「ま、待てっ! あの方は、アイン様は、この国にとって必要なっ——」
全てを語り終える前に怪しげな男の覆面が赤く染まる。どさり、と馬車から地面に投げ出されたロドリゲスは薄れゆく意識のなかで一人願った。
(あ、アイン、様……正当なる、王の、器……どう、か、この国が腐敗する前に、御力を)
「おい、お前は使い道がありそうだ。我と共にこい、高貴な女を汚すまたとない機会をくれてやる」
「うへ? な、なんっすかその美味そうな話っ! もちろん着いて行きますぜぇ、双刃の兄貴っ!」
怪しげなやり取りを聞きながらロドリゲスは静かに息絶えた。
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