第39話:天才召喚魔術師と邪竜
微妙に緊張感のないやり取りをしていた私にリヒトは苦笑いを浮かべ、その他はなんとも言えない空気と視線を私に向けていた。
「アインよ、まさか其方が高位なる精霊の加護を受けし者とは……今までの非礼を詫びよう」
「あ、やめてくださいビャクコさん——じゃなくて、陛下っ、私なんかに王が頭を下げてはいけません」
「いや、我ら獣族は精霊を尊び、重んじている。
高位の精霊より加護を受けし其方は我らにとって神の使いにも等しい」
あっちゃ〜、やらかした。
ここまでやるつもりはなかったんだけど……私もなんか吹っ切れて舞い上がっちゃたかも。
そうだよね〝高位精霊〟なんか召喚したらこうなるよね。
実際コクライの加護を受けてるのはリヒトの方なんだけどねぇ。
「あ、あはは……本当に、大丈夫なんで! 今まで通りな感じでお願いします! 是非」
「……ふむ、其方がそういうなら、その様に努めよう」
ちょっと困惑した様子で顎に手をやったビャクコさんは、相変わらずの無表情だけど、どこか優しげにも見える顔で頷いてくれた。
うん、可愛い——違う! それよりも、この状況! 早くどうにかしないと。
『やはり、やはり貴様は危険だ! 今ここで、息の根を止めておかなければ!! ラコブ!』
「はっ!」
耳障りな絶叫をあげ私を睨みつけた邪竜。それに呼応する様にシルクハットが隙をついてリヒトの背後に回り込み喉元へ鋭利なステッキの先端を向けた。
「おっと動くなよ嬢ちゃん? 勇者様の命か、嬢ちゃんの命かぁ、よく考えて選びな」
リヒトの首筋から赤い血が滴る。
シルクハットは隙を伺うリヒトの大鎌を取り上げて後ろに放り投げた。
「鎌の嬢ちゃんテメェの“魔道具”だろ? テメェの魔力なしじゃ嬢ちゃんになれねぇはず。
勿体ぶらずに二人で攻めときゃ勝機はあったぜ? テメェの下手なプライドが姫の嬢ちゃんを殺すのさ」
「……」
言いながらリヒトの喉元に突きつけられたステッキがさらに喰い込み、ドクドクと赤い血が溢れる。
『ワタクシの血肉となる栄誉に、咽び泣きながら逝けっ!!』
上空から禍々しい翼を広げ大蛇の大口が私を丸呑みにせんと迫る。
同時、リヒトが動いた。
「こんな世界で使うのはちょっと気が引けるけどな……これが一番手に馴染むんだわ」
外套の内側に手を入れたリヒトが手にしていたのは、黒く無骨なフォルムが印象的な殺傷能力だけを追求した近代兵器。
なんで、という気持ちが浮かび上がるのと同じくらいどこか納得している自分もいた。
振り上げられた銃口から発射された弾がシルクハットの下顎を撃ち抜く。
銃声と共に一瞬のけぞったシルクハットであったが、強固な鱗に覆われた外皮は鉄製の弾を難なく弾き返す。
ただその衝撃は強烈だった様で、強制的に顎を真下から打ち上げられた勢いで尖った歯が一本折れた。
「ぐっ——ゆ、勇者ぁあ!? 俺様に何をしたぁあああ!!」
余程歯のことがショックだったのか、瞳孔がパックリと開き凶悪な表情を晒しながらリヒトに迫る。
「悪いな。俺はあんた以上に、勝ち方にこだわるタイプじゃないんだ——」
リヒトが敵を前に堂々と踵を返す。次の一手で積むことがわかっているのだろう。
「——んな、なん、だ、と……ごふぁっ⁉︎」
「きひひひひ、色々とダセェんだよ、テメェ」
シルクハットの胸から血に濡れた鎌が心臓を刈り取る様に生えていた。
ズシャッと生々しい音と共に床へ放られるシルクハットへ振り返ることなく私のもとへ駆けつけようとするリヒトは、一瞬目を見開いてその動きを止める。
当然だろう、私へ襲い掛かろうとしていた驚異は目の前に立っている白い虎の王に片手で口元を押さえ込まれ、その巨軀はビチビチとのたうちまわっているのだから。
「終わったか、従者……では、そろそろこのくだらない茶番を仕舞いにしよう」
『お、おのれぇえええ!! 離せっ! 無礼者め、離せェエエエ——!!』
暴れ回る邪竜。しかし、望み通り手放されたことによって不自然な体勢のまま一瞬動きを止めてしまう。
「余は約束を違えぬ。其方は余の拳にて黄湖へと逝け」
『ビャァクコォオオオオオ————!!』
長い首を伸ばしてビャクコさんへ喰らい付こうとする邪竜だが、私の目にもわかる。
この化物は、もう終わっている。
「哀れなり、同胞よ……其方がその知略を民のため、国のために働かせておったら、この国は其方と共にあったであろうよ」
衝撃が私の立っている場所まで伝わってきた。
美しいとすら感じるほどに洗練された魔力の流れ。拳に収束したそれは青白く輝いて見えた。
『 ゴッ!? ごふ、ワタ、クシの、ぎょ、玉座、だ、だ、レニも——』
動きが早過ぎて全く見えない。けれど、気がついた時には懐に潜り込んでいたビャクコさんの拳が強靭な鱗を突き破り衝撃が邪竜を一直線に打ち貫き、その背中に巨大な穴を穿っていた。
「玉座とは、民草を見下すためにあらず。照らすためにあってこそ位高き場所なのだ」
物言わぬ亡骸となった邪竜に視線を落としながら呟くビャクコさんの表情はどこか寂しげで、言動とは裏腹に心を締め付けられる様な儚さを漂わせていた。
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