第14話:天才召喚魔術師と高位精霊2
この世界に私が呼び出してから見てきた彼の印象は、掴みどころがなく飄々としていて、キザで、性格最低で、どうしようもなく神経を逆撫でしてくる嫌な奴……自分で言ってみても最低な評価だが。
しかし、今私の目の前にいるリヒトはそんな印象を覆すほど鋭利な印象を抱かせる。
背後にいながらもまるで抜身の刃を喉元に当てられているようなプレッシャー。
重くて鋭い、内側から恐怖と言う感情を無理やり揺さぶられる様な、ひどく冷たい声色。
(誰が、貴様の様な無礼者などに——っ!?)
もう一度黒い雷を出現させたコクライは、しかし、それよりも早く目の前へと接近したリヒトにその全身を鷲掴みにされた。
と言うか、いくら何でも鷲掴みすぎでしょ? 妖精サイズとはいえ女の子だよ?
『どうした? 従うか?』
鋭い眼光を眼前まで持ってきたコクライへと叩きつけるリヒト。
おや? にしてはチビ精霊の顔色が? 先ほどまでの魔王のような様相が抜け落ち、どこかデレっとした緊張感のない緩み切った表情になっていく。
(ぁふっ——いや、我は……きさま、などに)
顔がトロってなってるよ。なんかピンクな吐息が漏れているし。なんというかこれは、不潔! 不潔よ!
『そうか、じゃあこの雷は返すぞ』
(んな、なにを——んくっ、んんァアああぁッ⁉︎)
リヒトが右腕に纏った黒い雷を掴んでいるコクライへとそのまま流した。元は自分の属性だから大したダメージはないだろうけど? なぜ目がハートになっている? さっきまでのキャラはどうした! これは、アレ? お約束の展開ですか? 不潔だわッ!?
『従うか? 従わないなら帰ってもいいが』
(ま、まて……我は、こんな、われ以上の雷なんて、初めて……)
『ん?』
ゴニョゴニョと口ごもるベタベタな反応のコクライに、真顔で顔を近づけるリヒト。
(ひぁっ、従う……我は、き、きさまに、従う、ぞ)
『リヒトな、貴様じゃなくてリヒト。いいな?』
(わ、わかった……リヒトだな? よ、喜べ! 我の力を扱える人間など普通はいないのだからな! 誇るがいい!)
どんだけ〝リヒト〟にこだわるのよ。名付けた身としてはちょっと恥ずかしいんだけど。
『……ありえません。あの〝破天候〟が地上の者、ましてや人と契約するなんて。マスター、これは夢ですね? オーケー。夢であればマスターの純潔はワタシのものです』
『はい、ストップ! ノンノン? ここはリアルだよ? そして目の前にいるアイツらがリア充という生き物だよ』
現実逃避しようとしたノンノンに現実を見せる私。これが異世界に来たら無条件的にいろんなタイプの美少女からモテるというアレか!? て、ことは私もその取り巻きの一人ってこと? いやいや、ないし。
その他大勢の一人とか絶対無理! てか、惚れてないし。
(ふん、なんだ貧乳? やけに馴れ馴れしいが、貴様よもや……リヒトの、お、女ではあるまいな⁉︎)
小さな身体に似合わない凶悪なプレッシャーを放ちながらリヒトの手から抜け出し、目の前で私を睨みつけるコクライ。
私は呆れ顔で小さな視線を受け流し、ため息まじりに応えた。
『ない、全然全くない。好きなだけサイズを超えた愛を楽しんじゃってください、はい。あ、言語のサポートとか、力の使い方とかその辺はお任せします、はい』
(あ、愛!? ふ、ふん、そうか。では、貴様は何のためにリヒトの側にいる)
『そんなの、私がそいつの立場を利用して〝自由〟になるために決まってる。それ以外は正直どうでもいいの』
(何? 貴様、私利私欲で、しかもそんな曖昧な絵空事のために我が主人となったリヒトを利用すると?)
小さな怒気が膨れ上がり、私にビシビシと向けられる。
『悪い? あんたと同じよ! そいつは、私が召喚したの!
私の目的に協力させるのは当たり前でしょ? それに、そいつと私は〝従属の契約〟を結んでいるんだからっ! あんたがそいつの配下なら、間接的に私の配下でもあるってこと』
私はコクライから向けられる敵意に妙な居心地の悪さと苛立ちを感じ、つい勢いのまま捲し立てた。
(貴様、もう半ば人として堕ちておるな……
先ほどよりも更に濃厚な圧力が小さな身体から迸り、重く息苦しい殺気が私へと向けられる。
『マスター、ここはワタシが』
殺気を感じたのか、復活したノンノンが瞬時に私の前に立ち魔力を高めていく。
(退け! 大地の!! 其奴の思想は危険だ! 我がその歪みただしてくれる)
『マスターへの侮辱はワタシへの攻撃と同義……排除します』
二人の間に一触即発のビリビリとした空気が流れる。これって、私のせい?
歪んでいるとか、壊れているとか……そんなこと今更言われたって私にはどうしようもないじゃん? 強いて言うなら、そんな状況に毎回私を追い込む環境が悪いんだよ!
もう、頭きた。どいつもコイツも、好き勝手に言いたい放題。
『言っとくけど私、そんなにか弱くないから——』
なんかもう、色々とどうでも良くなりかけていた私が全力でコクライを迎え撃つべく魔力を高めていた、その時。
『歪んでいて、何が悪い? 俺は、そう言うアイン様が結構お気に入りなんだが?』
スッと私の前に立って瞳を覗き込む様に優しげな表情を浮かべたリヒト。その右手には黒い雷を纏わせコクライを再び鷲掴みにしていた。
(ァンッ、く、リヒトよ! これ以上は、だめ、いくら我でも、この力は、はぁあん⁉︎)
顔を真っ赤に火照らせながら、ヘロりと手の中で項垂れたコクライの姿を一瞬だけ視界に入れた私はリヒトを真顔で見つめ返した。
『余計なお世話』
『確かに……ただ、俺は嫌いじゃないぜ? アイン様の〝在り方〟ってやつ』
『あ、そう』
自分の中で色々な感情が急激に熱を失っていくのがわかる。なんか疲れた……こうやって人と関わるから、色々な感情に振り回されて、自分を見失っちゃうんだ。
これなら、やっぱり誰とも関わらずに一人で生きていた方がよっぽど楽だ。
「ノンノン、私帰るね?」
「はい、マスター。またお会いできる時を心待ちにしておきます」
「うん、またね? あと、その人の事お願い。この世界の事情とか、色々教えてあげて」
「……了承しました」
歪んでいると言われて、それを受け入れられて私が喜ぶと思っているのだろうか?
それとも、ただのカッコつけたがりで中身のないセリフか。
『あんたのことは、ノンノンに任せたから? 私は先に戻る。城の衛兵には伝えとくから、あとはご自由にどうぞ〜』
『……ああ、気をつけて帰れよ?』
「だから、余計なお世話だし」
『……?』
こちらの世界の言語で応えた私の言葉にリヒトが首を傾げる。私は特に説明するわけでもなく背を向けて歩みを進める。
歪んでいる……過去の私がそうだったから、この〝見た目〟が歪んだのだろうか。
私が、歪んでいる? いや、逆でしょ。
「歪んでんのは、いつだって他の奴らでしょ……」
リヒトに理解されない言葉で呟きをこぼし、私は扉に手をかけてその場を後にした。
「サクラさん? もうお帰りですか? お連れ様は……」
一人で階段を下っていくと、私の姿を見たニーナが明るく声をかけてきたが、私の雰囲気を察したのか最後の言葉を呑み込んだ。
「アイツはギルマスに紹介しただけだから、大丈夫。これからちょくちょく顔出すだろうからよろしくね? ニーナ」
「サクラさんっ! 私の名前覚えていてくれたんですねっ!? 感激ですぅ。
あ、そうだ、実は高ランク冒険者のサクラさんにお願いしたいクエストがあって」
名前を呼ばれたのが嬉しかったのか、ニーナはふんわりと頬を赤くして恥ずかしそうに笑みを浮かべた。可愛いけど、そういう表情は殿方に向けるべき奴ですよ? ニーナさん。
「ん〜クエストかぁ、気分転換になるかな?」
「ちょっと気分転換するのには重めのクエストですねぇ」
クエストで気分転換するなよ、とでも言いたげな苦笑いを浮かべるニーナ。まあわかるけど、でっかい魔物をドッカーンとやりたい気分なんですよ、今は。
「今回サクラさんにお願いしたいのは……最近〝双刃の魔剣士〟という通り魔が王都で高ランク冒険者を次々に闇討ちしているのですが、知っていますか?」
「いいや、全く」
そういう事件とか全然興味ないからなぁ、てか何その〝二つ名〟的なやつ……ちょっと寒いよね。
「それで? そのイタイ人がどうしたの?」
「そうなんです、イタイんです。なんでも闇討ちした現場でわざわざ〝自分が双刃の魔剣士だ〟と叫んで姿を消すみたいで……もう、なんというか、それだけで怖いですよね」
厨二なのかな。この世界にも厨二はいた、ということかな。
「ただイタイだけならいいんですけど、その実力は本物のようです。ギルドに所属するガラは悪いけど高ランクな冒険者達もやられたみたいで……まぁ、ギルドとしては問題ばかり起こす人達がいなくなってラッキー、くらいの感じだったんですけど……今回はどうも貴族様が狙われているようなんです」
ああ、そういうことね。でも狙われているのがわかっているなら対策すればいいじゃん。
「なんで狙われているのがわかったの?」
「……それが、予告状が届いたとのことで」
「バカなの? そいつ、バカなの?」
どこの世界に暗殺する相手へ丁寧に予告状を送る奴がいるんだろう。この世界か。
「ですよねぇ? ですが、依頼されてしまった以上ギルドとしても放置はできず……そこで、当ギルドでも五本の指に入る冒険者のサクラさんに——」
「あー、ごめん。パスで」
にべもなく断りを入れた私に一瞬目を丸くしたニーナだったが、次いで「は、話だけでもっ!」と食い下がる。
「報酬は普通のAランク任務の倍! それに、あくまで討伐ではなく護衛ですので、最悪戦わなくても大丈夫な、サクラさんにとっては楽して稼げるお得なクエストかもですよ!!」
「ごめんね? ニーナ。私は魔物専門だから、できれば人助けとかあまり関わりたくないの。じゃぁね」
「そ、そんなぁ〜、まってくださいよぉ! サクラさーんっ」
懇願するように手を伸ばすニーナに笑みで応え、踵を返した私はギルドの扉をくぐりその場を後にする。
人助けはしない。相手が貴族なら尚更だ。例え、今この瞬間に目の前でその〝通り魔〟に人が襲われていたとしても、私は見て見ぬふりをする。
理不尽に殺されて、奇跡的に生まれ変わったと思えば状況は詰んでいて……私だって好きで歪んでいるわけじゃない。
ただ、今更他人の事に感情を裂く余裕も、意味も感じない、それだけ。
みんな、平然とやっていることだ。私だけ非難される謂れはない。
上っ面で隠しているだけで、中身なんてみんな一緒! この国の中枢にいる奴らの方が私なんかよりよほど歪んでいる! なのに、何で私だけ後ろ指刺されるの。
美咲、これはあんたの呪い? 最後の最後であんたを突き放した私への嫌がらせ?
私は、正しいことをした……つもり。その結果、自分で背負いきれなくなったけど。
私は一応、助けた。あんたに恨まれることなんか一つもない。
周りが私を追い込むなら立ち向かってやる。
誰の助けも借りずに戦ってやる……私は、あんたと同じ様には絶対ならない。絶対、ならないから。
暗い思考の渦に陥りながら、自室へと戻った私はそのまま泥の様に眠りについた。
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