*五章*勇者の想い
第26話:烏間黒斗
烏間黒斗の語り。
正直、自分の人生なんてものに俺は価値を見出せる生き方をしてこなかった。
できなかった……という方が正しいかもしれないが、事実そんな自分を変えようともしなかったし、自ら〝飼われる〟という生き方を許容して生きていた。
暗殺者、なんて言葉にすると今時は聞こえがいいかもしれない。
だが、実情はメディアで描かれるほど格好良くもないし、ましてやヒーローじみてもない。
ただ、命令に従い人を殺す殺人者。
それが、烏間黒斗という人間に与えられた生き方だ。
幼い頃に事故で両親を亡くし一人だけ生き残った……っていうありきたりな設定の俺が、引き取られた先は闇組織の運営する怪しげな施設。
事故で死んだように偽装された俺は足のつかない〝亡霊〟として生かされ、殺し屋として育てられた。
烏間黒斗という名前もそいつらが勝手につけたもので、俺の名前ではない……実際、本当の名前なんて覚えていないし特に執着もない。
さらに、悪いことに俺には〝才能〟があった。
自分で言うのもなんだが、身体能力や知能指数は同世代のそれを遥かに凌駕しており、瞬発的な運動能力だけなら大人に勝ることもあった。
それだけでも異常なのだが、問題は〝吸収力〟とでも言うべきか、俺は一度見た技術を簡単に自分の技術へと取り込める特異な能力をもっていた。
武術や剣術、通常の人が何年も歳月を重ねて得られるはずの技術を簡単に模倣する事ができる。
拾われた先が先なら違う分野で名を馳せていたかもしれない。
だが、俺を拾ったのは裏家業の人間。
当然、俺はそちらの世界に名を馳せることになる。しまいには〝黒い死神〟なんて、恥ずかしすぎる通り名までつけられる始末。
そんな俺にも、唯一心を許せる存在——妹がいた。
実際に血のつながりはない。出会いは、俺が拾われた養護施設とは名ばかりの闇の施設。
裏側の人間にも〝表の顔〟というのは必要らしく、親を亡くした子どもというのは何かと都合が良かったのだろう。今考えれば胸糞悪い話だが、そんな子ども達を施設を通して収集していたのだ。
本当に悪いことを考える奴は平気な顔をして善業をやれるから余計にタチが悪い。
俺のように不遇な環境に落ちた子どもを一から裏方の人間へと教育したり。
後継のいない有力者へしつけた子供を送り出す。
有力者の子どもが病気であれば、適合する子どもを——。
思い出すだけでも胸糞悪い。
そんな歪な場所で、出会ったのがアイツだった。
出会って間もない俺のことをなぜか兄のように慕い、実際に「お兄ちゃん」と勝手に呼び始め……気がつけば俺も実の妹の様に接していた。
俺は、そんな妹が間違っても非道な扱いを受けることのないように、有能だと持て囃されていた自分の立場を最大限に使って立ち回り妹を守っていた。
そうすることで俺は自分の存在価値というものを妹に見出していたのかもしれない。
その甲斐あって、妹は裕福だが子供に恵まれなかった温厚な老夫婦、表の顔である養護施設として平和的な家庭に引き取られ、俺とは違う……まともな人生を歩めるはずだった。
妹と離れて数年たったある日、俺は〝その時〟海外で〝仕事〟をこなしていた。
帰国して、土産を片手に久しぶりに妹の元を訪れた俺は愕然とした。
妹は、死んでいた。
高校に入り趣味のあう友達もできた。
今度絶対に紹介する、そう話していた嬉しそうな顔が最後に見た妹の姿だった。
妹の死因は〝歩道橋からの転落による頭部挫傷〟いじめを苦にした自殺。
警察は事件性はないと判断し捜査を終了していた。だが、俺は納得できなかった。
俺の持てる最大限を駆使して独自に調査をした結果、妹を死に追いやった〝原因〟を突き止めた。
その過程で浮かび上がった数名に、俺は〝俺のやり方〟で制裁を行い……同時にもう二度と戻らない妹の影を追いかけた。
ひたすら伸ばした所で、妹に届くことのない手。やがて俺は伸ばし続けた手を下ろし、絶望した。
そんな時、俺は遺留品の中で見つけた妹の日記に出てくる“ある人物”に目を止め、探すことにした。
妹が俺に紹介したがっていた〝趣味の合う友達〟という人物。
生前の思いに応えることで、まだ妹の存在を感じていられるような気がした。
そして同時に、妹が死ぬ直接的な原因となった〝女〟を始末するために動いていた。
だが、俺がたどり着いた先には、思いも寄らない結果が待っていた。
それでも、俺の行動に迷いはない……妹のためにしてやれる事が一つ増えただけだ。
果たして、俺なりの決着、その瞬間が訪れるかに思えた直後。
足元に不可思議な文様が広がり、俺の視界は真っ白に染まった。
白一色の世界が色を取り戻した時、視線の先には見慣れない景色と人物が立っていた。
神秘的な程に透き通った銀の髪に情熱的な紅い瞳を宿した……おおよそ人というカテゴリーでは見たことのないような、美しい少女が額に汗を浮かべながら必死に俺のことを見据えていた。
少女はその容姿に似合わない流暢な日本語で挨拶をしたかと思えば、とりあえず反応を見るために発したジャブに言葉を返すことなく、眉間に凄まじいシワを寄せながらその場で倒れ込んだ。
ファンタジーチックなローブを身に纏った白髭の老人が少女を抱えながら何事かを叫んでいたが、意味は全く理解できない。そもそも、俺の知っている言語ではない。
英語、ロシア語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、中国語、韓国語——先進国の言語をほぼ網羅している俺にとって〝知らない言語〟という時点で、この場所が明らかに自分の理解が及ぶ範疇ではないのだと推測できる。
この場所に来る前の状況を鑑みても、自分を取り巻いている〝今〟は明らかに異常。
幸い老人に敵意はなく、目の前の少女を労っている様子から正常な感覚を持った人間であると判断することができた。
だが、次の瞬間俺は目を疑った。
突然、老人の手から陽光のような柔らかい光が溢れ出し少女を覆ったのだ。
すると少女の苦痛な表情が穏やかなものへと戻り、静かに寝息を立て始めた。
訳もわからず茫然としていた俺のもとに白髭の老人は再び声をかけ、少女を労る様にその場に横たえた。
直後なんでもない様に、ふわりと身体を浮かせて外へと飛び立って行ってしまった。
この時点で俺はもう色々と自分の置かれている状況を諦めて受け入れるしかないと感じた。
人間が手から平然と光を出して空まで飛んだのだ。
所謂〝異世界〟と呼ばれる場所……それ以外に納得のしようがないだろう。
それから老人は中世ヨーロッパの王族を思わせるわかりやすい出立をした人物を連れて戻り、俺を中心に何かを説明していた。
俺はその動き、老人と相手の距離、表情、目線、口元を観察しこの老人がどんな心境で相手に何を伝えようとしているのかを何となく理解し、あえて恭しく王族然としている人物へ膝をついて首を垂れる。
俺への警戒心を解いたその人物は言葉が通じない事に困惑しながらも俺をもてなす様なニュアンスを身振り手振りで繰り返し、場所を移す旨を伝えてきた。
去り際、王族然とした人物は意識のない少女へと歩み寄り、愛おしい者へと向ける眼差しで少女の頭を軽く一と撫でする。そんな光景を見ながら俺は美しい少女の寝顔を意識に留め、その場を後にした。
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