*三章*王女の力、勇者の力
第12話:天才召喚魔術師とギルドマスター
冒険者ギルドの本部にリヒトと出向いた私は、一通り必要なものを買い揃えついでに昼食なんかも楽しんでしまった私たち。
これは断じてデートではないとヤキモキしながらも飲食店のフロアから更に上の階へとその足を進めていた。
『この、服が防弾チョッキ並に頑丈ねぇ? 正直疑いしか出てこない。騙されてないか?』
リヒトは、あっちの世界の服から先ほど購入した防御術式の付与された衣服に着替えていた。
と言っても、元々地味な色のパンツにシャツ、コートという装いだったのが革っぽいパンツとシャツに丈の長い黒の外套……ってほぼ変わんないよね?
色違いのキャラかな? くらいの変化しかない! なんかつまんない‼︎
『防弾チョッキっていうか、向こうの基準なら多分、銃弾の飛び交う戦地を快適に散歩できるくらいの性能はあるわよ?』
『そんな所絶対に散歩したくはない……まあ、アイン様が言うならそうなんだろうな』
『どんな信頼よ』
いちいちか⁉︎ いちいちあんたは、私を辱めないと気が済まないのかっ!?
『で? 今度はどこに行くんだ? もう買う物はないだろう?』
『ここにきたら〝あの子〟に顔見せとかないと、後でうるさいから』
『あの子?——』
「マイ、マスターっ!!」
建物の三階、最上階に位置するこの場所には私とリヒト以外の人気はなく、通路の先に立派な扉があるだけだ。
その扉が、私の気配を察知したかのようにゆっくりと開き中からエメラルドグリーンの鮮やかな髪色をした少女が、無機質に見える翡翠色の瞳に僅かな光を灯し、ワフワフと尻尾を降る犬のように私のもとへ飛び込んできた。
「お〜よしよし、元気だった? ノンノンっ?」
「マスター、マスター、マスター、マスターっ!!」
ひたすらに私への呼称を連呼しながらお腹に埋めた顔をグリングリンと左右に振り続ける〝ノンノン〟の奇行にリヒトの顔が引きつっている。
「〝マスター〟はどちらかというとノンノンの方でしょ? ギルドマスターの〝ノンノ〟なんだから?」
この子犬よりも可愛い少女がギルマスってびっくりだよね? でもいいのだよ、きっと実年齢は何万歳とかだもん。
『か、変わった子だな……友達か?』
友達ね……そういうのは、もういらないかな。
『人間? マスター、どうやらワタシとマスターの空間に不純物が紛れ込んでいる。早急に排除しなければならない』
リヒトの言葉にグリンと首が回転したノンノンの無機質な瞳がグワっと開かれる。
『はっ? 日本語? というか本当に人間かそいつ!?』
あ、目から何か光線的なものを出す気だこの子。
『おい? アイン様!? 目がヤバイぞこの子! なんか出そう、目からなんか出そう!!』
ノンノンの瞳が光を吸収し、まるで砲台のように段々の魔術式を眼前に構築していく。
『スタンバイ、完了。対象ロックオン。マスター、害虫殲滅砲の発射許可を』
『が、害虫なのか、俺は』
『肯定、マスター教育録第八十条三項〝顔だけイイ男は八割女の敵〟と条件の合致を確認、対象を八割敵と認識』
あ〜言ったかな? そんな事?
『いや、偏見が過ぎるだろ!? 微妙に褒められているような複雑な気分だ! とにかくこの子をなんとかしてくれっ!?』
『はいはい。ノンノン、ストップ! この人は顔がいいだけの敵じゃくて、顔だけが取り柄の味方だから大丈夫よ』
『更に複雑!?』
『イエス、マスター。攻撃を中止します……ノン』
ノンって。ピカリン……語尾のキャラ付けに他の精霊を巻き込みすぎだよ?
よく分からない旅に出ている高位精霊にため息を漏らしながら、落ち着いたノンノンと共に奥の部屋へと移動したのだった。
『というわけで、彼女は〝大地の高位精霊〟でノンノンっ! この姿は、ノンノンが自分で作った
ギルド本部の三階はノンノンの執務室兼私室になっており、私たちは来客用のソファーに腰を下ろして向き合っていた。ちなみに私の隣がノンノンです。
『嗚呼、マスター。マスターの匂い、マスターの感触、マスターの存在感っ! 満たされていく……ワタシの深部が、マスターで満たされていくッ!?』
ガッツリと私にへばり付いたノンノンは、自分がはだけまくっている事実など気にする様子もなく、太腿を擦り付けながら首筋に顔を埋めている。
ゴーレムと言っても見た目だけでなく質感も美少女そのものなので、パッと見エライ事になっているが、もう慣れているので私は完全にスルー。
リヒトは目のやり場に困るらしい。これはこれで見ていると面白い。
『……で、高位精霊様が人の姿でギルドのマスターしてるって、どういう状況だよ』
『まあ、十中八九私が原因ですね、はい』
『どおりで、ギルド内部の作りが大手ショッピングモールみたいになっているわけだ』
この世界、冒険者ギルドの概念がなかったんだよ!?
ありえないよね?
だから作ったのですよ。冒険者ギルドがない異世界なんて、異世界じゃないっ‼︎
ノンノンは高位精霊の中でも変わり者で、人の社会に興味があったからギルドのシステムを教えてあげたら私が何をしなくてもどんどん広げていったんだよね。
私は初期にかかる費用をスポンサーとして提供しただけ。
建物とかは、大地の高位精霊だから人件費も材料費もかからないし、それ以上にノンノンは賢くて優秀だから私がそこまで関わる事もなかったかな? 私は単純に冒険者〝サクラ〟を楽しんでいただけ。
あとは、まあ勇者召喚を利用した私のプランが破綻した時のためのプランB……これは基本的に使わない予定だけど。保険は大事だからね。
『私はただギルドの概念を教えただけ、実際ノンノンは本当にギルマスやってるよ? 正直、今ギルドがどんな規模になっているのか、私把握できてないしね!』
『自信を持って言われてもな……』
『マスター、現在マスターの冒険者ギルドの規模は間違いなく大陸屈指の巨大組織。人族の国は既に支配したも同然……世界を手中に収めるのも時間の問題……ノン』
ん〜、ちょっとやり過ぎ? ま、でも実際フタ開けたら可愛らしい結果だったりするんだよね?
うん、気にしない。
『……アイン様が王女であろうとする意味?』
言うなしっ! 腹立つから微妙に笑うなっ! 巨大組織のボスなんて私は目指してないからっ!
私は姫で自由で優雅な感じにのんびり生きたい!!
『それはこの際置いておいて。ノンノン? この顔だけが取り柄な人のことだけどさ? 私と同じ世界の出身なんだよね? 見ての通り言葉が喋れないんだけど……パッと喋れる方法ないかな?』
『リヒトな? あと振り方と方向性が未来のロボットに頼る小学生並みに雑』
微妙に不機嫌な感じで指摘を入れるリヒトに、うわぁ、って顔で返す私。
この際細かくて面倒な人はもう放置して、私はノンノンを見つめる。
『マスターの期待。そこの男、言語学の書物を貸し出します、一日で覚えなさい。パッと覚えなさい』
『さらに雑……流石に無理だ』
『——ちっ。マスター、この男に精霊と契約させる事を提案。契約精霊がいれば相手の言語を精霊の感覚を共有して無条件的に理解できると推察。話す方は勝手に頑張ればいい……ノン』
なるほどね! 勇者をサポートする妖精キャラ的なやつか。
本当はピカリンが良かったけど今いないし、あの感じだと契約はしてくれないだろうな。
私がチラリとノンノンへ視線を向ける。
意味を察したノンノンは頭が取れそうな勢いで首を左右に振り続けた。
『あんた、どんだけ精霊に嫌われているのよ』
『いや、俺が聞きたい。それなりに俺のメンタルにも浅くない傷はついている』
意外と気にする質なのね、と。まあ、方針が決まれば行動あるのみですよね。
私はその場で立ち上がり、近くの床にスッと手をかざして魔術式を展開した。
『ここに手をおいて魔力を流して? そしたらあんたに興味のある精霊が出てくるから、あとは好きな方法であんたを認めさせれば契約完了よ』
『誰も来ないってことは……ないよな?』
いやぁ、そこまでは責任もてないっす。そんな哀愁漂う感じで見つめられても……私だって、人に対してはぼっちだからね。 かはっ、ブーメラン。
そうして恐る恐るリヒトが魔術式へと手を触れた、瞬間。
『なっ——なんだこれ。手が、吸い寄せられてっ! なんか全身から力が、抜け……』
『自動的に必要な魔力を吸収する術式を組んでおいたから問題ないわよ——』
おや? なんかヤバイ感じに白目を剥いて全身をビクビクさせているお方が。
『って、魔力枯渇!? 術式に必要な魔力も全然溜まってないのに! どんだけ魔力ないのよあんた!?』
これは、想定外すぎでしょ! まだ必要魔力の十分の一も満たしていないし、下手したら子供以下の魔力量じゃない!?
自動で魔力を吸収する術式を組み込んじゃったから必要な魔力量を満たすまでひたすら吸引し続ける魔術式は、リヒトの許容量を超えて生命エネルギーを搾り取ろうとしている。
このままだと、リヒトは死んでしまう。
『っく! これは私の責任……だから助けるわけじゃないからね!?』
「マスター、ワタシの魔力も使用してださい」
「ありがとうノンノン!」
ノンノンがパスを繋いで私と魔力を共有する。
私は咄嗟に自分の魔力をリヒトの背中に触れながら魔力の〝核〟へと直接注ぎ込む。注がれた魔力が核を通してリヒトの魔力へと変換され術式へと流れ込んでいく。
「なによ、この魔力変換効率!? こんなの、まるで……」
通常、外部魔力を自分の魔力へと変換するのにはもっと時間がかかる。
ましてや他人の魔力を直接注いでいるのだから拒絶反応が起きるか、吸収しきれずに溢れ出す。
私は普段から召喚した子達と魔力を共有したりしているから慣れているけど……通常、マーリン並みの技術を持ってしても他人と魔力を共有するのは非常識な程に難しい。
送る側にも並外れた技術が必要だけど、受け取る側も魔力に対する相応の適正が必要になる。それをリヒトは意識がない状態で即座に自分の魔力へとまるで呼吸をするように変換している。
「精霊達に嫌われるはずよね……」
人間は魔力を大気中や食物などから少しずつ摂取し、自分の魔力へと昇華していく。
これを必要とせず、自然界に溢れる魔力の根源たる力をそのまま使用できるのが精霊という存在であり、彼らが司る事象の概念的存在であるからこそ出来る芸当。
でも、リヒトは自分の魔力を殆ど持たない代わりに、周囲に満ちる魔力の根源を一瞬で自分の力に変えることができる……これは、言い換えれば相手の魔力を自分の力へと変換できる驚異的な力。
魔力の塊みたいな存在の精霊達からするとこの上なく恐ろしい存在かもしれない。
本当に使いこなせば、これはとんでもないチート能力になる。
やがて術式に淡い陽光色の光が宿り、そこに一つの魔術式が完成した。
『——うぐぶっ、きもちわりぃ……一体なにがどうなった? あの綺麗な花畑はどこに』
召されかけていた!? 危ない、危ない。
今死なれても困るし、流石に私も軽くトラウマものです。これ以上トラウマは勘弁。
『あんたの〝魔力〟が小さい子以下だったから死にかけたの、本当びっくりさせないでよ』
『な、子供以下!?』
魔力の概念がまだわからないながらも、子供以下という事実はやはりショックなのだろう。
目尻がわずかにピクついている。
『魔力カスカスってことね』
『魔力がカスカスなのですね』
『カスカス……』
おお、凹んでいる。これはこれで当分楽しめそうだね。
『それより、早く術式に呼びかけて。あんたの力に呼応した精霊が出てくるから』
頷いたリヒトは、先ほどの事を警戒しているのだろう。チラチラと私たちの方へ視線を向けながら魔術式へと向き合った。ちょっと可愛いとか思っていない。断じてない。
再び両手を術式に置き、心なしか表情を真剣なものに変えたリヒトが口を開いた。
『出てこいよ——』
ぽつりと溢れたその声は妙に重く、いつもの飄々とした態度からはかけ離れていたようにも思えた。
瞬間、淡い光が黒紫に染まり、術式の周囲にバチバチと漆黒の稲光が現れる。
『黒い、雷? 見たことない属性。一体なにが——』
『マスター、下がってください。面倒なのが来ます』
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