第28話:烏間黒斗の予感
俺たちは、隊列の中心に戻り現在徒歩で森の中を横断している。
「ご主人様ぁ、ウチ歩くのあきたぁー疲れたぁー」
(ふん、軟弱な。そんなに嫌なら〝鎌〟に戻ればよかろう)
「きひ! せっかくご主人様といられるのに、あんな可愛くない姿になりたくないっしょ? それに、あんたは飛んでるからズルイっつーの」
俺の後ろでイリナとコクライがいつも通り言い合いを始める。
二人のやり取りを意識の彼方に追いやりながら、あえて俺たちから距離を取るように前方を歩く彼女、と横に並ぶアルフレッドの後ろ姿を静かに見据える。
馬車は、森を横断するのに適していないため一時的に分解し兵士が馬に括り運んでいる。
正直、もう馬車には乗りたくない。アレに乗るぐらいならこのまま歩きたい。
「それで? コクライ、あの虫の化け物を操っていた奴の見当はついたのか?」
(ふ……リヒトよ。なんのこと?)
全く会話の意味を理解していないミニチュア美女が俺の肩に腰をおろし、ペロっと舌を出して戯けた。
「……おまえな、いつからそんなキャラになった」
(フハハッ! 我は嬢に勧められたクッキーを全力で食していたのだ! その他のことに意識を割く余裕などないほどにっ!)
「今更そのキャラに説得力はねぇ」
(あうっ、ひ、ひどいのだリヒトぉ〜、痛いではないか)
肩に腰掛けるコクライを軽く指ではじく、涙目になってピーピー言っていたが俺は聞く耳を持たずにさっさと先へ進む。
あわよくば、元凶を叩けるかと思ったが仕方がない。もう少し様子を見よう。
「コクライ、イリナ——奴らは必ず仕掛けてくる。警戒を怠るなよ」
(うむ、任せておけ!)
「きひひ、ご主人様の敵はウチがみんな、喰い散らかしてやるし?」
自信満々に頷く少女と精霊。どこか締まらない空気に息を吐き、俺は周囲への警戒を強めていく。
そこからしばらく森の中を進んでいくと、少し開けた場所にたどり着いた。
「アルフレッド王子殿下! アイン王女殿下! もう間も無く森を抜けますが、兵達も疲労しておりますっ、この辺りで今夜は野営の許可をいただけないでしょうかっ」
隊長格らしき兵の一人が、アルフレッド達の元へ跪き、野営の進言をしている。
「どういたしますか? お兄様」
「う、うん。そうだね、この森を抜けたら獣族の国との国境は近いとのことだし、兵達の士気にも関わるから、今日はこの場で休息を取ろうか」
「はっ! ありがたきお心遣い、感謝いたしますっ! ではすぐに準備に取り掛からせていただきます!」
隊長らしき兵は言うなり、他の兵へと指示を飛ばす。
兵の中から何名かが集まると、地面に手を当て何やら長ったらしい〝詠唱〟というやつを始めた。
正直〝魔術〟のことはまだよく理解していない俺だが、この兵たちが普通だとするなら、やはり俺や彼女は特異な存在なのだろう。
そんなことを考えている内に詠唱が完了。
突如盛り上がった地面が真四角な形を作り上げ、簡易的な〝小屋〟のようになった。
「魔術ってのは便利だな? 前の世界じゃ、流石に何もない所から小屋は作れないぞ」
俺が感心したようにボヤいていると、ふと視線を感じ意識を向ける。
「……」
「ん? どうした、アイン様——って、無視ですか、そうですか……やりづれぇ」
彼女は俺と視線があった瞬間、フイッとわかりやすく背を向け出来たばかりの〝土の小屋〟へと姿を消していった。
(ふっふっふ、主人は乙女心に苦戦しているようだなぁ? ここは我が一肌脱いで——)
「悪化するっつーの、きひひ。ああいうウジウジかまってちゃんは、放置が一番なんだよ」
(なんだと小娘ぇ)
「あ? やるかババァ」
嗚呼、騒がしいなコイツら。
コクライなんて周りからは見えてすらいない訳で、一人虚空に牙を向いているイリナを訝しげな表情で兵士たちが見つめている。
イリナの正体を知らない奴らからすれば、こんな場所に子供を連れてきている俺も十分に頭のおかしな人間に見えているだろう。
「ゆ、勇者殿はこちらでお休みください……」
「ん? ああ、悪いな、気を使わせて」
アルフレッドの隣に彼女の小屋、そこから五十メートルほど離れた場所に建てられた小屋へと俺は案内された。本当に、面倒な気遣いだ。
「灯りは魔術? か、あとは椅子にテーブル、簡易だがベッドまで……野営ってレベルじゃねぇな」
「きひっ! ご主人様と二人きりの部屋で、ベッドが一つ……きひ、きひひひ」
(バカめ、我の目が黒いうちはリヒトに触れることすら叶わぬと思え——)
「ご主人様ぁ、ババァが怖いのぉ〜、ぎゅう——きひっ」
(き、貴様ぁあああ! リヒトから離れろぉ‼︎)
椅子に腰を下ろした俺を中心にイリナとコクライがギャーギャーと喧嘩を始めるが、一々止めてもキリがないので、基本的にはこのまま放置。
俺は強制的に雑音を意識から追い出しながら、土で出来た壁の前に立つ。
右手の指先に意識を集中させた。
「——【黒雷】」
(んぁ? 呼んだかっ! リヒトよ)
「……」
紛らわしいが、仕方ない。
俺がコクライの力を指先に集中させると、バチバチと音を立てながら漆黒の光がレーザーのように指先から迸る。
(おお! なんという精密な魔術操作! さすがはリヒトだな! 我の、我の力をここまで使えるとはっ、ムフ、ムフフン)
「ご主人様ズルイ! ウチの力ももっともっと使って! なんなら、体も全部!使ってくれてもいいよ?」
(貴様! 何をたくしあげているのだ⁉︎ 幼女の下着などにリヒトは興味ないわ! サッサと仕舞え!)
「……」
本当に……うるさいな。
俺は意識を途切らせないように指先から照射している漆黒のレーザーを壁に当てる。
障子に穴でも開けるように硬化された土壁に親指ほどの穴が空いた。
穴を覗き込めば、薄闇の中に並び立つ小屋から、灯りが漏れているのが見えた。
「何か起きるなら、今夜だろうな」
壁の穴を覗きながら様子を観察する。
ある人物が彼女の小屋に向かい歩いていくのが見え、
「アルフレッド? なぜアイン様の部屋に……」
アルフレッドは、どこかオドオドした様子で彼女の部屋の扉をノックする。
程なくして中から姿を現した銀髪の少女は、取り繕った笑顔で相槌を打つと何かを話し合い、二人で一緒に移動を始めると隣立つアルフレッドの小屋へと入っていった。
「——〝よければお茶でもどうかな?〟〝明日からの予定を話し合いたい〟」
(……? リヒト? そ、そうか! 我を誘ったのだな! い、いいだろう! 我がとことん付き合うぞ)
「はぁ⁉︎ ご主人様が誘ったのはウチだし? ご主人様ぁ、ウチならいつでもどこでも、どこまででもオッケィだよ? きひ」
まあ、どちらでもなく俺はアルフレッドの唇を読んだだけだが。
「この時間にわざわざ予定の確認? しかも部屋に呼んでまで」
その行動に妙な違和感を覚えた瞬間、俺は周囲の異変に気がつき、バッと壁から距離をとった。
「イリナ! コクライ‼︎」
(ん? どうしたのだ、そんなに慌てて——)
「バカかっ! 敵に囲まれてんだよ!? 上等っ、きひひ! 全員喰いちぎってやんよ」
イリナは自身の腕を鎌に変質させ、あどけない少女に似合わない獰猛すぎる微笑を湛えた。
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