第5話:天才召喚魔術師の後悔2

 イジメられていた春野美咲を助けた私は事あるごとに美咲へと絡み、意外とインドアな趣味も共通点として合ったことから、友達として仲良くなった。


 美咲は普通に良い子だった。ただ間が悪いと言うか抜けている所が多いと言うか、まさに少女漫画のヒロインを地でいく女の子。


 そして私はヒロインを最終的に追い詰めてしまう最低な友達役の悪キャラ……って感じかな。


 そんなある日、私はイジメの中心人物であるミオと強面な先輩方に呼び出され——普通にボコられた。

 女子の世界にも結構あるんだよね、暴力系の脅しって。


 泣いたね、あの時はめっちゃ泣いた。痛かったし怖かったし。


 この時、初めて気がついたんだ。物語の主人公みたいにイジメっ子から颯爽とヒロインを助けちゃう人達って、こう言うことまで覚悟してやるんだよね、そう言うのを本当の勇気って言うんだなって。


 私の心は簡単に折れた、バッキバキに。


 人を救う覚悟とか、美咲の事を考えて、とか全然なくて、ただ人助けをした高揚感と無条件で私を過大評価して懐いてくるミサキとの関係が心地よかっただけ、だったんだよね。


 そんな私に呆れていたのか、あんなに仲の良かったカオリとモエも私から離れていったな。


 身も心もフルボッコにされた私は、学校休んでしばらく家に引きこもっていた。

 普通に外へ出るのが、人に会うのが怖かった。


 そんな時、何も知らない美咲が家に訪ねてきて私に助けを求めた。

 ——前よりも嫌がらせが酷くなってきた。学校中に根も葉もない変な噂を沢山流れてどうしたら良いかわからない。だから、助けてほしい。


 美咲は縋り付くように、余裕のない私に、当然のように助けを求めてきた。


「——重いよ」


 ポロっと口からこぼれたのは、最低男が彼女に言う捨て台詞みたいな言葉。


 ボコられた時に聞いた話によると、美咲は怖い先輩の彼氏に色目を使って? その気にさせておいて、土壇場で逃げ出したって言うのが向こうの言い分。


 まぁ察するに、その彼氏って人が無理やり美咲に迫って、あの性格だから怖くなって逃げ出した美咲に腹を立ててあることないこと男が彼女である怖い先輩に言ったのだろう。


 よくある話、どこにでも転がっていそうな展開。美咲は確かに何も悪くない、けどこの時の私は、なぜか美咲にも非があると思い込んでしまった。


「そこまで面倒見切れない」

「なんで私まで巻き込むの?」

「正直余裕ない、重すぎて私には無理」


 我ながら最低だ、切羽詰まっている友人に投げかける言葉ではない。

 ただ、私も切羽詰まっていた、正直これ以上関わりたくなかった。



 数ヶ月後——美咲は、自殺した。



 歩道橋の上から車道に身を投げて。酷い、最後だったらしい。


 事件が起きてすぐ、数少ない美咲の友達でもあった〝篠崎エリカ〟が私のところへ来た。

 そして彼女は言った。


「あんたがミサキを殺した、ミサキを返せ——私の大切な人を返せ‼︎ ミサキはあんたのせいで死んだんだ‼︎ 責任とってあんたも死になよっ‼︎」


 彼女はいつも美咲の相談にのって上げていた風な口ぶりだった。

 実際、美咲からは篠崎エリカの話が出たことは一度もなかったけど。


「いきなり出てきたあんたが私からミサキを奪った! あたしたちの関係を土足で踏み荒らして、壊しておいて……よくも、ミサキまで」


 勘弁して欲しかった。だったら助けてあげればよかったじゃないか、こっちはいい迷惑だ。


 そんな感情の方がいっぱいで……正直に言うと私の心に美咲が死んだ事に対する大きな悲しみは生まれなかった。


 そんなどん底の気分を味わった日から数日たった、あの日——。

 どこか心寂しくなる雨が降っていたあの日。ふと美咲が飛び降りた歩道橋へ行きたくなった。


 何かに引き寄せられるように、私は自殺の現場へと赴き、歩道橋の上に添えられた花束の隅にそっと気持ち程度の花を添え、階段の上からその景色を眺めていた。


 美咲が最後に見た風景を自身の瞳に焼き付ける。

 何を考え、何を思ったのか。当然私のことは恨んでいるだろう。


 理不尽なイジメに合い、誰も助けてくれず、唯一助けを求めた私にすら追い詰められ、彼女は最後に何を見たのだろうか。


 胸の内に押し寄せる、今更な罪悪と後悔に遠くを見据えていた、瞬間。


 ポンっと背中を押され、過去の私の身体が宙に浮いた。


 よろめく身体を反転させようと振り返れば、不気味な笑みを湛えた篠崎エリカが立っていた。


 私の手は空を泳ぎ、私を突き飛ばした女を見つめながら階段を転げ落ちていく。


 今の私は過去の自分が転げ落ちて血塗れになっていく様を、ジッと篠崎エリカの隣から見下ろし、鋭い視線を目の前の女に投げつける——同時、合うはずのない視線が交差した。


「———ぁ」


 目を覚ました私は、滝のように額から流れている汗を拭いながら勢いよく身を起こした。


「アイン様! お目覚めになられましたか!?」


 未だに気が動転している私を心配するようにマーリンが至近距離で顔を覗き込んでくる。


 近い、と言うか体制的に私はマーリンに膝枕をされていたようだ。

 ちょっと、やめてほしい。


 最悪の目覚めに目頭を押さえながら、立ち上がろうとする。


「——っ」


「アイン様! まだ動かれてはなりませぬ、魔力を使い切って、危うく命まで亡くす所だったのですぞ! もう、このような無茶はおやめください」


 がくりと膝が折れてヨロめいた私をマーリンが優しく抱きとめた。いや、本当にちょっとやめて欲しい。そう言うのはイケフェイスな殿方に。


「あ!? ゆ、勇者様は‼︎」


 そこで私は、ぶっ倒れる前の状況を思い出し、ハッと我に返って周囲を見渡す。どのくらい寝ていたのか、召喚時間がすぎる前に〝リリース〟を宣言しなければ、あの神経質そうな人を送り返せない。


 と逡巡したところで、私の視線は夜の帳が完全におりた窓枠を見て釘付けになる。

 私が召喚の儀式を行なっていたのは昼だ。つまり手遅れ、本人の了承も得ないままこの世界にあの人を召喚してしまった。


「勇者様は現在、国王陛下の元に……陛下も晩餐にて持て成すと張り切っておいででした。なにぶん言葉が通じないので意思の確認はできませんでしたが、食事を介して親睦を深めるのは万国共通でありますからな、勇者様の腹の虫も盛大に鳴っておりましたゆえ——」


「ガーッテェエム……」

「アイン様? 如何なされました?」


 いかがなされたじゃないし、このタヌキジジィが。


「マーリン、今日私がここで召喚の儀式をするってお父様に」

「もちろん、お伝えしておりますとも! この国から勇者様が現れる、その召喚をアイン様がなさると言うのに、これを陛下の耳に入れずしてなんとしますか! 陛下の元にはワシが勇者様をお連れしました。その時に命がけでアイン様が勇者様を召喚されたこと、国王陛下にはしっかりとお伝えしております」


 知っているよ、マーリンが親心全開で私を推してくれているのはさ? でもね? 思春期の娘にお父さん的な愛情表現は結構空回りするって覚えておいてね?


「——っ、頭痛い、けど行かなきゃ……通訳も必要だろうし」


「アイン様、本当にご立派になれた……マーリンは嬉しく思います! ワシが、城までお連れします。肩におつかまりください」


 そんな悠長にしている時間はない。私の中で(仮)とは言え、勇者として異世界から召喚したんだよ?

 あの強欲な兄姉どもが放っておくはずない。

 特に王位継承に近い一番から五番までは、いろいろな意味で泥仕合が繰り広げられるのだろう。


 〝勇者〟っていう未知だけど明らかに特別で絶対的な唯一無二の存在を手元に置いておくことは、権力争いに置いてかなりのアドバンテージになり得る。


 かくいう私もその価値を最大限利用しようとしている人間の一人だけどね? てか、召喚したの私だし、私の勇者様だし!?


 密着して肩を貸そうとするマーリンから微妙に無表情で距離をとった私は、ヨロヨロしながらも窓枠へと近づき、開け放った窓の淵に足をかけた。


「アイン様⁉︎ 危のうございます! この高さから落ちればただでは——」


「私は、二度と、誰かの影響で自分を見失いたくはないの……勇者様は〝私の切り札〟なんだから」


 ふっ、と塔の頂上階にある部屋から私は身を投げ出した。


「ぁ、アイン様ァアああ——」

「来なさい、ポチ‼︎」


 いや、無駄に落ちるわけないじゃん? 叫びすぎだよ。


「グルゥァアァ」


 私の声に呼応するように、空中で円形の術式が瞬時に構築されると、同時に勇猛な翼を広げた赤茶色の竜が現れ、その背中で器用に私をキャッチする。


「なんと、赤炎竜をあの刹那に召喚なさるとは……」


 遠くなっていくマーリンの言葉に背を向けた私は、ポチの背に乗って一気に王城を目指したのだった。

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