第8話:天才召喚魔術師の思惑

 ここぞとばかりに烏間の言う“アドバンテージ”を最大限活かし、言外に勇者は自分が管理するとぶっ込んだ私に、しかし国王は大手を振って喜び立ち上がる。


「おお、まことか! 勇者殿が我々の味方になってくださるとは心強い! これで魔族との長い争いも終わりに——」

「ちょっと待て、待ってくれよ親父殿」


 まとまりかけた空気をぶち壊したのは、今まで無言を貫いていた第三王子のヨシュアだ。


「……チッ」


『おいおい、露骨に嫌な顔してるぞ? スマイル、スマイル』


 うるさい。あんたのせいでこっちはもう表情筋が限界なんだよ。にしても、よりにもよって一番めんどくさい脳筋バカがでしゃばってくるとは。


「ヨシュア、お父様の前で不敬です。口を慎みなさいな」


 アリエルがシラッとした流し目でヨシュアを叱ろうとするが、脳筋にそんな言葉は意味をなさない。


「いやいや、兄貴も姉貴も! おかしいだろ? 存在したかどうかもわからねぇ勇者なんて御伽話の存在がいきなり現れましたぁ、なんて。信じられるか? しかも〝アイン〟が連れてきたんだぞ? 

 なんなら言葉も訳わからねぇし、態度もこっちを見下してる様で気にくわねぇ!

 勇者ってのが本当なら証拠の一つでも見せてもらわねぇとなぁ?」


 どうして、男共はこの展開が好きなのかね。

 まあ、こうなることは想定済みだし別にいいけどさ。

 

にしても、こんなバカが王族って……ある意味末っ子な上に甘やかされすぎたのだろうか。ちなみに上から三番目までは、の子供。


 このあたりで満足しておけば良かったのにね、国王も。いくら正妻に子供ができないからって側室娶りすぎじゃない? あ〜ヤダヤダ、ハーレム好きな男ってこれだから。

 ハーレムがハーレムなのは一瞬ですよ? あとは、血で血を洗う昼ドラ戦争ですからね? 


『なんか、俺を見るアイツの目が険しいんだけど? もしかして「勇者としての力を示せ」とか言っちゃってる感じ?』


 なんでわかるのよ。本当は言葉も理解してるんじゃないの? 異世界転移のなにかしらチート特典で全ての言語が理解できていて、その上で私をからかって遊んでいるとか——あり得る。


『まあその通りだけど? そのことは私に考えが——』


 瞬間、フッと烏間の身体がブレた。


「え?」


 呆気にとられる私がその姿を捉えた時には、既に第三王子の背後へと佇み、刃に見立てた手刀をその首筋へと当てていた。


「——っ!?  て、てめぇ! なんの真似だ!?」


 突然の事態に驚愕したヨシュアは顔を青ざめさせて叫び散らす。


『うわっ、身体軽っ! なんだこの感覚、気持ち悪いな? これがチートってやつか?』


「誰かこいつを取り押さえろ! この俺様の命を狙った族だ! 殺しても構わねぇ!!」


 バッとヨシュアは振り返って後退り、及び腰になりながら怒鳴りつける。

 国王も動揺した様子で口に手をやり〝あわわ〟ってなっているけど。

 あなたが纏めなくてどうするのか。全然可愛くないしね。


 他の兄姉は一瞬驚いた様子を見せたが、成り行きに興味があるのか静観を決め込んでいる。この人達のこう言う所が嫌いなのさ。


『ん? 力を見せるってこう言うことじゃないのか? えっとジャパニーズジョーク? ワカリマスカ?』


 わからねぇわ、むしろ日本語をゴリ押ししているだけじゃん。


『いや、普通にやりすぎ。それに、なにその身体能力、ちょっと引くんだけど』

『は? そこはキャーカッコイイって場面だろ?』

『バカみたい』


 ヨシュアの命令に応じて彼の護衛騎士達が烏間を取り囲み、抜剣した刃の切っ先を一斉に向ける。


『これは、ヤバイなぁ。アイン王女様? 助けてくんない?』


『絶対に嫌。私、人は助けない主義なの』


『なんだその主義。それは道徳的にまずいんじゃない? 色々と』


『自業自得でしょ? 私の話を聞かないから』


 道徳? そんなの、私を守ってくれない。

 道徳的な行いが正義なら、私が逆恨みで死ぬこともなかったじゃん!


「アイン! これは、おまえの指示か!?  今なにを話している!」


「お兄様、私はそんな指示などしていません! 今は勇者様に事情を伺っておりました!」


「アインよ、勇者殿はなんと!?」


 完全にあたふたしている国王が助けを求めるように私を見つめる。

 そこは「矛を納めよ」とか言って、この場を制して欲しい場面なのだけれども。


「勇者様は——」

「そいつの言葉なんか信じられるかっ! 構うな、おまえら! この不届き者を殺せ!!」


 言いかけた所で、ブチギレた三番目が大声で騎士達へと指示を出し、彼らも躊躇することなく手にした剣を真っ直ぐに突き出す。


「はぁ、お願い……〝ピカリン〟」


 四方八方から突き出された鋭利な刃が烏間の全身を串刺しに……なればいいと思うくらいムカついている事は確かだけど。


 騎士達の剣は烏間の身体に触れる事なく、彼を覆っている〝光の膜〟に弾かれた。

 これは、助けたわけじゃない。私のためだし、元々予定していた事。


「これは〝光の加護〟!?  光の高位精霊様が、勇者殿を守っておられるのか!!」


 バッチリなタイミングで解説ありがとう国王。そこは流石にね? ちょっと安心した。


『おお? スゴ、これが魔法ってやつか? 本当に異世界なんだな』


 危機感のない烏間が興味津々と言った様子で自分を覆う光の結界を眺めている。


『私のね、それに魔法じゃなくて魔術よ。別に助けた訳じゃないから? 元々こんな展開になるのも予測できていたし……光の加護に守られるって、なんか勇者っぽいでしょ?』


 そう、これは私の演出。

 事前に召喚しておいた光の高位聖霊こと〝ピカリン〟に、あいつを守るようお願いしていただけ。

 脳筋の三番じゃなくても、勇者の存在が目障りになる一番とか二番あたりがどうせ同じような事をふっかけて勇者のメンツを潰しにかかるだろうなって事は予測済み。


 烏間が動かなくても結果は同じだった。だから私は助けてない。


「お父様、勇者様はご自身のお力が試されているのだと悟り、余興としてヨシュアお兄様にあのような振る舞いを……今はやりすぎてしまったと反省しておいでです」


「おお、なるほど! 得心がいった! で、あるならば勇者殿は十分〝勇者〟たり得ると証明された。光の高位聖霊様が、普通の人間に無条件で味方するなどあり得ぬからな」


 そうかな? ピカリンは普通にいい子だよ? こないだも、おばあさんの荷物をしれっと運んであげていたし。その後〝神の奇跡〟とかで、崇め奉られてたけど。


 まあ実際、私が高位精霊を召喚できるのは、マーリンにも教えていないんだけどね。


「ヨシュアよ、これで勇者殿を認めるな? 先ほどまでの非礼、きちんと謝罪せよ」


「な!?  俺に頭を下げろだと? くそっ——俺は認めねぇ」


 わかりやすい態度で定番の悪態をつきながらバツが悪そうに踵を返して去っていく三番目。


「では、お父様。勇者様の今後については、私が——」


 その場を収めてとにかくこの場から撤収しようと考えていた私の言葉をまたしても別の声が遮る。


「いや、実に素晴らしい。アイン、改めて勇者殿のお名前をお聞かせ願えるかい?」


 第一王子のアレクサンダーが爽やかフェイスをこちらへ向け微笑んでいる。


「……はい、お兄様。勇者様のお名前は——」

『待て、もしかして今俺は名前を聞かれているか?』


 だから、なんで、わかるのよ!? いや、絶対チートだ! 異世界チートスキルだ‼︎


『だったら何? 何か問題でもあるの? 勇者クロト様?』


 ふっふっふ、嫌な感じだろう? 自分がどれだけ相手を不快にしているか自覚するといいのよ。

 私の意趣返しに、だけど烏間は同じた様子はない。むしろ、少し考え込んだ後、微笑を漏らしながら私を見つめた。


『アイン王女様が名付けてくれよ』


『は? 何それ、意味わかんない』


 名付け? なんで? 親御さんがつけてくれた大事な名前があるでしょう? 


『俺は、ここにいる間〝アイン王女様の勇者〟として生きることにした。

 こんな機会はそうあるものじゃあない。だからこの世界にいる間、烏間黒斗とは別の人間として生きてみるのも面白そうだろ?』


 な、何よ……私の勇者って、ちょっといい響きじゃない。笑うと案外可愛い顔も……

 いいえ! 騙されません! 私は、絶対に騙されないからっ‼︎


『ふ、ふぅん? よくわからないけど、好きにしたら? それにしたってなんで私が名前なんて……ん〜』


『そう言いながら考えてくれるのな?』

『う、うるさい! ちょっと黙って』


 黒、黒斗……烏……なんか黒い色ばっかり……うん、決めた。


「アイン? 勇者様はなんとおっしゃっているんだい?」


 痺れを切らしたアレクサンダーが笑顔のまま私を見つめて問いかける。

 この余裕そうに見えて実はピリピリしてる感じが怖いんだよね、この人。


 小さくため息を溢した私はスゥっと頭に入り込んできた名前を静かに答えた。


「リヒト……勇者様のお名前はリヒト様です」

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