*八章*王女の初恋とすれ違い
第40話:天才召喚魔術師の恋煩い
邪竜、もとい現獣王だったナコンダという蛇竜族の人を退けた後、ややあって……いや、ありすぎなぐらい色々あった。
改めて獣王として復活したビャクコさんにその場で猛反発する獣族がいたり、それを有無を言わせない迫力で黙らせるビャクコさんを遠目から引き気味に眺めていたり、今回獣族と手を組んでいた我が国の兵達を集めて黒幕を炙り出そうとして見たり。
結局のところ表立って動いていたのはアルフレッドだけだったみたいで、あの兵士に混ざっていたガラの悪い連中もアルフレッドが用意した人間だった。
というかあいつら失踪した冒険者だよね? あとでノンノンにフルボッコの刑にしてもらおう。
「本当、何がしたかったんだろうねあの人……結局切り捨てられるだけの駒くらいの扱いだったのはわかっていたはずなのに」
私が連れ去られた後リヒトを襲った兵士達も、あの〝ラコブ〟っていう蛇竜族が操る魔物をリヒトが退け、不利を悟ったラコブが逃げ出した後は特に襲ってくる様子もなかったからその場に放置してきたそう。
後で見に行ったけど誰も残っていなかったから皆逃げたんだと思う。
どうあれ〝王女殺し〟の肩馬を担ごうとしたのだから、私が生きている以上、国に戻っても彼らに未来はないって考えるよね。
まあ実際、探し出して裁こうとか思わないけど。
「ああいう手合いは、極端に視野が狭くなっているからな。プライドは高いくせに器は小さい……自分にとって不都合な部分は直視出来ずに色々とねじ曲げて考えるもんだ」
ぽつりと向かいに座っているリヒトが呟く。
視野が狭くて、不都合な部分を直視出来ない……ん? なんか胸が痛いぞ? 私? 私のこと?
いや、私は生まれ変わった!! はずっ!!
というか今回のことで目が覚めたっていう方が正しいかな。
正直、アルフレッドを見下していた私は彼の策略に気づきもしないで、まんまと一服盛られた訳で……もし、アルフレッドの目的がただ単に私を殺すことだったら、そう思うと笑えない。
実際、襲われそうになった状況も笑えないんだけど。
偶然牢屋にいたビャクコさん、私を必死に助けてくれたリヒトやイリナにコクライ。
本当はずっと前から私のことを守り続けてくれていたマーリン。
皆がいなかったら、私はアルフレッド一人にすら勝てなかった。
どれだけ自分の不都合に目を背けても、これが現実。
私は弱い……でもそれは、目を背ける理由にならない。
美咲の時だってそうだ。
私は美咲を守った自分に酔っていただけ……でも、そんな弱い私でも、弱いなりに現実と向き合って、美咲に寄り添うことができていたら……全部今更だけど、今更でも私は向き合っていきたい。
自分の現実に。
「リヒト、私ね——」
「さて、そろそろ事後処理も済んだことだし、俺たちも帰ろうぜ?」
うん、避けられていますね、これは。
ちなみに私たちはビャクコさんの取り計らいにより、ここ獣王国で国賓扱いの待遇を受けている。
改めて外側から見る獣王国のお城はタージマハルみたいで想像よりも豪華な造りだった……のだと思う、コクライが半壊させていなければ。
それぞれに貸し与えられた部屋も、一応王女の私の部屋と比べても遜色ないほどに贅沢な空間だ。
「うん……そう、だね? じゃあマーリンを呼びに行かないと」
数日間はゆっくり療養せよ。とビャクコさんの言葉に甘えた私達は獣王国に滞在していた訳だけど。
リヒトに与えられた部屋に押しかけていた私をそっと促す様にエスコートし扉を開けてくれる。
あの日以来、どこかリヒトが余所余所しい。
何か話しかければ普通に応えてくれるし、気まずい雰囲気にもならない。
でも、私が〝確信〟に触れようとすると、今みたいに話をそらされる。
私が何かしたから? 実は美咲のことで思うところがある……とか。
正直に言おう。
私は、リヒトのことを〝好き〟になってしまった。
助けられた時の一時的な感情とか考えたりもしたけど、想いは日に日に強くなっている。
リヒトが近くにいるだけで、心が安らぐ。前向きになれる。
だから、今は……ちょっと泣きそうだ。
でも、踏み越えられない……過去の私が未だに足を引っ張る。
帰って欲しくない、ずっと側にいて欲しい。
言いたい、けど言えない。そもそも、そんな事を言う資格が私にはない。
考えればわかることだ……自己都合で無理やり召喚されて、なりたくもない〝勇者〟に無理やり祭り上げられ、その上で、私はあろうことか上から自分が選ぶ側に立とうとしていた。
勇者に助け出されるお姫様? どれだけお花畑な夢を見ていたのだろうか。
視野が狭くて、不都合な現実を直視しない。
私のやったことは、アルフレッドと大差ないじゃん。
過去に戻れるなら、今すぐ戻って過去の私をぶん殴りたい。
本当、ダメだな私……向き合おうって決めたのに。
ダメだ、ダメダメだ……ヤバ、涙が、止められない。
「アイン? どうした? 大丈夫か」
「——うん、なんでもない、なんでもない! なんか目にゴミ入っちゃったかなぁ? そういえばイリナとコクライは? 見かけないけど」
「ベタすぎるだろ……あいつらは、郷土料理を制覇するとかで飛び出していったよ。今頃、広間で接待されているんじゃないか? 城の食糧庫を空にしないといいんだが」
「ああ、イリナならやりかねないね」
首元に手を当てながら居心地が悪そうに応えるリヒトに声だけは明るいトーンで返し、私は顔が見えない様に前を歩き続ける。
帰りたい、よね……決まってるじゃん。
美咲が繋いでくれた縁はあっても、あっちの世界に生きていた人が、こんな娯楽もない文明の世界で暮らしたい訳ない。
「……アイン、ちょっと話が——」
——来た。
ビクッと肩を震わせて必死に涙を拭いながら振り向こうとするも、足が竦んで上手く動けない。
避けられていると思っていた私が、今は全力で避けたい……今すぐこの場から逃げてしまいたい。
「……」
震える呼吸を整えて、私は振り返ろうとする。
その時、今、最も感じたくない気配を私は感じてしまった。
(おい、アインっ!! なんか大変だったらしいな? 大丈夫かボゥ)
(拙者がついていれば、アイン様に手を出す不届き物など斬り捨ててやったものをヒェ)
(でもでも、無事でよかったよぉ! 今日はいい報告を持ってきたんだよっ、カンタァ!)
火、水、風の高位精霊が私とリヒトの間に突如姿を現した。
「な、なんだコイツら? あ、コクライと同じ高位精霊ってやつか?」
(ぁ? んだテメェ? アインやったのテメェかコラ? ボゥ)
(まて、早まるな。此奴は、あの〝コクライ〟と契約した人間だヒェ)
(ふぇえ! あの〝破天荒〟さんが人と契約するなんて信じられないょカンタァ!)
「お、おぅ……高位精霊ってキャラ濃いよな? みんなこんな感じなのか」
疑問に感じてもないみたいだけど、契約していないリヒトがこの子達を直視出来ているのは結構異常だ。
でも、そんな部分でさえ同じ世界が見えることに喜びを感じてしまう私は、もう末期だろう。
「いい子達ばっかりだよ? それで、どうしたの? みんな揃って……」
できれば聞きたくない。そんな望みにすがる様に私は問いかける。
(おう! そうだった、見つけてやったぜ! 例の物 ボゥ)
(拙者が見つけました。拙者にかかれば造作もないことですが、ただ見つけるだけでは芸がない……ヒェ)
(と、いうことで! 現世のものにあまり触っちゃいけない僕らでも、色々工夫して! とってきちゃいました! じゃーん〝時空花〟!! どう? 偉いでしょ? カンタァ!!)
柔らかい風に支えられる様にして、虹色に輝く神秘的な一輪の花が私の手元にそっと舞い降りた。
私は、精霊達にお礼を言いながらその場から走り去ってしまい。
人知れず子供の様に涙を溢し続けた。私、ここにきて泣いてばっかりだな。
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