第29話:烏間黒斗と夜の襲撃
襲撃を察した俺は二人に向け叫ぶ。
ポカンとした顔を向けてくるコクライ、対してイリナは瞬時に状況を把握し俺を庇うように前に立つ。
(わ、わかってたし! わざとだし! げ、下賤な輩どもめ、リヒトに指一本触れられると思うなよっ!)
最近俺の中で、魔王キャラから残念なお姉さんキャラへと下方修正されたコクライが、全身から漆黒の雷を全方位に放ち、俺たちを包み込むように球体状の障壁を展開した——瞬間。
「————っ!?」
凄まじい爆炎が四方の壁を吹き飛ばし、熱風と瓦礫の山が俺たちに襲いかかる。
「なんかあるとは思っていたが、俺たちをここまで大胆に狙うのは流石に想定外だっ!」
幸い、コクライの展開している障壁のおかげで直接的な被害はゼロで済んだ。
流石に気づくのが一歩遅かったらと考えると冷や汗が流れた。
コクライの評価を若干上げておこう。
周囲を覆っていた煙が晴れるより早く、痺れを切らしたもう一人の問題児が飛び出す。
「きひひひひひっ!! テメェら、死ぬより悲惨な末路を辿る覚悟は出来てんだよなぁあ!? 喰い散らかされろやっ」
狂気に染まった瞳で猛り狂うイリナが右手を一閃。
視界を覆っていた煙が切り裂かれ、同時に俺たちを覆い尽くすように群がってきていた〝虫の化け物〟どもが、その姿を見せた瞬間イリナの鎌により真っ二つに両断され、崩れ落ちていく。
「まるで悪魔だな……あいつが敵じゃなくてよかったよ」
狂喜乱舞するツインテールの少女が口元が裂けそうなほど凶悪な笑みを湛えている。
ある意味で実にファンタジーらしい光景なのかもしれない。
イリナは次々に巨大な虫を意図も容易く切断していき戦場と化した広間に歪な高笑いを響かせる。
視線を巡らせれば、その光景に恐怖し戦慄した表情で遠くから囲んでいる兵隊どもの姿を俺は捉えた。
「ば、バケモノだ! うて、うてぇええっ! 化け物を射殺せぇっ」
俺たちを襲う数十体の巨大虫、さらにそれを取り囲むように配置された兵隊。
隊長らしき人物が声を裏返らせながら叫ぶと同時、おそらく魔術的な効力を持った火矢を弓につがえて一斉に俺たちへと向けて放つ。
ここが、異世界じゃなきゃ逆に積んでいたな。
「化け物なめんな! コクライ、なぎ払え」
(もちろんだ、造作もない)
バチバチと漆黒の雷がその感情を代弁するかのように唸りを上げ、垂直にこちらへと突き進む炎の矢は全て黒雷に呑まれ跡形もなく消え去った。
驚愕の光景を目の当たりにした様子で口を半開きにする兵隊どもを余所に俺は彼女のいる小屋へと意識を向けた。
小屋が攻撃された様子はない。
俺たちだけ? そこにはただ灯りの消えた小屋があるだけで、周辺にも彼女の姿は見当たらない。
「イリナ、コクライ! アイン様の状況を確認しにいく! ここを任せるぞ」
巨大虫を全て片付け、俺の側へと戻ってきたイリナと、周囲の兵隊を静かな怒りを持って睥睨しているコクライに指示し、無言で頷いた彼女たちの合図とともに俺は地面を強く蹴った。
「ストォオオオオオップ、してもらおうかぁ?」
瞬間、俺の眼前に影が走った。
気がつけば俺の鼻先に鋭利なステッキの先端を突きつけた怪しげな男。
いや、今度こそ正真正銘化け物か。
似合わないシルクハットを被った蛇の顔をした人間? パックリと避けた瞳孔が俺を見据えている。
チロチロと口元から独特な舌先が見え隠れしている異様な姿が本能的な嫌悪感を掻き立てる。
一瞬で俺の前に割って入りステッキの切っ先をその右手で受け止めていたイリナを交互に見てヘビ顔の男は君の悪い笑みを深めた。
「なかなか面白いお嬢ちゃんだ。気に入った。お前ら二人とも俺様の部下になるといぃ、俺様はラコブだ、よろしくな?」
「そこをどけ。爬虫類と会話する趣味はない」
「ハチュウルイ? よくわからない言葉だけどもよぉ。バカにして——」
俺は、蛇男が言い終える前にその脇を抜け、並び建つ小屋へと足を進める。
「いるってぇ事だよなぁ? 勇者? 俺様の魔物倒したぐらいで調子にのってんじゃ」
「きひひ、ウゼェよ半端野郎」
俺の背中へと迫るステッキの先端。
「————っ!?」
「きひっ」
その腕ごと鮮やかに切り飛ばしたイリナが何事もなかったかのように俺の横を並んで歩く。
「アイン様? いるか?」
扉を軽くノックして、ドアを開けようとした俺に背後から再び声がかけられる。
「いやいや、普通に考えて居ねぇよな? いたとしても死んでいるんじゃないか? と、俺様なら考えるね? だから腕落としたぐらいで敵に背中見せたりしねぇよなっ!」
「イリナ」
振り向きざまに、鋭利な大鎌と化したイリナ。
半回転させた大鎌で絡めとるように蛇男のステッキを受け止める。
訝しむ俺の視線が向かう先は、何事もなかったかのように新しく生え変わっていた腕。
これだからファンタジーは嫌なんだよ。
「テメェら、ウチのお姫様に何してくれた?」
「少なくともここにはいねぇよ? 大体からして、この遠征自体が茶番なんだわ」
最悪だ——このタイミングで他の王族どもが何か仕掛けてくるとは思ったが、まさかアルフレッド本人が仕掛け人とは……笑えねぇ。
大鎌に力を込めて蛇男——ラコブの首筋を狙う。
後ろに素早く距離を取ったラコブはニヤリと笑みを深めた。
片手でステッキを回しながら指笛を鳴らせば、俺を囲うように現れる巨大虫と、どこか怯えた表情の兵隊どもが武器を構えてじりじりと迫る。
軽く百は超えているだろう巨大虫と人間の混合部隊に、大鎌を構えて俺は笑った。
「ガラの悪そうな奴らがいねぇな? 俺を仕留めるのにこの程度の数で大丈夫か?」
兵隊どもの数が明らかに少ない。
特に、兵隊に混じっていた明らかに素行の悪そうな連中がまとめて姿を消している。
「くふ、くふははは。勇者……少しはやるみたいだけどよぉ? 鎌の嬢ちゃんの方がまだ動けるぜぇ?
俺様が待ってやるから変わってもらいな」
蛇男がステッキを構え、それに呼応するように巨大虫どもが臨戦態勢に入る。
「この場で魔物の餌になるか、俺様の駒として生きるか。どっちを選んでも姫さんは助からねぇけどな?」
いやらしい笑みを浮かべながら細長い舌をチロチロと出すラコブの言葉に応えることはしない。
代わりとばかりに俺は《黒雷》を体に纏わせながら体勢を低く大鎌を後ろ手に構えた。
「はっ、雑魚にありがちなセリフだ。一つ確認だが……おまえらは全員〝死ぬ〟よな?」
「なるほど、餌になるか? 俺様が死ぬか? そりゃ、いずれは死ぬかもな。 〝ナコンダ様〟が矮小な愚民どもを蹂躙し尽くした後、百年ぐらい遊んだらだなぁ? お前は今すぐ死ぬ、残念だな?」
ラコブが回していたステッキを俺に向けてピタリと止めた。
同時に前後から巨大虫の大群とそれに混じって兵隊どもが武器を手に俺の元へと殺到する。
「……なら、安心だ。てめぇらなんざ死なない“骨”の比でもないねっ!」
一瞬脳裏に蘇るカタカタという絶望的な不快音に一瞬別の意味で冷や汗が流れるが、頭を降って目の前に迫る敵へと緩やかにすら見える流麗な動作で、しかし刹那の間に距離を詰め一体の巨大虫を両断。
アイン王女。ある意味、人生で初めて自分に恐怖を与えた少女のことだ。
これくらいでどうにかなるとは思っていないが、俺の胸には言いようのない不安感が押し寄せるのだった。
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