第15話:天才召喚魔術師の怠慢

 ギルド本部での騒動から数日。


 大々的な勇者のお披露目やら、軍事会議に強制参加させられたり。

 色々面倒で忙しく日々はめぐっているが、特に私の状況が劇的に変わった訳ではない。


 強いて言うなら、兄姉の対応が以前にもまして塩な感じになってきた事くらい。


 リヒトとコクライはなんだかんだ上手くやっている。常に、リヒトの側を飛び回っているコクライとは相変わらず口を開けば喧嘩になるが、すぐにリヒトがコクライを制するので殴り合いには発展していない。


「それじゃあ、今日は戦闘の訓練をするけど? 準備はいい?」


 王国から数キロほど離れた荒野。人の往来がない荒れた地に私たちは立っていた。


(ふん! ようやく貴様と決着をつける時がきたようだな、貧乳——あひっ、リヒトっ! そこはっ! ひぁっ)


『ったく、いい加減アイン様に突っかかるのはやめろって。俺とアイン様は血よりも深い絆で——』


「ただの取引相手よ。コイツは召喚の代価にこの世界ならではの〝武器〟を持って元の世界に帰る。私は、コイツを利用して面倒な立場から解放される! それだけ!」


 相変わらず何を考えているかわからない。軽薄な態度がどこまで本気なのか測れない。いや、そもそも全部嘘だよね? 今、妙に好意的なのも〝刻印〟のせいだし。


「……」


 リヒトは相変わらず日本語だけど、コクライとの契約により共有した感覚で、この世界の言語は無条件で理解できる様になっている。簡単な受け答えができる程度には言語の勉強もしているみたいだけど。


『相変わらずツンデレな、アイン様。 ところで、この豪勢な剣が俺への報酬って訳じゃないよな? 正直使いにくいんだよこれ、重いし』


 誰がツンデレだよ。あんたにはツン以外一欠片だってデレたりしないっつーの。

 顰めっ面で応えた私の反応を受け流しながらリヒトは腰にある文字通り豪勢な装飾が施された黄金色の鞘に納められた剣の柄に手を添えて不服そうに唇を尖らせる。


「一応国宝級の〝聖剣〟よ? まあ、それは国王があんたに送った剣だから、私の報酬ってことにはならないと思うけど。てか、あんたの言う〝武器〟って何? それ以上の剣なんてそうないわよ?」


 光の加護が付与された世界に数えるほどしかない特別な聖剣。使い手に〝光の障壁〟や身体能力強化などの様々な恩恵を与え、その切れ味は強固な竜の鱗さえ斬り裂くと言われる伝説級の剣。

 これぞ勇者、という感じの武器である。

 

『いや、そう言うんじゃないんだよなぁ、なんかもっと特殊なさ? 姿を消すとか、瞬間移動できるとか? そう言う男心をくすぐる武器だよ』


 男心とか知らね、むしろ女心をもっと理解しろ。


「要するに特殊な能力が付与された武器ってこと? なんで透明化と瞬間移動なの?」


 まあ、それぐらいの〝術式刻印〟された武器ならなんとかなる。聖剣程レアな武器ってわけじゃないし。


『瞬間移動と透明人間はいつになっても男のロマンだろ?』


 妙にニヤついた表情を見れば、こいつが何を考えているかなんて手に取るようにわかる。隠す気もないだろうけど。男って、みんなこうなの? 


「うん、最低」


 私はあえてニコリと可愛らしく微笑みを返しながら手の平をリヒトへ向けた。

 同時にリヒトを取り囲むように無数の魔術式が地面に展開されていく。


(リヒト、身構えよ——人畜無害な顔してあの貧乳、相当に悪趣味なものを呼びよった。それにしても、この数の術式をあの一瞬で構築するとは……)


 悪趣味とは失礼な、白兵戦の練習には持ってこいな子たちですよ? 地味に強いし、魔力効率も悪くない。何より〝死なない〟から、コスパは最高。


「——来なさい、ホネ吉さん……とその他大勢」


 ずぶずぶと術式から這い出てきたのは、まさに骨。

 カチカチと意味もなくアゴを鳴らすしゃれこうべさん達は、なんとなくキモ可愛い。


 皆様元は名のある騎士様らしく、手にはそれぞれが生前得意としたであろう武器が握られている。


 ちなみにホネ吉さんはリーダ格らしきホネさんで、何かしらの無念で〝スケルトン〟になってしまった後、彷徨っていた彼を偶然私がゲットしたのだ。

 その他大勢の皆さんは、ホネ吉さんを呼ぶとなぜか付いてくる。そして、毎回増えている。


『ホネ吉……ま、まぁ、アイン様の名付けはともかく、この世界に慣れない俺にはゾッとする光景だな』


 気怠そうに首元へと手を添えて苦笑いを湛え、取り囲んだ数十体のホネ吉さん達をリヒトが見まわす。


 おかしいな? 最初は取り巻きのホネさん達も五体くらいだったような気がするんだけど? 増えすぎじゃないかな? どっかで量産とかされているのだろうか。


「カタカタカタ、カタっ! カタカタカタ」

「え? なにそれっ、ホネ吉さん面白すぎぃ」


「カタカタっ! カタカタ」

「うんうん。あははっ、マジうけるっ、うん、ありがとうホネ吉さん」


「カタカタ! カタカタ‼︎」


 カクカクと近寄ってきたホネ吉さんと和やかにお話ししている私を微妙にぎこちない表情で見つめるリヒトとコクライがなにやらボソボソ言い合っている。


『ホネと姫がキャピキャピ喋るって、シュールだな。コクライ、なにを話しているかわかるか? あ、俺に聞こえないってことはおまえにも聞こえていないのか?』


(魔物の言葉とは言葉にあらず。あれは、ただの音だ。貧乳はアレの“意識”と直接対話している……我はあの娘をしれば知るほど困惑するばかりだ。

 普通は魔物と意思の疎通など人に出来る事ではない。まぁ、我ならざっくりと訳すくらいなら出来るが)


『それで? 骨達の何があんなにアイン様の笑顔を引き出している?』


(……我が主人も大概変わり者だな。

 ふむ、やつの意思をそのまま要約すると——おお、我が麗しき愛しの姫君よ、この身に肉が無きことが忌々しい、魂なきこの空虚がこれ程までに呪わしいのは、貴方様という麗しき主君へとお仕えする事ができた幸福故か、なれど我が身はその熱すら奪われた虚しき器。

 この手に我が麗しの姫とその温もりを抱けぬのならば、この器は剣となり、盾となり、我らの姫君に仇なす者、その身を刻み我が隊列へ加えよう! 皆、剣を取れ! 新たな屍を我らの末席に加える時ぞ!!

——と、言っておる)


『ホネ吉重いな!? あのカタカタに重厚な思いを込めすぎだろ!対するアイン様の反応も軽すぎないか?   

 どこに笑う要素があった?』


 そこ、話まる聞こえ。

 よくわからないけど、ああして笑い返せばホネ吉さんは満足してくれるんだからいいのよ。

 あんた達なんかよりよっぽどカタカタして可愛いらしいんだから。


「ホネ吉さん、死なない程度に彼と戦ってあげて?」

「カタカタ! カタカタカタ‼︎」


(——姫様の御前だ! 我らが主君に仇なす生者共を尽く蹂躙し我らが末席に加えようぞぉ! 

 と、言っておるぞ? リヒト)


『肝心な部分の意思疎通が出来てねぇよな? こいつら、俺の事殺す気満々じゃねぇか』


 ホネ吉さんが先陣を切り、その他大勢が後に続く。


(こやつら中々に腕が立ちそうだ。リヒト、どうする)


『相手が殺る気なら、問題ない』


 一瞬、その瞳に冷たい光が宿ったように見えた。

 リヒトは、無意識か意識してか、バチバチと漆黒の雷を契約している高位精霊の〝コクライ〟から引き出し、乱暴に抜き放った剣と右腕に纏わせている。


 白骨の騎士達が放つ一撃を、黒き刃と化した聖剣が迎え撃つ。


「それじゃ、あとよろしく? 適当に強くなったら〝呼んで〟くれる? すぐには来ないかもしれないけど、一応迎えには来てあげるから」


「「「……カタ」」」

『……』


バチっと互いの獲物がぶつかり合い火花を散らすと同時、さっさと撤収を決め込もうとしている私に全員の視線が突き刺さる。


『ぇ、なに? 帰んの?』


ん? いや帰るでしょ普通に。こんなB級映画丸出しの戦いを見て思いを馳せる趣味も余裕も私にはない。


「だって、興味ないし。あんたが実は昔強かろうが、今尚強かろうが、私に関係ないし?」


 だから、ここに止まる理由はない。実況中継よりも優先すべき案件はまだまだあるのだ。


『いや、いやいや、待て。この訓練事態アイン様のためだよな? 俺に強くなってもらわないと困るから……いや、俺はいい、百歩譲ってもいい。ただ、ホネ吉たちを見ろよ? アイン様に良いところ見せたくて必死だぞ? こいつらの窪んだ目元から今にも涙がこぼれ落ちそうだぞ? ん?』


「目なんてないし。あんたバカなの? あと強くなるのも〝ある程度〟で良いから、じゃっ」


 ふっと手の平に呼び出した〝転移コウモリのぽん太〟に視線を移し、私は自室を思いうかべ、ぽん太に意識を共有する。


『そこじゃない! そういう事じゃないんだよっ!? 忠義を尽くす男の思いってのは——』


「あんた、そんなキャラだっけ? 暑苦しいから、もういくね」


『ちょ、ま——』


 アホな叫び声が遠ざかっていく中、視界が一瞬にして真っ白に染まり、私はその場を後にした。

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