第27話:烏間黒斗と召喚魔術

 

 ここまでわかりやすいと、疑いを通り越して清々しい。


 そんなことを考えながらも俺は、連れてこられた城でわかりやすい人間たちに囲まれ、これまたわかりやすいもてなしを受けていた。


 依然として言葉は理解できない。


 だが、実際そんな理解は現状必要ない。


 彼らの言葉、その詳細はわからずとも、仕草、表情、視線の運び方、足の位置……身体が発するシグナルは彼らの心境、人間性、敵意の有無などの情報を雄弁に語っていた。


 たとえ世界が異なったとしても〝人間〟であるという本質が同じであった事に多少の安心感を覚えつつも、彼らの位置関係を静かに観察していた時。


 ゆっくりと開かれた扉の先から、この席にいる嫌味なほど豪華に着飾った誰よりも美しく、また、誰とも似つかない銀の髪をした少女が悠然と現れ小さく挨拶をした。


 その瞬間、俺は全員の反応をしっかりと観察する。

 向けられているのは、侮蔑と嘲笑、そして嫌悪……銀髪の少女はこの場において限りなく一人だった。


 だが同時に、少女は瞳に力強さも宿していた。


 それは希望に満ちた光——ではなく、歪み屈折した人間がそれでも敵へと喰らいつく時に宿す仄暗い光。


 直感的に思った。こいつは、俺とどこか似ている。


 彼女は再び流暢な日本語を俺に向けて語り始め、俺はもう一つ気がついた。

 まず、状況からして彼女一人だけが〝日本語〟を扱えるという事実が腑に落ちない。


 何らかのファンタジー的要素が絡んでいるとしても、ならば他の者がそれを行わない道理がない。

 何より、彼女は日本語を


 言語を喋れる、知っている事と〝理解〟していることは意味合いが違う。

 特に、慣れ親しんだ言語ほど〝感情〟が言葉に馴染む。


 俺がそれを感じることができたのは、俺自身複数の言語を取得していたからこそでもある。


 心の中で考える〝言語〟が頭で考え口から溢れる言語と齟齬が生じる時があるのだ。


 例えば日本人的な感情を外国語で的確に表現しようとしても、やはり文化の違いによる言語体系の違いから差異が生じ、思う様に言葉にできなかったり感情を言葉に乗せられない場合がある。


 頭と口で語る言葉と、生まれてから心に馴染んだ言葉というのは全然印象が違うものだ。


 そして彼女の使う〝日本語〟は完全に〝日本人〟のそれだった。


 それはそれで妙な話だ、彼女の見た目はとても日本人とは言い難い容姿であるのにもかかわらず立ち振る舞いを見れば見るほど日本人としか思えない。


 やがてその答えは彼女の口から語られる。


 転生。あまり実感が湧くものでもないが、何より彼女が語った〝前世の名前〟に俺は驚き、戸惑った。


 彼女は確かにあの瞬間、俺の前で——だが、ここは俺の知らない概念が存在する世界。

 いくら考えても答えになど辿り着けないと思い至り、すぐに〝矛盾〟を放棄した。


 少女の言葉が〝嘘〟だという可能性も拭いきれない……しかし、その言葉が〝真実〟だったとするなら、きっと意味がある。俺が、この世界にきた意味が。



 日本人の価値観を持ってしまっているが故に、置かれた環境を割り切れず、抑圧され歪んでしまった少女との出会い。


 俺はそこに、強い〝意思〟が働いているような気がしてならなかった。





 そして現在。


 女とは、いや、ティーンネイジャーとは、なぜこうもめんど——繊細なのだろうか。


 転生者、姫神桜……今は俺の依頼主である〝アイン様〟は少々言葉の行き違いでご立腹——いや、殻に籠もっていらっしゃる。


「きひひ、ご主人様ぁ、もうあんなのほっといてぇ、ウチとご主人様で〝食べ歩き〟しようよぉ」


 ベースの黒に赤、白、ピンクと入り混じった色彩の髪をツインテールにした小柄な少女。

 ある意味同じ様な人種を嫌と言うほど見てきた俺からしても狂気じみた瞳、と異様なほど不釣り合いなあどけない表情で俺の腕に絡んでくる。


 ちょっとしたカオスだ。


「イリナが言うと“食べ歩き”も穏やかじゃないな。おまえ達には話しているだろう? 俺が〝どう言うつもり〟でアイン様と接しているか。俺の中にアイン様を放っておくと言う選択は存在しない」


「きひ! アインばっかりご主人様に見てもらってズルイっ! ねぇ、ねぇ? ウチのことも見て?」


 生憎だが俺にロリを愛でる趣味はない。


 どれだけ瞳を潤ませ、ない胸を押し付けようとも意味はない。

 だから、自然に俺はイリナのデコを軽く指で弾いて笑いかける。


の妹の席には置いてやるから、その辺りで我慢しとけ?」


「ちぇっ——妹か、きひひっ……それはそれで、きひひひ」


 危ない笑みを浮かべ始めたイリナは放置。

 俺は前方を一人で歩く銀髪の少女へと視線を向ける。


 彼女が向かう先では、大勢の兵士が隊列を組んで俺たちが戻るのを待っていた。


 ザッと兵士を見回す。まっすぐに視線を固定し職務に準じている者、どこか苛立たしげに遠目から彼女を見る者。


 やはり、そう来るか。


「コクライ、アイン様の様子はどうだった?」


 絶世の美女と言っても過言ではない、褐色の肌に整ったプロポーション。

 身に纏う黒のドレスがよりいっそう艶やかさを引き立てている……だけに、サイズ感が非常に惜しい。


(リヒト? 今何かとても失礼なことを考えていなかったか?)


「いや、全くそんなことはない……それよりも状況を聞かせてくれ」


 俺は、様子見から戻ってきたコクライに問いかけ、アルフレッドと談笑している彼女から少し距離をとった位置でその様子を観察する。


(完全に我のことを視界から外しておる……聞く耳持たず、といった感じだ)


「そうか……まあ、とりあえず俺達は俺達に出来ることをやろう」


 はっきり言おう。武器弾薬の飛び交う修羅場を生き抜き、ありとあらゆる依頼を完璧以上にこなしてきた俺ではあるが、今回は完全にミスった。


 当初、俺は彼女の置かれている状況を把握し、今、彼女にとって一番必要なものは同情や共感ではなく、無条件的な味方だと判断した。


 彼女は基本的に人間を信用しない傾向がある。

 そんな彼女でも自分自身が〝召喚〟した精霊や魔物? の類には心を開いている節があった。

 

 だから、俺も進んでその〝枠〟に入ろうと思ったのだが……今はそれが裏目に出てしまっている。


 当初の予想に反して彼女は、俺と言う一人の人間に心を開きかけていたように思う。


 そこへ〝イリナ〟という想定外のイレギュラーが俺の取り巻きに加わってしまったことで、孤独感を強く感じてしまった彼女は、不安定な精神をさらに加速。


 そして俺をフォローしようとしたコクライの〝言葉〟に揺さぶられてしまい、防衛的に傷つくことを恐れ、俺たちから距離を置くという選択をしてしまった。


「合理的な判断、なんて、出来るわけないよな」


 無理もない。


 彼女の精神と価値観は日本の高校生で止まったまま。


 そんな状態で貴族の価値観を押し付けられ、理不尽な環境に身をおけば誰でも病む。


 合理的に現実と向き合うなど、普通の大人でも難しいのだから、彼女がそこに向き合えるはずもない。


「俺の覚悟が、足りなかったかな……」


「ええ〜、ご主人様は悪くないっしょ? アインがウジウジしてウゼェのが悪りぃんだよ」


(……嬢の〝言葉〟に珍しく堪えておったなリヒト? 以前の〝名〟は好かぬのか?)


 イリナは相変わらずだが、コクライは少し心配そうに俺の様子を伺っていた。


「烏間黒斗は、あの子と共にいるべき人間じゃない。俺は、この世界にいる限り〝リヒト〟として生きると決めているからな」


 自分でも〝リヒト〟と言う名前に柄にも無く執着しているという自覚はある。


 この世界に召喚された俺は、始めこそ困惑し、疑い、警戒していたが、一度受け入れてしまえばある意味この世界は俺にとって何のしがらみもない場所だった。


 俺を縛りつける〝烏間黒斗〟が存在しない世界。


 今まで得ることの出来なかった〝何か〟があるような気がした。だから、新しい名前なんて突飛なことを、今はあっちの妹よりも年下な少女に向かってつい口走ってしまった。


『リヒト。あんたの名前、黒ばっかりでジメジメしてるから、少しは〝明るく〟生きなさいよって事で〝光〟って意味のリヒト。どう?』

 

 柄じゃない。だが、俺はあの瞬間、純粋に〝嬉しかった〟のだと思う。


 今まで闇を生きるしかなかった俺の人生に、光という名を与えてくれた。

 その事が俺の心にどうしようもなく響いた気がした。


 だからか、彼女に烏間黒斗と呼ばれた瞬間、俺は残酷な現実を突き返された気分だった。


 俺はもしかしたら、彼女に妹の影を重ねているのかもしれない。


 実際、空回りしてしまっている。


 ちなみに、馬車での出来事は完全に人生最大の汚点。今は澄ましているが、内心消え去りたい。


 その辺りも含めて空回りしているな、俺は。

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