第11話:天才召喚魔術師の初デート
妙に熱っぽい視線を向けて世迷言を垂れ流していたリヒトを一撃のもとに沈めた私は額の汗を拭って、高鳴る鼓動を抑えながら状況の整理を試みる。
そもそも、考えるまでもなく〝従属の刻印〟のせいだなコレは。
こいつの気持ちとかそんなんじゃなくて、そう言う効果があったんだね。魔物さん視点の好意が人間視点の好意に変わったと。
あれ、なんだろう。なんだか、とても悲しい感じ。
「「「ガルゥ?」」」
「グルゥァ」
そうね、君たちは〝主従〟ではなく本物の信頼だもんね。
「励ましてくれてありがとう、ミケ、ポチ」
(ピカリンもアインちゃん大好きだよぉ! ピカ!!)
「うん、ありがとうピカリン」
愛いやつらよ。ひとまずポチとミケを十分に愛でた後で彼らにはご帰宅いただき、ピカリンには一応私の護衛で残ってもらった。
(アインちゃん、この人間どぅするピカ?)
私のパンチがよほどイイトコに入ったのか、グデっとした表情で伸びているリヒトを見ながらピカリンが呟いた。
「どうするって言ってもねぇ、本当の……もとい、理想の勇者様を召喚するまで予定通り当面は勇者(仮)になってもらう為にも、いろいろ覚えてもらわないと」
(アインちゃんは、勇者を召喚したかったのピカ?)
「ん? そうだけど、ピカリンには話していなかったっけ?」
そっか、ピカリンにはとりあえず即興のアドリブで乗り切ってもらっただけで何の説明もしていないんだった。逆にすごいな、ピカリンの適応力。
(ん〜、でもまだ〝終末の混沌〟も元凶となる〝破滅の象徴〟も現れていない。それでもアインちゃんは勇者を望む?)
いきなりシリアスな空気になったよ、ピカリンさん? 語尾はどうした? それに混沌と破滅? 来たるべき時、みたいなことかな? 全然知らないよ、私、そんなの全然知らない。
と言うか、本当にあるんだね? そう言うお決まりな展開。
「難しいことはわからないけど……今の私には勇者様が必要かな」
完全に私利私欲ですけどね。そう言う意味の本物である必要はないのだよ実際。
要は、籠の鳥な私に自由を与えてくれる人が勇者であって……リヒト? ないない。
イケフェイスなのは認めるけど、性格悪すぎ! 私はもっと紳士な感じの人がいい。
(わかった! ボク、アインちゃんの為に頑張る! 任せて欲しいピカ)
「あ、ちょっとピカリン?」
(少しの間〝呼び出し〟には応じられなくなるけど、アインちゃんなら大丈夫!楽しみに待っていてピカ)
ペカっと眩い光を発しながらピカリンは消えてしまった。何をする気なのか。
でも私を思ってのことだろうし、ピカリンだもん。大丈夫、だよね? きっと、可愛らしい結果を持ってきて微笑ましく終わるんだよ。うん、きっと大丈夫。
「さてと、どうするかな——」
ふと視線を下ろせば気を失ったままスヤスヤと寝息を立て始めているリヒトがいた。
「寝顔が可愛いとか、反則……絶対に騙されてやらないんだから」
仮にも世界を転移してやってきたのだから疲れていないわけがない。
少し胸の奥にチクチクとした違和感を覚えた私は、それを覆い隠すようにリヒトの体へブランケットを掛けて部屋を後にしたのだった。
翌朝、気持ちの良い陽気と賑やかで活気のある人混み。所狭しと立ち並んた露店には肉や野菜、瑞々しい果物が並び、商人達の張りのある声がそこら中から聞こえてくる。
『と言うことで、買い物にいくわよ!』
『どう言うことだよ……ふぁあ、ネム』
私はリヒトを連れて、王都の城下町へと足を運んでいた。
ここは大陸のど真ん中にあることから、近隣諸国からも大勢の人が集まり物流の中心地ともなっているので様々な物資が地方から流れてくるのである。
『あんたの服とか、日用品に装備も必要でしょ? 一応お城でも揃うけど、あんまり畏った装いは動きにくいしね?』
『あんたじゃなくて〝リヒト〟な?』
なぜ名前呼びにこだわる……いや、呼ばないけどね? 恥ずかしいし。
『と言うかアイン……様、なんで金髪?』
昨日のミケとポチの影響か皮肉まじりの“王女”をやめて少し言い淀んだ後、様づけに落ち着いたリヒトは私の“変化”にツッコミを入れ、私はにっこりと静かに微笑んで応じる。
『わたくし一応王女ですが? 変装に決まっているじゃない。これはカツラ。銀髪は……この国じゃ目立ちすぎるのよ』
私は悪目立ちしすぎる。あと十番目でも一応王女は王女だし。
兄姉は私がどこで何をしていようと関係ないって感じだけど。
基本的にこの国に住む人達に銀髪はいない。ブロンドか茶系、茶色に近い赤毛が一般的。第二王女のアリエルの真っ赤な髪も珍しくはあるんだけど、全くないってわけじゃない。
『あ〜、変装か。どおりで格好もやけにラフなワケだ』
本日のコーデは、いつものドレスを思い切って脱ぎ、ふんわりとしたデザインがキュートなブラウスに、膨らみのあるショートパンツ。丈の短いフード付きのローブを羽織れば——ファンタジー系に絶対一人はいるよね? こう言う格好したロリ系の魔術師キャラ。的な感じに仕上がっております。
なんとなく自分の考え方に辟易としているとリヒトがじっと私の姿を凝視していることに気がついた。
『な、なによ』
え? なんでそんなに見るの? 魔術師キャラ出しすぎ? 変……かな。
『あ、いや……金髪も似合っているが、アイン様は銀髪の方が可愛いと思ってな』
「————かわっ!? そ、そ、そそそんなこと言ったって、だ、騙されないんだから!!」
ちょっとばかし、ほんの僅かに動揺してしまった私は思わず“日本語”を忘れて声を発してしまう。
『ん? 悪い、なんて言ったんだ?』
こんな時だけ鈍感っ!? ふぅー、落ち着け、私。
可愛い、なんてただの社交辞令。
姫だったらそんな言葉、嫌と言うほど周りから言われ続け——て、ないな。ない。
私に社交辞令でも可愛いなんて言ってくれる人なんて……あれ? おかしいな? 涙が出てきたぞ?
『アイン様?』
覗き込まないで! その凶悪なフェイスで今、メンタルが虚弱気味な私を見ないでっ!?
『う、うるさいって言ったの! 早く行くわよ』
『……?』
多分、真っ赤になっているだろう顔をフードで隠し、早足で私は目的地に向かって歩き出したのだった。
『……ついたわよ』
『お、おう。デカイ建物だな……と言うかなんでちょっと不機嫌?』
人々の行き交う繁華街から少し離れた区画に到着した私たちの目の前に現れたのは城、とまでは言わないけれど雰囲気のある煉瓦造りの建物。規模は軽く大型スーパーくらいのこの辺りでは一際異彩を放つ建物。
この世界でここまで大きな建造物はそう多くない。と言うか産業規模的に多分必要ない。
ここはある意味革命的な場所と言えるだろうね。
『別に怒ってないし! とにかく入るわよ!』
『わかった、わかった。んで? ここは何なんだ?』
『冒険者ギルドの本部』
『おお! さすがファンタジーって感じだな?』
『いや、ないとね? 異世界だもん、冒険者ギルドは必須ワードでしょう』
『異世界に対する固定観念がすげぇな』
『何? 入らないの?』
『いや入るけどさ』
異世界に冒険者ギルドがないなんて、私的には絶対に受け入れられないのだよ!
ステータスとかスキルは、まぁ欲を言えば欲しいけど? ないのが普通と言われれば納得できる。
でもね? 冒険者ギルド? ナニソレ? って言われると、はぁ? ってなるよね。
ギィっと扉が軋む音を立てながら私とリヒトが中に足を踏み入れる。
そこには飲んだくれた冒険者達がギラギラとした目で新参者に睨みを利かせ——的な事は一切ない。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルド本部へようこそ」
一斉に受付に座っている見目麗しい女の子達が柔和な笑みを向け、気持ちの良い挨拶で出迎えてくれる。
パッと中を見渡せば区画ごとに整理されたお店がずらりと並んでおり武器や防具、冒険者向けの衣服、旅に必要な便利アイテムなどが販売されている。
中心にある螺旋状の階段から二階に目を向ければ、冒険者向けの飲食店が店ごとのスペースを作り美味しそうな料理の数々を冒険者へと振る舞っているのがわかる。
『ショッピングモール?』
まさに、それな! この国、というか世界では店のなかに店を作るという発想自体なかったからね!!
冒険者が集まる場所を作って、冒険者向けの商品を扱う商人に出店を促して賃料と出店費用を貰う。
こんな簡単なことですら革新的な事業になるんだもの! 異世界って最高だよね!?
「ようこそ!
私の顔を見知った受付嬢の一人があえてランクを付け足して名前を呼びながら近づいてくる。
B以上の高ランク冒険者になるとギルドでは受付の可愛い女の子達から〝ランク〟と〝様〟付けで呼ばれる仕様になっているのだ。
男性の多い冒険者は、これだけで向上心が爆上げされる……なんてわかりやすい思考。
ちなみに外向けな私は〝アイン〟ではなく、前世の名前〝サクラ〟を名乗っている。
「後で顔出すから大丈夫よ、今日は普通に買い物しにきたの」
「畏まりました! サクラさんがお連れ様と一緒なんて珍しいですね? そちらの方はもしかして……」
年齢もそんなに離れていない受付の子……確かニーナだったかな? ニーナは会話が理解できず背後で置いていかれているリヒトに視線を向けると、わかりやすい笑顔で絡んでくる。
というか、私がいつも〝ぼっち〟みたいな言い方するな! 間違ってはいないけどな!!
「そうじゃないから! そういうのじゃないから!!」
「えぇ? いいじゃないですか? 凄腕冒険者のサクラさんも同じ女の子なんだって思うとすごく親近感湧きますよ? それに〝彼氏〟さん、めっちゃ格好いいしっ!」
「か、か、かっ——彼氏とか、そういうんじゃ、本当に、ないからね!?」
ニタニタと笑みを浮かべながらグイグイと物理的な距離を縮めてくるニーナ。
リヒトは慣れたように挨拶がわりの微笑み、ニーナはわかりやすく堕ちていた。
その様子を辟易と視線に乗せて眺めていた私に疑問を浮かべた表情でリヒトが問いかける。
『サクラ? 今サクラって呼ばれなかったか?』
『なんでそこだけ聞き取れるワケ? 偽名よって言っても私にとっては本名でもあるんだけどね』
不意打ち気味に声をかけてきたリヒトに内心では冷や汗が止まらない。さっきの彼氏とかの件は理解してないよね?
『……本当に、姫神桜なんだな』
なに? どういうこと? いきなりそんなシリアスな感じでフルネームを呼ばれると緊張するんだけど。
それに、いきなり日本語使うからニーナも困惑してるじゃん?
「二人にしか分からない秘密の言語!? キャー」とか言いながらどっか行ったし!
もうどうにでもなれいっ!
『本当にって? 意味わかんない。なんでそんな嘘つく必要があるのよ?』
『いや、なんでもない』
『変なの……そんなことより早く買い物! いくわよ』
『あー、いや……その、俺まだこの世界で無一文だしな』
はい? そんなわかり切った事今更……は? もしかして、十番目の私には、そんなお金もないと言いたいのかい!?
『……いや、王女なめんなし』
『そういう問題じゃなくてだな』
じゃあどういう問題なのさ!? これは私にとって必要経費なの! 別に優しさとかじゃないから!!
勘違いしないように釘刺しとかないと。
『うるさいなぁ! これは投資なの! あんたには、ちゃんと勇者っぽくなってもらって、それこそ彼氏なんかよりよっぽど貢献してもらうんだから!!』
『……えーっと?』
は!? 彼氏!? 何が! 誰が!? もう意味わからん! とにかくさっさと買い物する!
言いながら私は強引にリヒトの腕を掴み、店を巡りながら、誰かと一緒なんて本当に久し振りな買い物を、もしかしてコレはデート? という疑問に身悶えながらも、ちょっとだけ楽しんだ。
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