第13話:天才召喚魔術師と高位精霊
ノンノンが私を庇うように前へ出て眉を僅かにしかめる。
彼女がここまで感情を顔に出すなんて、相当にヤバイ奴かもしれない。
『強情なやつだ、とっとと出て来い』
術式に手を添えたまま額に汗を浮かべるリヒト。
術式を介して精霊との繋がりを捉えたのだろう。心の中でその繋がりをたぐる様に引っ張っている最中なのだと、経験者である私にはよくわかった。
果たして。魔術式から轟音と共に見たこともない漆黒の雷が立ち上り、一瞬視界が黒の瞬きに奪われる。
『やっと出てきやがった、て……女か』
黒い雷が収まり、その場に静寂が訪れると同時、目を開いた私達の前に小さな人影が佇んでいた。
(我が名は〝
見た目的なシルエットはピカリンと変わりはない。ただその雰囲気は完全に対極。
ピカリンが〝癒し系〟ならこの子は〝女王様系〟って感じ。
我が名は、とか言ってるし。精霊なのに名乗っている時点で普通じゃない。
私と契約している高位精霊は皆私が名付けたのであって、精霊には元々固定の名前なんてない。
大きなスリットの入った艶やかな漆黒のドレスを纏い、褐色の肌からは薄透明な黒い羽、艶やかな黒い前髪の間から見える大きな瞳は黄金色に染まっている。
まあ、どれだけ妖艶な感じでもサイズ的に〝可愛い〟ジャンルには入るんだけどね。
それでも、私には許せないことが一つ。チビのくせに……何だそのこぼれそうなバインバインは。
でもチビだからね、実寸じゃ圧倒的に私の方が大きいし? 大きいって言ってもチェリーくらいなものですよ。ただのチェリーガールですよ。
ちなみにピカリンは私と同じ、主張しすぎることのない、慎ましくも味わいのある……やめよう。これ以上は涙がこぼれてしまう。
(なんだ、そこの貧乳。我のことをじろじろ見よって……そうか、これがそんなに羨ましいか? 大きくても肩がこるだけだがな? ああ、貴様にはわからぬ悩みであったか? よく見れば〝大地の〟までおるではないか? 貴様ら、揃いも揃って詫びしい胸だのう?)
ポヨンと両手で鷲掴んでは持ち上げたバインバインをゆさゆさと見せつけた後は、フンと上から目線で鼻を鳴らすチビに、私はフフと微笑を讃えながら十数個の魔術式を一瞬で周囲に展開していく。そこに乗っかるようにノンノンも右手をかざす。
『——ねえ? この羽虫を今からぶっ殺すけど、文句ないわよね?』
『激しく同意しますマスター。彼女の事象がなくても世界は正常運行できます』
殺意を立ち上らせる私とノンノンの前に両手を広げたリヒトが決死の形相で叫ぶ。
『待て、落ち着け! アイン様!! 大事なのはサイズじゃない……形だ!』
『……形!? そう、だったのね……それなら、負けない‼︎』
『……マスターの……かたち。ブフっ——精神体に負傷を確認、治療開始します』
鼻から吸い上げた新鮮な空気が頭に上った血を緩やかに下ろし、冷静さが戻ってくる。
ノンノンは、やられてしまったみたいね……だけど、私は負けない! 形では絶対に勝っている!!
(……もうやめておけ貧乳、哀れすぎる。ところで、我を呼び出したのは貴様か優男)
『——コロスっ‼︎』
『ストップ! 深呼吸だアイン様。 大事なのは形、アイン様はちょうどいい』
『スー、ハー。大事なのは形……ちょうどいいは正義……』
『おい、これ以上アイン様を刺激してくれるなっ、繊細な問題なんだ! んで、テメェを呼んだのは俺で間違いない、だから俺の命令をきけ』
再び頭に上った血を鎮めていく。よく考えれば何気にコイツも失礼なこと言ってない?
(ほう、我に命令か? では、従わせて見せよ。面白い気配がすると思って出てきてみれば頭の硬い“大地”に貧乳と見るからに脆弱な優男……あまり我を失望させてくれるなよ?)
チビの周囲に黒い雷が迸り、濃厚な殺気と圧力が私たちを見据える。
うん、最初はゲームナビみたく、通訳兼サポーターの中位精霊くらいが呼び出せればいいかな? 程度の軽い気持ちだったんだけどね?
これは、とんでもない高位精霊を呼び出しちゃったぽい。一応属性系統では頂点に近いピカリンと同等かそれ以上の力かも。
『ノンノン? あいつ何者なわけ? 一体どんな精霊なの?』
『ま、マスターの、む、ムネ……ま、ま、マスターの、ブファ』
ダメだね。ノンノンは頼れそうにない。リヒトにはまだ荷が重いだろうし、仕方ないか。
この場で戦うのはあまり気乗りしないけれど、雰囲気的に話が通じるタイプじゃなさそうだから、と思った私の前にスッと微笑を浮かべたリヒトが割り込んだ。
『まあ、アイン様の優しさは身に染みるけどな……コイツは俺が飼いならす』
「……」
顔だけよ。ちょっとカッコいいなんて思ってないし? ただの顔面力でいい感じに見えるけど、今回は相手が悪い。アレは気合いでどうにか出来る類の存在じゃないよ?
(我を飼うだと? ハハ、アハハハハ‼︎ 愚弄するのも大概にせよ、小僧が)
ギンっとその瞳が鋭く見開かれると、凄まじい魔力の放流と共に部屋中を漆黒の雷がのた打ち回り、コクライの周囲に黒い雷の柱が無数に立ち上る。
ほら、もの凄い魔力が迸っている。いくら強がってもコレは無理だよ。
格好つけたいのはわかるけど、流石に死なれたら困るしね。
ため息を一つ吐き。雷で焼け焦げていく室内の有様を見ながら頭を抱えたくなる心境をひとまず追いやり、リヒトを押しのけて前に歩み出ようとしたその時。
フッと、リヒトの纏う雰囲気がガラリと変わった気がした。
それは、無意識に私の足を一歩下がらせる程には異様な空気で、僅かながらにも〝怖い〟と言う感情が心に刺す。
(ほう? ただの脆弱な人間かと思えば、それなりに肝も座っておる様だ……だが、矮小な人間風情がこの
リヒトへと視線を向けたコクライの表情が僅かに強張るのが見えた。
『ビリビリ女、おまえを呼んだのは俺だ。従え』
(ビリビリ!? 人間如きが〝覇王〟の雷たる我に向かって何をほざくかっ‼︎)
その感情に呼応する様に黒い雷が荒れ狂い、さながら怒れる竜の様に漆黒の雷電がリヒトをその顎門で呑み込まんと迫る。
『ちょっと! だから、言ったのに——!!』
私は咄嗟に対抗できそうな高位精霊を呼び出すべく術式を展開しようとして。
だが、間に合わないと悟り、思わずリヒトと雷の間に割って入ろうと駆け出す。
そんな刹那、私は目の前の光景に息を呑んで立ち止まった。
『従え、と言った』
コクライの放った漆黒の雷電はリヒトを呑み込むどころか、突き出された右の腕にまるで主人に従う蛇の様に自然な形で纏わりついていた。
(な、何だ貴様⁉︎ 我の雷を……従えたと言うのか? あり得ん、たかが人間にその様な)
何が起きたかわからない、と言った様子でその表情を驚愕に染めるコクライ。私も同様に驚いていた。確かに、リヒトの自然の魔力を自分の魔力に変換するチート体質なら出来るかもしれないけれど。
いや、普通はできない。理論的にできる可能性があるかもしれないってレベルで、今の一瞬……まぐれで引き起こせる事象じゃない。
『もう一度言う、俺に従え』
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