第38話:天才召喚魔術師の反撃

 マーリンへの今までに私が深い悔い改めに陥っているところへヒステリックな叫び声。

 

 ナコンダの女とも男とも言えない声色が脳内に反響する。


『何をボサッとしているのっ!! 赤炎竜ほどの上位種を人族が長くつなぎ止めておけるはずがない! 

 この無法者どもを早くワタクシの城から追い出しなさいっ』


「喚くでない、無粋であるぞ」


『死に体は黙っていなさい! 貴方はまもなくワタクシの〝毒〟で死にます。

 ろくに身体も動かせないから未だに拘束から逃れられないのでしょうに——

 ラコブっ!汚名を返上なさい』


 未だ四肢を拘束されたままのビャクコさんは特に何の痛痒も見せることなく、よくわからない表情で静かにナコンダという人を見据えていた。


 すると、突然ナコンダという人の影から火傷を負った顔を隠すようにシルクハットを被った蛇獣人? 

 みたいな人が姿を現し、ビャクコさんの心臓めがけて手にしたステッキを突き出す。


「ふむ、助けは必要なかったが……余の身を案じたその働き、大儀であったぞ、従者」


「アインが世話になったせめてもの礼だ。あと、コイツは俺が殺る」


 大鎌を翻し、シルクハットの人のステッキを打ち払ったリヒトがビャクコさんの前に立つ。

 大鎌が黒い軌跡を残しながら弧を描けばその四肢を縛っていた蛇の拘束が切り払われた。


「そうだ、そうだよなぁ? 勇者! ナコンダ様の信頼に泥を塗られた屈辱、この顔の恨みぃ、一度や二度死んだくらいじゃ支払い切れねぇよなっ!!」


「は、多勢に無勢で襲って来て、最終的に尻尾巻いて逃げた奴のセリフかよ」


 先端が鋭利に尖っているステッキで繰り出される素早い刺突を半身になってリヒトが冷静に躱し続ける。


『よくも、ワタクシの尊い身体に傷を……許されない。下等な人族がっ! ワタクシに傷を負わせたなど、許されるはずがない!!』


 ナコンダという人の身体が、その絶叫と共に肥大化し、蛇の首は更に伸び、原型をギリギリ留めていた人の身体は鋭利な鉤爪状の手足と背中から生えた巨大な翼によって完全にその様相を〝竜の化け物〟と化した。


 勇猛さも、誇りも感じられないその姿はまさしく邪竜と呼ぶに相応しいだろう。


「グルルルゥ」


 ポチが低い唸り声を上げながら私を邪竜から庇うように立ち塞がる。


「アイン! ここは俺たちに任せて逃げろ! おまえはもう、十分頑張った!」


 俊敏な動きで間合いを詰め続けるシルクハットの攻撃にリヒトはその大鎌を生かしきれず防戦を強いられながも、私に声をかける。


「その通りですぞ! ここはワシらに華を持たせてくだされ」


 マーリンは先ほどから戦意を失っていない獣族兵の動きを、あえて威力は弱いが派手な爆発が起こる火炎系の魔術を連射することで牽制している。


 マーリンの魔力はとっくに限界を迎えていると思っていいだろう。


「もう、十分なのは私の方だよ……これ以上もらっちゃったら、返しきれないじゃん」


 ポチの身体を借りながら、心を立たせるようにしっかりとその場で立ち上がった。


「ありがとう、マーリン……おじいちゃん」


「——っごふぁ」

「マーリン!?」


 心から感謝と恥じらいを込めて呟いた瞬間、マーリンがなぜか盛大にダメージを受けた。


「だ、大丈夫です……ただ、あまりにもアイン様の微笑みが愛らしく、不意を突かれましたっ。

 爺はもう思い残すことなどございません」


 戦いの最中でこれだけ余裕があれば大丈夫だろう。


 私は若干苦笑いを浮かべつつも気を引き締め直して毅然と立ち上がり、周囲を睨みつけた。


「ポチ、召喚の権限を私に移行する。マーリンのこと、お願い」


「グルァ」


「あ、アイン様!? せめて、最後まで——」


 限界をとうに超えていたマーリンはポチに襟首を摘まれて観念したように大人しく離れたところへ連れて行かれた。



『誰がワタクシを無視しろと言った。

 そこの獣風情が自由になったからと言ってあなた達に勝機があるとでも思っているのか?

 この際だからはっきりさせておこう。ワタクシの、この姿を見て生きていた敵は一人もいない。

 ビャクコ、それは貴方も同じこと。

 貴方を退けるのにわざわざ人族などを利用し、迂遠なやり方をしたのも偏にワタクシが本気を出すのが嫌だったから。この姿は醜い、故にこの姿を晒させた相手を、ワタクシは絶対に許しはしない!!』



 上空に舞い上がった邪竜は怒気を孕んだ声色で叫ぶ。


 同時にその目が赤黒く発光し、正気を失っていた獣族兵達がむくりと起き上がった。

 瞳を赤黒く光らせた兵達が武器を構えて再び私たちを取り囲む。


 それだけではなく、今まで待機していたのか新しい獣族兵も瞳に赤黒い光を宿し次々と押し寄せてきた。


「——っち、待ってろアイン! 助けに」


「おっと、俺様を舐めすぎだろぅ? 〝あの時〟みたいにゃぁいかねぇ……俺様ぁ、お前からもう離れねぇし隙も与えねぇ!」


 その手を止めることなく高速の刺突を繰り出し続けるシルクハットの攻撃にリヒトはどうにか距離を取ろうと後方に下がるが、ピタリと張り付き追従するシルクハットに対してなかなか攻撃に転じきれずにいた。


 押し寄せる獣族兵の大群。


 上空からはいつでも私達を消し去れると言わんばかりに悠然と赤黒い瞳で見下ろす邪竜。


 ビャクコは何を考えているのかわからない表情のまま傍観に徹している。


 状況は最悪。


 以前の私なら真っ先に自分がこの混沌とした状況から離脱する方法を考えていただろう……。

 誰のことも顧みない。自己都合だけを考えて。


「リヒト、そっちは任せても大丈夫?」


「——!! ああ!任された。待ちに待った王女様からのオーダーだっ! すぐに終わらせる!」


「そんなに待ってたの? ふふ、私のことも心配しないで? こう見えても天才召喚魔術師なんだから」

「はっ、いいなそれ——じゃあ反撃開始だ」


 絶望的な質量の獣族兵に囲まれた私は、驚愕に息を呑むマーリンへと一瞬視線を向ける。


「マーリン! あなたが育てた弟子は、本当に凄いってとこ、見せてあげる!

 ——コクライ! 今だけ私に、力を貸してくれないかな? 助けて、欲しいっ!!」


「アイン様……一体何を」


 今までの自分を振り払い、私は心からの想いを言葉にした。


(当然だ! 嬢、今更水臭いことを言ってくれるな! 我の力、存分に振るうがいい!)


 私の想いに応える様に、ひっそりと私を近くで守ろうと待機してくれていたコクライが姿を現し、迫る獣族兵達に漆黒の雷を見舞った。


「いいえ、コクライ。私はあなたに助けてもらう! 顕現しなさい——《黒衣の雷帝》」


 両手で編むのは私の魔力を媒体に高位精霊を実体化するための術式。

 そこに私の紡いだ〝名〟が明確な形を与える。


「おお! これは……いつの世か、遥古の日々が蘇るようだっ。感謝するぞ、嬢よ!!」


 私の目の前に現れたのは、スラリとした美女。


 脚線美を惜し気もなく晒す漆黒のドレスを身を纏い、艶やかな黒髪に凍つくような黄金色の瞳。


 褐色の肌をした絶世の美女は、感慨深く遥か昔の記憶を噛み締めているかのような表情で佇む。


「な、なんと……美しい、いや、神々しくすらある」


 マーリンがその目に映る褐色の美女に感嘆の声を漏らし、視線を釘付けにしている。


 ……け、これだから男は。

 いやいや、穿った目で見るのはやめたでしょ私!! 切り替えていこう!!


「——さあて、我らが嬢を痛ぶってくれた罪! その身を漆黒の雷に穿たれようとも、悔い改める機会すらないとしれっ!!」


 コクライが両手を天に高く掲げる。割れた天窓から見えていた景色が黒く染まり天空の咆哮が轟く。


「全てを無に帰せ……《黒き雷撃アートルムトニトルス》」


 ちょっと待って? やりすぎないよね!?


 瞬間、視界が黒に染まる。

 もはや雷と呼ぶのも憚られる漆黒の太い柱が天空から幾重にも降り注ぎ、世界を漆黒に染め上げていく。


 刹那、視界の端に〝白い閃光〟が瞬き、唸り散らす轟音の中を駆け巡った様に見えた。


「どういうつもりだ貴様……獣の分際で我が雷撃の前に立ちはだかるか。

 死に行く覚悟は当然あるのだろうな?」


 黒一色に奪われていた視界に色が戻り始める。

 周囲を見渡せば天井には巨大な大穴が開き、豪華な装飾に彩られた玉座は瓦礫の山となっていた。


 だが、そんな災害級の嵐とも言うべき攻撃の雨に晒された獣族兵たちは、まるで雷撃が直撃する前に気絶させられたかのように倒れ、黒い雷の軌跡を避けるように積み上げられていた。


 唖然とする邪竜やリヒトとシルクハットを余所にコクライは鋭く冷たい視線を、全身に雷撃を受けたかの様にボロボロな出で立ちとなり、無表情で立ち尽くしていたビャクコさんへと向ける。


 あの災害級の攻撃が降り注ぐ中を……まさか一人で全員倒して助けたの? え? なんで無事? 

 流石に、チートが過ぎるのでは?


「高位なる天の理よ……静まられよ。ここに集うは罪なき余の民。

 なれば、これらの罪は君主たる余の責。余の命一つで矛を納めていただけるならばこの場で差し出そう」


 ビャクコさんは、コクライを敬う様に片膝をついて首を垂れた。


 彼が獣王だとすれば、これ以上ない敬意の現れ……なんとなく感じていたけど、並外れた強さも、王としてのあり方にしても、この人は凄い。


 語彙力死んじゃってるけど、本当に凄いとしか私には言い表せない。


 実力でも人としても全く勝てる気がしない。


「ほう? 殊勝な心がけではないか? ならば、望み通り貴様の命で——」


「コクライ? 助けてくれようと張り切ってくれたのは嬉しいんだけど……やり過ぎ、あとビャクコさんに何かしたら、私、怒るよ?」


 スッとコクライの肩に手を添えて微笑みを浮かべる。


「わ、わ、我が? 此奴に手をかける? ま、まさかっ、此奴に手を出すと見せかけて、あ、あの紛い物の邪竜もどきを討ち取ろうとしておったのだ! ふは、ふははは!

 だから、な? 嬢? その手でゴリゴリと魔力を削ぎ取るのをやめてくれぇ、我はもう少しこの姿で居たいのだっ、リヒトを思いっきり誘惑してみたいのだぁ!」


 ダラダラと冷や汗を流すコクライに、ニコっと微笑み返す。


「うん、させないよ? ただ、コクライの気持ちは受け取っておくね? ありがとう」


「後生だぁ〜、嬢ぉおお〜!?  後生だからぁああ……」


 コクライの姿が元のサイズに戻る。リヒト以外には消えた様に見えているだろう。


(ううぅ、我、頑張ったのに……めっちゃ頑張ったのに)


「はいはい、また今度やってあげるから」


 コクライにだけ聞こえる様に小声でボソリと呟く。


(本当か!? 約束だぞ嬢! これでリヒトと……グヒ、グヒヒ)


「それはダメ」


 緩み切った表情のコクライを軽く指で弾く。

 まさに嵐の様な破壊をもたらした高位精霊はニヤけた顔でフワフワと漂っていた。

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