第31話:天才召喚魔術師の窮地

 衝撃的な映像を脳裏に刻まれ、だんだんと私の意識は覚醒していく。

 私は——なにを。


 さっきまでの光景は、やっぱり夢だったのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えたところで、自分の置かれている異変に気がついた。


「——ん、んん!?」


 え? 何……何も見えない? 口も、なにかで塞がれて喋れない。


「————!?」


 手を動かそうにもすっぽりと指先まで覆う冷たい感触と、自由を奪っているであろう鎖の音がガチャガチャと耳障りに響くだけで全く動かせない。


 かろうじて足だけは動くが、後ろ手に拘束され前も見えない状態じゃ満足に立ち上がることも出来ない。


 何、この状況……ただでさえ、おかしな夢のせいで混乱しているって言うのに。


 もしかして、私、捕まっている? でも、誰が、なんのために?


「——んん! ん!!」


 ゴツゴツした床の感触、鉄と湿気が混ざった嫌な匂い……。


 私の声にならない声は、ただ壁を跳ね返り反響するだけ。


 それだけここが狭い空間なのだとわかる。


 最後の記憶は、アルフレッドに明日からの予定を話し合おうと持ちかけられ、出された紅茶を口にして……しまった。


 完全に油断していた。


 でも、なぜアルフレッドがこんな行動に。


「————っ」


 瞬間、ガチャリと重たい鍵が開くような音がし、ふいに近づいてきた人の気配に身を硬らせる。


「やあ、意識が戻ったみたいだね」


 それは聞き覚えのある、しかし、普段とはどこか違う、穏やかなようで冷たくも感じるアルフレッドの声だった。


「……」


「そのままじゃ、喋れないよね? だけど、君にはそのままでいてもらうよ? これ以上会話をする必要もないし……何より、そのままの方が君も、辛い思いをしなくて済む」


 意味がわからない、この人は何を言っているの? ま、魔術を使って……脱出を。


「——っ!?」


 スッと頬に手が当たる感触を感じ身体が恐怖に震えてしまう。怖い、どうしようもなく怖い。


「君が悪いんだ……〝勇者〟なんて余計な物を召喚するから。それに、君はその生まれに反して〝才能〟があり過ぎた。僕らは、生まれ以上の物を持っちゃいけない。君の力は立場に対して不相応なんだよ。

 君なら、わかるだろう?」


 わからない、そんな理屈わかるわけない。


 なんで、生まれただけで人生を他人に縛られなきゃいけないの? なぜ生まれた順番で優劣が決められるの? なんで、ただ生まれただけなのに……意味なんてわかんないよ。


「泣いているのか? 君らしくないね。でも、少しの辛抱だ……すぐに楽になる」


 その言葉に、焦りと不安を掻き立てられた私は、足をばたつかせて必死にもがく。


 なんとか冷静に魔術式を構築しようと、手に魔力を集中させるが、恐怖で身体が竦んでいるせいか先ほどからうまくいかない。


「無駄だよ? その手枷は魔力を封じる。君では絶対に破壊出来ない」


「——!?  んん! んんんんんん!!」


「急に騒がしいね……今更現実を理解したのかい? 何も知らない方が余計な事を考えずに済むと思ったけれど、仕方がないね。教えよう」


「……」


 全身をガチガチと震えさせる焦燥感が私を襲う。


 身動きも取れない、魔術も使えない。

 これから私がどうなるのか、そんな事を一瞬でも想像するだけで、無意識に涙が溢れた。


 今は、この人が話している時間だけは、まだなんとか生きていられる。そんな心境だった。


「ここは獣族の国……君は今、その地下牢にいる」


「……」


「不思議だろう? 戦争中であるはずの国になぜ君が囚われていて、僕がこうして君を見下ろしているのか……答えは簡単だよ。戦争なんて、実はとっくに終わっているのさ」


「————!?」


 どう言う事? 戦争が終わっている? だったらなんでこんな……まさか。


「気がついたかい? 最初から、僕はを嵌めるために動いていた。

 僕らの国同様、獣族の国も一枚岩じゃなくてね? 一部の獣族たちと利害が一致した僕らは、彼らの内乱に加勢し、現〝獣王〟と水面下で友好を結んだんだよ。

 今の無能な国王による治世を終わらせ、このくだらない覇権争いを無くすために」


「……」


「察しの良い君のことだ、ここまで言えばもうわかるだろう? 

 手当たり次第めぼしい女性に手を出し……無駄な軋轢と格差を振りまいた無能な国王を殺す。

 ふさわしい者が王になることで、腐った国を立て直すんだ。

 もちろん、王になるのは僕じゃない、ただ、君を葬ることで、僕には憂のない役回りが与えられる」


 一呼吸間をおいて、再び語り始めたアルフレッドの声色には隠し切れない貪欲な笑みが滲んでいた。


「もう、劣等感を感じることも、平民の混血だと蔑まれることもない!!

  君も、大人しくしておけば被害者のままですんだのに。

 勇者なんてよくわからない存在を召喚したりするから。獣族の国からも危うく信用を無くす所だった。   

 わかるかい? 今回の遠征は君と勇者を獣族の国へ〝生贄〟として捧げるための儀式だよ」


 甘かった……何もかも、甘すぎた。


 私の稚拙な想像以上に兄姉は腐っていた。


 何より、そんな現実を直視出来なかった自分が……憎い。


 関係のないリヒトまで巻き込んで……本当、どうしようもないな、私。


 心の奥底から言いようのない孤独感と絶望、惨めさ、罪悪感、ごちゃごちゃと整理できない思いが次々に溢れては私自身に突き刺さる。




 物語の主人公に憧れていた。




 世界が自分中心に回っていると思いたかった。




イジメられている子を助けて、深い絆で結ばれた親友がいて、誰もが羨むような恋をして……どれも、私の小さな器じゃ、受け止めきれない。



 私は、主人公たり得ない。




 異世界に転生しても、主人公になれない私は……惨めだ。




 独りよがりで、中途半端なプライドだけ他人に押し付けて……なに、やってんだろう、私。




 そんなことを考えるだけで、漠然と大粒の涙が頬を伝いこぼれ落ちて行く。


 ただ、この涙を拭ってくれる人は、どこにもいない。


「……同情の時間は終わりだ。上手く身を委ねるんだよ? あまり力むと、痛いだろから」


「んん、んんんっ、んん!!」


 まって……お願い、まって。会話を、終わらせないで……嫌だ、怖い、助けて。


「アルフレッド様ぁあ! 終わりやしたかっ!? 俺ら、もう限界でさぁ! 王族の……しかもこんな上玉を好きにできる機会なんて一生に一度のチャンス! 早く楽しみたいんっすよぉ!」


「ヘヘヘ! 王女様泣いてやがるぜっ? 早く慰めてやらねぇと!」


「んん!?」


 野太い声がした。がさつで乱暴そうな品のない男達の声。


「ああ、好きにしろ……どうせ、死ぬのだ。壊してもかまわない」


「————ッ」


  無理——い、や。嫌、嫌。


 アルフレッドの気配が消え、入れ替わりに無数の気配が私を取り囲む。


「お楽しみの時間だぜぇ? 王女様」


 太腿の内側を這う下品な指の感触に怖気が走り、身体が小刻みに震える。


「ヘヘヘっ! ちょっと物足りねーが、これはこれで……」


「——んんっ!!!」


 生まれて初めて、他人に、胸を触られた。


 乱暴で屈辱的。それに、ひどく痛い。


 その手が私の身体に触れる度、心が削り取られていくみたいだった。


 男達の手が、私の身体を弄び蹂躙していく。


 私の身体は身動き一つ取れずに恐怖で竦んだまま。


 だんだんと思考が真っ白になっていく。私と言う存在が汚泥に呑まれ塗りつぶされていく。


 なにが、一人で生きるだ。なにが、誰も助けないだ。


 私の覚悟なんて、こんなにちっぽけで無様で、どうしようもないものだったんだ。


 結局私は、あの時先輩たちに呼び出された時のまま、何も、変わっていない。


「この人数だ……穴ひとつじゃたんねぇよな? 今、美味いもん食わせてやるから、デケェ声出すんじゃねぇぞ? まあ、どうせ鳴き声は聞かせてもらうんだけどよ?」


 ——助けて。お願い……私を、誰か……助けて。


 鋭い双眸に黒紫の髪色をした、どこか隙を感じさせない雰囲気。

 と思えば、意外に飄々としていて、私以上に身勝手で、調子を狂わせられる人。


 私は今、期待している。渇望し、待ち望んでいる。


 私の見出せる唯一の希望は、その人以外に存在しなかった。


 男達の手が強引に私の顔を持ち上げ、口を抑えていた詰め物を外す。


 瞬間、私はほぼ無意識に叫んだ。


「——リヒト! リヒト!! 助けてっ! リヒト……んぐ!」


 私の口を不愉快な手が押さえ込み、塞いできた。


「ウルセェな! しらけさせんじゃねぇよ! こんな所に助けなんて来るわけねぇだろっ! 王女だからちっとは優しくしてやろうと思ったが、やめだ!! 徹底的に調教してやる」


 目を覆っていた布が取り去られ光が戻る。同時に映り込んできたのは、不快な姿で佇む薄汚い男が数人。


「——い、イヤ、やめて……いや」


 その光景を目にした瞬間、私の心は完全に砕けた。

 

 今の状況を理解した私の思考はこれから起こるであろう〝地獄〟をまざまざと想像の中で見せつける。


「ヘヘヘっ、可愛い顔してんじゃねぇか? 手始めにその綺麗なお口を汚させてもらおうか——」


 頭を両手で押さえつけられた私の前に、不愉快極まりない光景が広がり、必死に目を背ける。


「上手にできたらこっそり俺の女にしてやるよっ」


  男が鷲掴みにした私の顔を思い切り引き寄せた。瞬間、男の腕から力が抜ける。


「————? へ? 俺の腕?」


 私の両脇にボトリと、先ほどまで頭に置かれていた不愉快な手が腕ごと転がった。


 硬直していた私の眼前に映り込んできたのは、黒地に、赤やピンクのまだらな髪をツインテールにまとめた少女の華奢な背中だった。

 

「きひひひひひひっ!! きたねぇんだよゴミクズどもがぁ! おい、アイン! テメェ女のくせに、男なんかに負けてんじゃねぇよっ! きひひっ!!」

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