第7話:天才召喚魔術師の努力2

 私は一呼吸おいた後で、目の前に座るいけふぇ——勇者様(仮)に向けふんわりと極上に可憐な微笑を湛え日本語で語りかけた。


『改めまして、先ほどはお見苦しいところを……突然の状況に混乱されていると思いますが、まずは自己紹介をさせてください』


『……』


 軽く会釈をして謝意を表情に表しつつ低姿勢に自己紹介を始める。お? ちょっと意外そうな顔してる? フフ、このアウェーな環境で唯一言葉が通じるヒロイン的なお姫様の登場だもんね⁉︎ いいよ? コロッといっちゃってもいいんですよ?


だけど、私が〝転生者〟であることを誰かに喋るつもりはない。日本語が喋れる理由は、それこそ魔術的な説明でゴリ押しする予定だ。


 あくまで私は、この世界に突然召喚され困惑する勇者様の良きパートナである姫! そして、不遇な姫の環境を知った勇者はだんだんとその心を姫に向けていく……我ながら完璧な設定‼︎ 一分の隙もなくない⁉︎


 ちょっと最初はアレな感じだったけど、もうこうなったらこの人を勇者にするしかない。


 最悪ほとぼりが覚めてからアッチの世界に送り返してもいいわけだし!!?

  こうなれば行くとこまで行ってやる! 


『詳しい説明の前に、まずは私から名乗りますね? 私の名前はアイン——』

『本当の名前は?』


 突然日本語で勇者(仮)さんへと挨拶をした私に周囲の人間が怪訝な表情を浮かべ、だが、それよりも一言目で返ってきたその言葉に私は建前の笑顔を貼り付けたまま硬直する。


『えっと、本当の名前……と、もうされますと?』


『ぁ、そう言う感じ? いきなりこんな訳わかんねぇ状況に放置しておいて? 

 毒でも盛られて夢みてるのかと思ったけど料理は美味いし人や物の存在感が明らかに夢じゃない……ってことはアレだ、一番怪しいのは普通に『中身日本人』な雰囲気のお前なわけだ。

 なぁ、そのわかりやすく嘘を貼り付けた誠意のかけらもない笑顔で今からも俺に接し続けるのか? 下手すりゃ主犯格らしきお前が? 勘弁してくれ。

 とにかくお前とこの愉快な笑えねぇ状況の相手をしている暇はないんだ、簡潔に今俺が置かれている現状を説明しろ、というか出来るなら元の場所に返せ、今、すぐに』


 あ、ダメ……なんかプチって音した。私の中で、なんかプチって切れた音した。


『……うるさい』

『は?』


『うっせぇっつたの! 私にも色々事情があるのよっ、大体あなただって最初に挨拶した時ゴチャゴチャ小さいこと言って名前教えなかったでしょう⁉︎ 

 それに、接待されて美味しいご飯食べたって……今のところ良いことしかないじゃない! 

 私は、こいつらが大っ嫌いだから自由になりたいの! そのために異世界からあなたを〝勇者〟として呼んだ、それだけ!! 

 名前はアイン!!  本当もなにも私は転生者だから嘘なんて一言もついてません! 前世の名前は〝姫神桜〟アッチで死んで目が覚めたら、このドロッドロな王族共の末端に生まれて異世界転生した、ただの美少女ですけど何か⁉︎』


 私の剣幕に一瞬たじろいだイケすかない最低勇者(仮)は、しかし私の前世の名前を聞くなり何かを含むように考え込むような仕草をする。


『——姫神、桜?』

『なによ』


『いや、なんでもねぇ』

『……ふん』


 勢い勇んだはいいもののハッと周囲の空気が完全に凍りついているのを自覚するや額に汗を滲ませる。


 ああ、やってしまった。めっちゃ叫んでしまった。ストレス溜まってたんだよね多分。


 日本語でってのも不味かった。普段兄姉の嫌味以外他人との会話なんてマーリンとしかしてないからさ?  

 久しぶりの会話で、なんかこう……素がさ? 出ちゃった的な?


 なんで日本人って確信持ったのかは、わからないけど……あの見透かしたような感じが本当にムカついてしまったんだよね。

 とりあえずこの場だけでも取り繕わなくては。言葉の意味が伝わっていないのがせめてもの救いだ。


「コホン——勇者様は、皆さんに良くしてもらって本当に感謝している、特に料理は絶品でした。と仰っています」


 何事もなかったかのように通訳をした私を二番から下の兄姉が胡乱な眼差しで見つめている。


「おお、そうか! この世界の料理は勇者殿の口にあったか! それは喜ばしい限りだ」


「ですね、父上——食が通じると言うことは友好への第一歩です。流石父上のお考えは素晴らしい」


 私の脚色全開な通訳に気をよくする国王と、わかりやすくヨイショする第一王子。


『……今、堂々と嘘の通訳したろ? お前、普通に悪い顔してるぞ?』

『してないわよ、盛っただけよ』


 必死に笑顔を貼り付けている私にボソッとツッコミを入れた彼を見ることなく、口の恥だけを動かして私は応えた。


『まぁ、だいたい事情はわかった。おまえの名前は姫神桜……で間違いないな? それが今はこの不思議世界で生まれ変わった可哀想な王女アイン様ってことだろ?』


『——っ、ええ、そうよ。その通りだけど何?』


  何その言い方!? ムカつく、なんか無性にムカつくんですけど!! 

 やっぱり失敗! 私の勇者様召喚大失敗じゃん!! こんな奴、好きになるとか絶対無理!


『……そうか、にしてもおまえ、歪んでるな?』


『は? 意味わかんない! 歪んでないし、初対面のあなたにそんなこと言われる筋合いなくない?』


『いや、歪んでるね……大なり小なり絶望した人間の目だ。前世の出来事か、ここでの環境? なんにせよ、自覚があるのかわかんねぇけど、言ってる事めちゃくちゃだぜ?』


 意味がわからない、こんな奴に私の事なんて絶対理解できるわけない。


『まあ、歪んでいることに関して人の事は言えないが……俺は烏間からすま黒斗くろと

 アイン王女殿下様に異世界から呼び出された勇者様って……柄でもないけどな。

 まぁ、この場所でおまえに逆らうのも愚作だろうし、乗ってやるよアイン王女様の目的ってやつに』


 勇——こんな奴は呼び捨てでいいや。烏間は飄々とした態度で私に向かい恭しくお辞儀をして見せた。


 その光景に周囲の人間がざわついている。一体どんなやりとりが私達の間で行われているのか、気が気ではないのだろう。


『やめてよね、周りに変な誤解されちゃうじゃない……それに、異世界への対応早すぎ、もうちょっと困惑しなさいよ』


 訝しむ私の視線を、ヘラっとしたイラつく笑みで流す烏間。

 本当に嫌な奴、初対面の女の子相手に歪んでるとか、最低すぎる。

 ただ、正面から否定できない私がいるのも、また余計にムカつくんだけど。


『誤解? 例えばアイン王女様が俺を勇者として祭り挙げることで得ようとしている〝自由〟ってやつのために言葉が通じるアドバンテージを使って俺を懐柔しようとしていた事……とか? まあ、異世界ってのも正直あんまりピンときてないけどな、そう言うもんだって納得した方が簡単だろ?』


『……マジで最低』


 性格わっる! なに、その「おまえの考えなんて見透かしてますけど?」的な反応!?


 本当、なんでこんな奴召喚しちゃった? 私の〝想像〟にこんな最低男のイメージなんてないけど!? 

 これなら多少面倒でも扱いやすい厨二くんの方がよかったよ。


「アインよ、勇者殿はなんと? なんと申されておるのだ」


 痺れを切らした国王が食い気味に唾を飛ばしながら問いかける。兄姉もシラッとしているが、気になっている様子だ。

 そもそも、私が通訳の時点で納得いかないのだろうけれど。


『好きに通訳していいぜ? どうせ、俺にはわからない。つまりアイン王女様の独壇場ってわけだ』


『ふん、言われなくてもそうするわよ。言っとくけど、勇者って言っても(仮)だから。次こそは絶対に〝本物〟を召喚してやるんだから』


『本物ねぇ……勝手にとんでもない所へ呼び出しといてひでぇ言い草だな。

 ククッ、いいぜ、じゃあアイン王女様はその本物様を召喚? するまでの〝依頼主〟ってことでいいな? 

 報酬は元の世界への帰還と、そうだな……珍しい武器でももらおうか。異世界ならではのヤツ』


『依頼? どう言う意味よ』


 こんなに嫌味な〝王女様〟呼び初めてだわ。ムカつき超えて呆れてきた。


『アイン王女様は、その本物様を呼び出すまでに〝自由〟ってやつの足がかりが欲しい。

 俺はその間、アイン王女様の勇者様として振る舞い、協力する。

 本物様を召喚できたら、死んだとか適当な理由をつけて俺は元の世界に帰り、アイン王女様は本物様と上手いことヨロシクやってく。

 勇者ってレアな人間がそう簡単にぽんぽん入れ替わるのかは謎だが、その辺りは勝手にうまくやってくれ。どうだ? 悪くない取引だろう?』


 私は饒舌に語る烏間の話に不快感を覚えながらも、表情は取り繕って友好的に見えるよう受け応えをしている。口角がつりそうだ。


「お父様、お兄様、お姉様」


 私はスッと烏間から視線を外し、国王と兄姉へにこやかに視線を巡らせた。


「勇者様は、この国のためお力添えくださるとのことです。その前に、早く言葉を覚えて皆様とも直にお話したいと仰っています。当面は私が言語の習得をお手伝いしながらこの国のことを知っていただく為にお側につかせていただこうかと」


 スンっと澄ました表情でぎちぎちと噛み締める奥歯の音が私の耳にだけ響いていた。

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