*二章*王女の努力と召喚された勇者(仮)

第6話:天才召喚魔術師の努力


 私が前世の経験から学び、今世で生きる上で決意したことが三つある。


 一つ、人は助けない。

 一つ、自分のこと以外考えない。

 一つ、自分の決断にはきちんと向き合う。


 自己中? 知らない。

 私の決意に誰かが文句を言うなら、その人は逆恨みで歩道橋の階段から突き落とされてみれば良い。超怖いからね? マジで。


 とにかく、誰かのために自分が不幸になるのも、人生がめちゃくちゃになるのも、ボコられるのも、歩道橋から突き落とされるのも、本当に絶対、金輪際勘弁って感じなの。


 だから私は、この先の人生で自分以外の誰かが困っていても絶対に助けないし、それはつまり、自分のこと以外考えないってこと。


 けれど、それは他人からも助けを得られない、求めるつもりもないけれど。自分の人生は自分の力だけで掴み取っていく、そう決めた。


 だから今日まで才能に溺れず、死ぬ気で努力して力を付けてきた。

 自分の行動と向き合うため。他人にボコられても、ボコり返すために。


 まずは〝自由〟を手に入れる。生まれ変わっても餌付けされるだけのカゴの鳥じゃ意味ないからね。

 だからこその〝勇者〟だ。

 ひとまず(仮)だけど、アレはこの世界に生まれてから十五年間の私の努力と想いの結晶。


 絶対、兄姉なんかに渡さない、渡せるはずがない。


「お父様達は晩餐会って言っていたっけ……流石にこの格好じゃまずい」


 ひとまずポチに自室の窓際まで寄ってもらい自分の部屋へと侵入する。


「ありがとう、ポチ。また何かあったらよろしくね?」

「グルゥ、グルゥララァ」


 ひと撫でされたポチは、嬉しそうに喉を鳴らした後、遠くへと飛び去っていった。

 うん、可愛い。君が〝ポチ〟たる所以はそう言うところだよ。


 常に開いている窓をそっと開き、シュタッと部屋の中に降り立った私は明かりをつけるためにスイッチへ魔力を通す。この世界の生活水準は想像していた“異世界”よりもなにげに悪くない。


 『電気』がなくても明かりは付くし、水も火も全て魔術でまかなえる。水道光熱費の代わりにかかるのは自分の魔力、ある意味自給自足。


 部屋に明かりが灯され、ふわりと柔らかな光が包み込む。巨大なクローゼットに備え付けられた大きな鏡に私の全身が映り込んだ。


 銀髪に緋色の瞳。前世とは似ても似つかない姿だけれど、中身は一緒。

 私はアインであり姫神桜。


「この銀髪と目の色どうにかならないかな……流石にカラーリング剤もカラコンも、この世界にないしね」


 前世の私目線で今の私を見ると、控えめに言ってもなかなかに美少女だ。

 銀髪に緋色の目なんて、どこの外人さんって感じで本当はテンション上がるはずなんだけど、この世界でも銀髪は珍しいらしく、お城の中でもかなり浮いてしまっている。目の色も同じ理由で好きになれない。


「とにかく着替えなきゃ……ドレスもボロボロだし、ちょっと汗臭い」


 あわよくばお風呂に入りたいけれど、流石にそこまで時間はないだろう。


 私は身につけていたドレスをぱさりと脱ぎ捨て、クローゼットの中を物色する。

 ここまでの一通りの流れにまるで姫っぽさがないよね、うん、わかってる。


 本当は着替えとか、お風呂も侍女がやってくれるんだけど、なんか落ち着かないし、あと、なんとなく向けられる視線が嫌だから侍女や護衛は誰も付けていない。


 護衛は特にいらないかな? 多分〝ポチ〟ありきなら私の方が強いしね?


「赤……はない、紫も微妙、ふんわり系よりエレガントな感じがいいよね」


 手にとったのは、鮮やかな水色と白のレースが可愛らしいミニのドレス。


「うん、年上ウケならこっちかな……」


 一応ね? 女子としては男性の好みも考慮しておきたいわけですよ。


「よし、バッチリ。あとは会場に急ごう」


 ドレスを着込んで軽く髪をとかした。本当はちゃんとセットしたいけど今は時間がないので、白い花の髪飾りで盛って誤魔化す。


 部屋を出る。しん、と静まりかえった廊下、護衛や侍女達は皆会場に集中しているのだろう。いつも以上に人の気配がない。


「ほう、これはアレを試すチャンスですな? 成功すれば〝階段〟も使わなくていいし」


 階段は、正直まだ怖い。登るのはマシだけど、降りようとすると過去の記憶がよみがって背中をゾワリと悪寒が包む。なんとか克服しようと努力したが恐怖のあまり〝リバース〟してしまったのが記憶に新しい。


「てれれっててぇ〜ん、転移コウモリぃ!」


 手の平に魔力を集中させる。直後に術式が円を描いて展開され、手の平に小さなコウモリが現れると、チョコンと二足の脚で立ちこちらを見据えていた。


「ふふふ、一匹残しておいて正解だったわね」


 私は転移コウモリの一匹に〝契約の印〟を施しておいたのだ。


「勇者様にも〝従属の契約〟は結べるのかな?」


 召喚魔術と言っても、何でもかんでもポンポン召喚できるわけではない。


 ざっくり言うと高位召喚と低位召喚とに分かれていて、高位召喚とはまんま、高位な存在、竜とか精霊とか、とにかくちゃんと自分の意思があって、こちらの要望に応じてくれる存在。

 彼らはなんと言うか……術式を通して語りかけて、応じてくれたら召喚できる、的な感じ。

 一応勇者の召喚もこれに似ているかな? 


 低位召喚は、今私の手でフルフルと震えている小動物みたいに、実際に会ってバトルして弱らせた所へ召喚の契約印を強制的に結んで使役する。つまり、ゲットだね。


 この転移コウモリがどこかで生きている限りは、私の呼び出しには逆らえない。

 まあ、そんなに震えなくても過酷な労働を強制したりしませんとも。


「転移コウモリ……呼びにくいわね、名前——ぽん太でいいか」

「キィ……」


 なぜそんなに悲しそうな顔をするのか。いいじゃないか、可愛いんだから。


「ぽん太! 私を、晩餐会の会場近くまで転移させて!」


 ズビシっ、とカッコよく指を指してポーズを決めてみたが、転移が発動する気配はない。


「キィ? キュィイ」

「え? 場所がわからない? ああ、そうね、そりゃそうだよね」


 契約でパスのつながっている私はふんわりだけど彼らの意思を読み取れる。便利は便利なんだけどあんまり魔物に感情移入しちゃうのも、ちょっとね。


「じゃあ、とりあえず……あの渡り廊下まで、次階段の下、その次は……」

「キィィ……」


 歩けよっ、て距離をシュンシュンとカッコよく転移を繰り返しながら私は会場へと向かったのだった。



 ノックを四回、厳かな扉が護衛の騎士によってゆっくりと開かれる。


「王女アイン様がおいでになられました」


 無表情な護衛に途中まで先導され、ピタリと立ち止まった護衛の横を堂々と通り過ぎ、一際豪奢な椅子に座している男性の近くへと赴き、ふわりとスカートの端を摘んで優雅に挨拶をする。


「お父様、遅れて申し訳ありません。マーリン様の塔よりただいま戻りました」


「おお、アインよ! 此度は勇者殿召喚の義、誠に大儀であった! ちょうど食事を終えたが、勇者殿と言葉が通じず難儀していたところであった、アインには勇者殿の言葉がわかるか?」


 国王が私を見据えながらにこやかな笑みをたたえている。私はそれに笑顔を持って応じて見せた。


「もちろんですわ、お父様。私が責任を持って勇者様のお言葉をお父様にお伝えいたします」


 てか、言葉が通じないことぐらい状況的にわかるよね普通? なんで私が来るの待てないかな?


「チッ——」


 決して小さくはない舌打ちが私の耳に届いた。ちらりと視線を送れば、それはそれは苛立たしげな兄姉の視線が私へと突き刺さる。


「お兄様、お姉様方……遅れて大変申し訳——」

「アイン、あなたが召喚なさった勇者様でしょう、早く勇者様のお言葉を皆にお伝えなさい」


「……かしこまりました、シルヴィアお姉様」


 だから、この状況作ったのあんた達でしょうが。

 まつ毛を盛大にクルクルする前にもう少し頭の方も回転させたらどうですか?


 私はにこやかな笑みをべったりと貼り付けて国王の一番近く、第一王子の向かいに座っているイケフェイス——以外の情報が全くない勇者(仮)の近くへと進む。


 なんと言うか、緊張感のない表情でジっと私のことを見ている彼は、掴み所のない雰囲気を纏っている。


「アレクお兄様、前のお席を失礼いたします」


「ああ、構わないよアイン。早く勇者様の言葉を聞かせておくれ?」


 第一王子の余裕か、ブロンドの髪に爽やかな雰囲気を纏う美丈夫。一番王座に近い男、アレクサンダー・ガウリオル・フォン・レグルシウス。名前が長いよ。


 一見誰にでも優しく人当たりの良い感じだが、こう言うタイプに限って器が小さい上にプライドだけは高くて扱いづらい。ラノベによくいるご都合主義の定番男。


 私は余裕の笑みを崩さない第一王子に軽く頭を下げ、勇者(仮)の隣に座っている女性へと挨拶をした。


「アリエルお姉様、お隣を失礼いたします」


 第二王女アリエル・ガウリオル——だから長いよね、こう言う王族系の名前ってさ? フォンとか、ヴァンとかよくわかんないし。もう一番とか二番とかでよくない?


「そうね、末席のあなたが私たちの隣に座れること、光栄に思いなさい?」


「はい、ありがたき幸せにございます」


「……相変わらず変な髪色ね」

「……」


 あんただって赤いじゃん? 髪が赤いとか私からしたら十分変ですけど⁉︎ てか、今髪の色関係ないよね? なにその微妙にサラッとディスるやつ。バーカ、バーカ。


 張り付いた笑顔の奥で盛大に喚き散らした私は、三番、四番目と挨拶をして、やっとの思いでイケフェイス勇者(仮)と真正面から向き合ったのだった。

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