第10話:天才召喚魔術師の思惑3

 無事にリヒトのお披露目も乗り越え、勇者としての立ち位置も確保できた所で今後の事を話し合う為リヒトに準備された部屋へと私たちは移動していた。


 これで〝理想の勇者様〟だったら全く問題なかったのにな……フェイス以外最低なリヒトでなければ。


『さっきは流石に驚いたぞ? まさかこの目で小人を見て、それが大人になる瞬間まで見ることになるとは……異世界ってすごいな』


『小人って……ピカリンはあんたの百倍は強くて尊いんだから、態度には気をつけなさいよ? ね? ピカリン?』


(うんっ! ボクもアインちゃんのお役に立てて嬉しかった! ピカ)


『ピカ……その高位精霊? てのはそんなに凄いのか?』


 広々とした部屋の中央で落ち着かないのかリヒトは立ち尽くしたまま、それに比べて伝説の勇者的なポジションの相手を前にして不遜なほど優雅にソファーへ腰掛けた私と肩に乗る精霊ピカリンを見つめたまま問いかけた。


 あの時、私を介して〝魂の接続パス〟をリヒトにも繋げておいたから、ピカリンの姿と頭に響く可愛らしい声も聞こえている。ちなみにピカリンはボクっ子である。


『そうね……例えば街をぶらついていたら、偶然降臨された白銀長髪でおそろしく長い日本刀持った片翼の天使様に出会ってしまうぐらいには凄い存在よ?』

『いや、全然わからねぇ』


 なぜわからぬ、例えそれがレイヤーさんであっても私は歓喜すると思うのだがね?


『とにかく、この世界には魔術があって、その力の根幹的概念の一部が具象化したような存在が高位精霊なの! 魔術師達がその力の十分の一程度を頑張って引き出して使っている所に、その存在が塊で出てきたらびっくりするでしょう?』


『ああ、そう言うことか、早く言えよ』


 なんでそっちの呑み込みは早いわけ!? 意味わかんないんですけど。


『本当、調子狂うなぁ……まあいいや、ねぇピカリン? で、実際この人の潜在的な力とかどう思う? パスを通じて何かわかる?』


(ん〜っとね、魔術の才能はあまり感じないかな? それ以前に、なんと言うか……何も無い? うまく説明できないんだけど……あ、精霊との相性はいいと思うピカっ! ボクは嫌いだけど! 風とか、雷とか、そっち系の精霊が好きそうな感じ? ボクは嫌いだけどね! ピカっ‼︎)


『何も無いと言われた上に、そこまで拒絶されると流石にヘコむな。突っ込もうと言う気すら起きねぇ』


 屈託のない笑みを浮かべるピカリンの純粋な言葉に少なくないダメージを受けたリヒトは、気を取り直すように私へと向き直った。


『んで、これからどうするんだアイン王女様? まずはこっちの言葉を手取り足取り教えてくれるんだったか?』


『いやよ、めんどくさい。本当の勇者様ならまだしも、なんであなたみたいな人に私が』


 唇を尖らせている私をニヤっとしたムカつく笑みで見据えながら、リヒトは向かい合うようにテーブルへと腰掛けた。


『なぁ、アイン王女様? 〝本当の〟って基準は一体どこにあるんだ? この世界に俺を呼んだのは神様でもなんでもない、アイン王女様ご本人だろ? なら、アイン王女様が例え何人呼んでもそれは〝勇者〟じゃない。こっち側の人間から見ればただの異世界人だ。そこに〝本当の〟なんて正解はあんのか?』


 偉そうに何を言うかと思えば、そんなことは秒で即答できますとも。


『あるわよ? 〝本当の勇者〟の基準は、私が結婚してもいいと思うかどうかよ! 言ったでしょう? 私はこの王国から自由を勝ち取りたいの。それは国から逃げるとか、身分を落とすとかではなく! 姫として、自分の人生を自分で勝ち取りたいから!! 私は生まれ変わったこの人生で、今の私のまま、誰にも振り回されずに生きたいの!』


 私は前世で悟った。

 周囲の人間に振り回されるだけで自分の意思を通す力がなければ〝あの子〟みたいになる。

 中途半端な感情で人と関われば〝私〟みたいになる。

 誰か一人に執着し過ぎれば〝あいつ〟みたいになる。


 私は、そのどれにもなりたくない。


 全部自分で決めて、自己中心的に自己都合で完結して生きていく。


『クフ、ハハハハッ! 本当にめちゃくちゃだな? けど、悪くない。嫌いじゃないぜ? 俺は』


 リヒトは額に手を当てながら、何が楽しいのか笑い声を上げ、呆れて視線をそらした私の前にスッと立ち上がり——ガッとソファーに足をかけて背もたれに手をおいたリヒトは、私のアゴをクイっと持ち上げて顔を寄せてきた。


「————!?  ぇ? え!?」


 何? 何してんのコイツ!? てか近い、近い近い近い! 近いよ!?


 そのまま私の頬すれすれの所まで顔を近づけ、息遣いの聞こえる距離でささやいた。


『……それなら別に、俺でもいいんじゃねぇか?』


 思考停止、情報精査中。心拍数上昇、現在進行形で目標接近、臨界点突破。

 情報解析完了。結果確認「ナニイッテンノコイツ」検出しました。


「ピカリン、憑依——《光刃ライトセイバー》」


 私の右半身に光の羽が生え、右手の甲に収束された光の魔力が一振りの刃を形作る。


『なっ!?  ちょ、待て! 冗談だ、落ち着け? その神々しい獲物をしまえ? な?』


 問答無用。右手の甲から伸びた神秘的な刃が、ヴォンっと言う音を響かせて、咄嗟に飛び退いたリヒトの喉元をかすめる。


『——ちッ』

『おおい、早まるな? 目が座っているぞ? アイン王女殿下様!? 話そう、話せばわかる!?』


「“ミケ”——来なさい」


  何かを悟ったのか、サッと表情を急激に青ざめさせたリヒトが大きくその場から飛び退き、壁を背にこちらを凝視しては目の前の光景に絶句している。


『な、んだこれ……三つ首の、狼?』


 先ほどまでリヒトが立っていた床に巨大な魔術式が展開され淡く光を発すると、中から現れたのは鋭利な牙の並んだ三つの凶悪な顎門。


「「「ガルルルルゥウ」」」


 重なる唸り声を発して姿を表したのは、部屋を埋めそうな程の巨体に漆黒の毛並みをした三首の獣。

 三つの頭を持った地獄の番犬ケルベロス。つまり〝ミケ〟である。


『ミケ、ご飯の時間だよ』


 どろりとヨダレを滴らせながら牙を剥いた三つ首が壁際のリヒトにじりじりと迫る。


『いや、待て待て待て!? 〝ミケ〟って図体じゃないだろ! それにどちらかというなら〝ポチ〟じゃ』


『ふぅん〝ポチ〟がいいんだ? いいわよ? ご希望通り呼んであげる』

「……グルゥ」


『は……ァア、ああああ⁉︎』


 ご要望にお応えするため、即座に描かれた術式から勇猛な翼を広げた巨体が姿を現し、リヒトの顔をその鼻息が撫でた。


『ポチ、ミケ? 食べていいわよ』


「「「ガルル、ウォフ」」」

「グルラァアッ」


 うんうん、ミケもポチも嬉しそうで何よりだ。


『ちょっと! 待った!! わかった、完全に俺が悪かった! 何でもしますっ!!  勇者でも召使いでもなんでもする! だから、この化け物共を——』


「「「ガルル」」」

「グルァ」


 ミケもポチも高位な存在だからね、ちゃんと人語は理解している。

 私とパスがつながっているせいか日本語もイケる口です。


 その証拠に、化け物と言いかけた〝バカ〟を今にも食べちゃいそうです。


 あっちの世界じゃ絶対見ることの出来ない異様な光景に顔面蒼白のバカを静かに睨みながら仕方がないので現状を教えてやる。


『……礼儀がなってないって、ミケとポチが言ってる』

『へ?』


『その子達は人語がわかるの、あんたの態度が気に入らないって』


 戸惑いながら視線を彷徨わせていたリヒトも、ある意味召喚枠の諸先輩方に睨みを聞かされ、次第に状況を理解したのか腰を落として頭を下げた。


『わかった、俺が悪かった! 今後ミケ……さんと、ポチさんにも敬意を持って接すると約束する。だから今回は許してください、お願いします』


『ああ言ってるけれど? ミケ、ポチ? どうする?』


「「「ガルル」」」

「グルァ」


 ふむふむ、意外と素直でいいやつそうだ? ご主人に逆らわないなら許してやってもいいんじゃないか? 

 優しいなぁ、君たちは。うん、君たちはそれでいいと思うよ? でもね、私の初〝アゴクイッ〟を奪った罪はそう簡単に許されないのだよ。


『あんた、さっき〝なんでもする〟って言ったわよね?』


『ん? あ、ああ……まあ、言ったような?』


『言ったわよ、間違いなく。いいわ、あなたの〝取引〟に応じてあげる。その代わり立場は〝対等〟じゃなくて〝主従〟だけどね』


 ニヤリと思わず口元が緩んだ私の表情を見て、サーっとリヒトの顔が青ざめていく。

 ちょっと悪い顔をしすぎているかもしれないけど、今までは倫理的に試してこなかったアレをやるのだ……コイツにはそれぐらいしてもらわないと割りに合わない。


 危ない人みたい? 関係ないね、乙女を怒らせた此奴が悪い。


 右手に魔力を集中させ、無詠唱で術式を構築していけばあっという間に〝刻印〟が手の平に構築されていく。


『ま、待て? 何するか、なんとなくわかったぞ? やめろ? な? 深呼吸して落ち着こう、ひっひっふぅだ、せ〜の、ひ——』

『ミケ、ポチ、押さえて』


 誤魔化しながら隙を窺っていたリヒトの動きを瞬殺でミケの前足とポチの巨体が取り押さえる。甘いわね、向こうの世界では動きに自信あったのかもしれないけど、この子たちの前じゃ赤子同然です。


『観念しなさい? 大丈夫よ、直ぐに終わるし、悪いことばかりじゃないから』


『ひ、や……優しくしてください』


 ん、なんだコレ? 立場的に逆じゃない? 本当は私の方が迫られて、って違う。


『キモいっ!』 


 なんか変な妄想をしてしまった勢いで、べチンと術式を展開したままの右手で胸の辺りを叩いてしまった。まぁ、場所とか特に意味はないし? 勢いは大事だよ、うん。


『あだっ! あづぅ⁉︎ あぢ、あぢぢぢっ! なんだ、コレ!? ぐっ——』 


 リヒトは術式が刻印された胸を押さえながら苦悶の表情を浮かべ、脂汗を額から垂らしている。

 そんなに痛かったのかな……普通は「キィ」とか「ボフン」みたいな感じで可愛く鳴くだけなんだけど。


 やっぱり人間相手に従属の刻印はまずかった、かな? いや、本当はちゃんと説明してやるつもりだったんだよ? 〝契約関係〟になった方が私もサポートしやすいし……別に、へ、変な目的じゃないから!!


『ぐっ! ふぅ、ふぅ、ふぅ……終わった、のか?』


 汗を拭いながらリヒトは視線を彷徨わせ、ふいに目があった私を、惚けたように口を開けたまま見つめた。若干後めたい私は思わず視線を逸らす。


『な、何よ……元はと言えばあんたが悪いんだし、主従って言ってもあんたがこの世界にいる間私に変なことしなければ——』


『可愛い』

『は?』


 理解不能な言語を認識……は、もういいや。いや、どう言うこと? 可愛い? 何が? ポチ? ミケ? そんなこと私を見ながら言われても。


『アイン王女様、そんなに可愛かったか? いや可愛かったよな。うん、なんと言うか、俺、もしかしてアイン様のこと——』

『気のせい!! それ絶対気のせいだから!?』


 とりあえずその口を塞ぐためにパンチ!あー、あー、何も聞いてないしぃ、ドキドキとかしてないしぃ。


『ごふっ——いい、パンチだった、ぜ』


 なんだそれ! どこの三流ボクサーだよ。

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