*六章*王女の危機

第30話:天才召喚魔術師の過去

 夢の中にいた。それはいつもと同じ、絶対に夢だとわかる夢。


 私が美咲と仲良くなって……背負いきれなくなった私が美咲を突き放す。


 最終的に私が物理的に突き落とされた後で、最後はなぜか前世のあの場所に居るはずのない“今の私”と〝篠崎エリカ〟の目があって、飛び起きる。


 でも、今日は目が覚めない。眠りが深いのか、なんなのかわからないけど。


 そもそも、ここから先の出来事は〝私が死んだ後〟のことなので、正直意味がわからないというか……妄想? いや、ある意味普通に夢なのか。


 で、なぜか私の方を見て驚愕している憎むべき女、篠崎エリカ。

 夢とはいえ、こっちが見えているってことは、文句の一つでも言ってやれるのかしら?


「——ぁ」


 私が口を開きかけた瞬間。


『お、お兄……さん』


 は? いやいや、この可愛らしい姿を見て何をどう見間違ったら〝お兄さん〟なんて言葉が出てくるんだよ。夢だからっていい加減なこと言って誤魔化され——。


『テメェがったのか? あの子も、美咲も……』


 ん? どこか聞き覚えのある声が後ろからするけども……なぜかワナワナと震えだした篠崎エリカの姿に疑問を覚えながら声のした方を振り返る。


「ぇ? なんで……」


 そこには、私が見たこともない程鋭く、凍えるような表情の〝リヒト〟が佇んでいた。


 な、なんでここにリヒトがいるの!? 私の夢にまで出てきて何してんのコイツ?!


『ち、違う! わたしは、ただ! ミサキを追い込んだあの女に復讐を!!』


 激しく取り乱した様子の篠崎エリカは、歩道橋の下で無残な姿で人だかりの中心になっている過去の私を指差しながら叫んだ。


 確かに……美咲を追い込んだのは私だ。


 でも、それを、それを。


「あんたにだけは言われたくないっ!!」

『テメェにだけは言われたくねぇ』


 ————ぇ。


 私の声と重なるように同じことを口走ったその姿に私は目を見開く。

 リヒトの視線は、どこか物悲しげな色で〝前世の私〟へと向けられていた。


『あの子はテメェにそう言うだろうぜ? ……俺がもう一歩早ければ、助けてやれたかもしれない。

 悪かったな。せめて落とし前は付けさせてもらう——』


『なっ——ぐ、ぐるし——っ』


「——っ!?」


 下に見える〝私〟へと語りかけるように呟きを溢したリヒトは、言い終える前に呆然と立ち尽くしていたしていた〝今の私〟を透過して篠崎エリカとの距離を瞬時に詰め、細い首を掴んで宙吊りにした。


 突然の展開に私の思考は追いつかず、ただただその様子を眺めていた。


『何がダチだ……テメェは!! ただ美咲に付き纏っていたストーカーだろうが! 

 美咲がイジメられるように裏で手を回して、孤立させた。挙句その弱みに付け入ろうとしただけの屑。

 美咲の、妹のダチは……テメェが今殺した〝あの子〟だけだった!!』


「え……何? なんなのこの夢、リヒトの妹? 美咲が? 何がどうなってんの……」


 誰に届くこともない私の声は、私の中にだけ響いて静かに消えて行く。


『——っうぐぅ、はぁっ、はぁっ! 

 違う! あの、女が、あの女が全部悪いんだ!! 私から、美咲を奪って置いて、突き放した!』


 暴れる篠崎エリカからスッとリヒトは手放した。


 苦しそうに呼吸を繰り返す篠崎エリカ、ゴミでも見るかのような冷たい視線で睥睨するリヒトは黙ってその言葉に耳を傾けていた。


『お、お兄さん! 信じて、ください……私は、私はただ、美咲を守りたくて————っぐふ!!』


 嗚咽を漏らしながら足元にすがりつく篠崎エリカ。

 リヒトは凍りつくような視線で一瞥し、その顔面を思い切り蹴飛ばした。


『美咲と俺に血の繋がりはない。それに俺は今のあいつの兄だと名乗れるほど綺麗な生き方をしていない。

 だからな、言わないんだよ。俺のこともそれを言うデメリットも理解してるあいつはっ!!

 俺の前以外で兄なんて言葉、つかわねぇんだよ』


『————そんな、はずっ! だってあの時』



 どう言う意味なんだろうか。

 なぜ、篠崎エリカはリヒトの事を〝お兄さん〟だと? 私も美咲に兄弟がいるなんて初耳だし、ただこんな事になる前〝会わせたい人がいる〟と言っていたのは覚えているけど。



『あの時……か。

 あいつは、昔からどうしようもなく怖かったり、泣いたりする時だけ〝お兄ちゃん〟って、助けを求める癖があった。直接の死因になった落下による頭部挫傷の他にも暴行を受けたようなアザが多数。

 胸に握りしめたスマホの画面はせがまれて二人で撮った写真のままだった』


 リヒトは何かに気がついたように震えるエリカのもとへゆっくりと歩み寄り、乱暴に顔を持ち上げ視線を合わせる。


『これは予想だが……アイツに執着していたお前は、無理やり奪ったスマホの中身を見て、美咲と俺の写真に怒りを感じた。それで理不尽に暴力を浴びせたんだよな? 今てめぇが殺したあの子を追い込んだだけじゃ満足できず、美咲から自分以外の依存先を奪おうとした。違うか?』


『——ち、ちがう! わた、わたしはただ! ミサキが……私をいつまでも頼らないから!』



『だから、私が、守ってあげたの。もう、だれもあの子に近づけないように。私が美咲の最後になるの』


 リヒトの言葉が的を得ていたのか、激しく狼狽した様子のエリカ。

 ふと、糸が切れたように静かになったエリカの瞼から除く瞳が次第に澱んでいくように見えた。


『ああ、殺した。てめぇは! 美咲をその歪んだ欲望の餌にしやがった!! 一眼見た時からわかってたよ。てめぇは、歪み腐ったこっち側の人間だってな」


 エリカにまるで見せつけるかのように、悲しみを隠すような素振りでエリカに背を向けた。


「あ、危ないっ!?」


 その瞬間、篠崎エリカがとった行動に私は思わず声を上げるが、届くことはなく。


『ほらな、腐ってやがる』


 真上から乱暴に振り下ろされたエリカの手には鈍く光を反射する刃、強く握りしめられたカッター。

 それを素手で掴んだリヒトの手首に赤い雫がゆっくりと伝う。


『ミサキは私のモノだった!!! ずっと、ずっと! あの弱々しく怯えるミサキが私は大好きで、大好きで堪らなかったのにっ!! 姫神桜は、無遠慮にいきなり私の前からミサキをつれさった!!!

 それに、おまえもっ!! せっかく、私が、勇気を出して! ミサキを、直接! 可愛がってあげようと! したのにぃいいっ!!? お兄ちゃんっ、お兄ちゃんって馬鹿みたいに繰り返してっ!!

 縋るのも、助けを求めるのもっ、私のはずでしょう? だから、もう我儘言えないように、してあげた』


 壊れている。


 私は篠崎エリカの姿を見て、その話を聞いて、怒り——よりも恐怖を感じてしまった。


 アレは、人じゃない、人の皮を被った〝ナニカ〟だと足を竦ませた瞬間。


 怒りに震えるリヒトが篠崎エリカを突き飛ばす。

 外套の内側から何かを取り出すよに手を伸ばした、瞬間。


 見覚えのある術式がリヒトの足元に展開される。


「そ、んな——これって」


 同時に私の視界も真っ白に染まり、意識はだんだんと遠くなっていった。

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