第37話:天才召喚魔術師と師匠

 

 はっきり言って、今の気分は前世も含めて史上最悪だ。


 当然だろう。私は、今、人を殺したのだから。


 しかも複数同時……そしてスプラッター。


 私の限り、アルフレッドへの攻撃が到達した時点で既に他の人間兵は絶命していた。


 一瞬で全体を把握し識別する嗅覚、三十倍の知覚速度。

 人間では再現不可能な程に驚異的なバネ、感情など挟む余地もない程的確に人体を壊していく実行性。


 とても、私一人では実現できない。


 認めたくはないけれど……私では、アルフレッドに勝てなかった。


 あの二つ名は、やっぱりちょっとイタイけれど……というか、ギルドの依頼ってあの人だったのか。

 それでもの実力では太刀打ちできない相手だった。


 それなりに命をかけて〝冒険〟もして、戦闘技術も磨いてきたつもり。


 全部〝つもり〟でしかない。


 私は自分の力に奢っていた……自力で生きていく? このとてつもなく命が軽い環境で、たった数人の〝命を奪った〟事実に震えている私が? 


 数日前の私に言ってやりたい……おまえはどうしようもなく無力で弱い人間なんだって。


 リヒトがいなきゃ、イリナが、コクライが……ビャクコさんがいなかったら、私はこうして立っていることすら出来なかった。


 そうじゃなきゃ、身も心もズタズタに引き裂かれていた。


 憎むべき相手に感情を暴発させ、自分の意思で向けた牙——その結果にすら目を背けようとする。

 私は弱い——そんな事に、やっと気がついた。



 この世界で戦闘技術や魔術を習得し始めた時点である程度の覚悟はしているつもりだった。


 戦いは遊びじゃない、殺らなければ殺られる。


 そもそも〝強くなる〟とは、前提にそう言うことがあって然りだとも思っていた。

 そう、頭では理解している〝つもり〟だった。


 今私が行使した召喚魔術。〝完全憑依〟は、今回で言うと、ミケを一時的に私の身体を媒体として精霊のような状態で受肉させる召喚魔術だ。


 ミケの憑依中は身体の主導権を基本的に全て委ねている。


 理由は単純にその方が強いから。

 ミケをそのまま召喚しても十分に強いのだけれど、私の身体を利用した方が今回のような乱戦には都合が良かったり、力の調整ができたりもする。


 ミケが怒りのまま暴れちゃったら、多分関係ない獣族の人たちとか巻き込むし、最悪王城倒壊なんてことにもなりかねない。そんなことしたらビャクコさんに殺されてしまう。


 ただ、肉体の完全譲渡だから普通に考えれば私へのリスクは半端じゃない。


 一歩間違えれば私は二度と自分の体を取り戻せなくなる。


 なので、この戦法はミケやポチなどの信用できる限られた相手にしか使用しない。


 完全憑依状態のミケは自分の意思で私の身体を動かせるわけだけど、そこに〝私〟が存在しないわけではない。


 むしろミケに同調するように私も居て、ミケは私の意思以上の行動は絶対に取らない。


 つまり、目の前の惨状は私が望んだ結果と言っていい。


「「「つまらない人間だ」」」


 ミケが操る〝牙〟の先端で刺し貫いたアルフレッドの頭部を乱雑に放る。


 文字通り〝肉塊〟となったアルフレッドの残骸から目を背けたくなる心を必死に押し殺す。

 私は〝ミケの目〟を通してしっかりとその光景を脳裏に焼き付けた。


 目を背けちゃいけない。言い訳もダメ。これは、私の意思が起こした結果。


 強くなりたい……リヒトと、対等に向き合えるくらいに、私は強くなりたい。


 周囲に意識を向けてみる。

 私は自我を失った獣族の兵に取り囲まれ、その奥から現獣王のナコンダ? という人? 


 今の私以上に化け物な出立ちの蛇人間? が、怯えの混じったような表情でこちらを見据えていた。


 その隣に立つ、白い虎の特徴を持った白髪の超イケモフ……コホン。


 ビャクコさんは口元に薄い笑みを浮かべ、面白そうに私の姿を見つめていた。


「「「このまま有象無象も蹴散らしておきたい所だが……これ以上は、我が主人の身体に障る。

 口惜しいが、ここから先は〝新人〟に任せよう」」」


 私の全身から黒い影が抜けていき、元の姿に戻る。

 同時にフッと身体から力が抜け、私はその場で膝をついた。


『〝漆黒の獣〟の気配が消えた?——い、今です!! その女は危険っ!!

 人族の事情などどうでもいい! 早くその女の息の根を止めなさいっ!』


 ナコンダという人が血相を変えて指示を出し、反応した獣族兵たちが私に向け一斉に手にした槍や剣を容赦無く振りかざす。


「ふむ、余の前でそのようなことをさせると——」

『今、貴方ごときに拘っている場合ではないのっ!』


 頭に響くような声で怒鳴り散らすナコンダの背中から触手のように無数の大蛇が生え、一斉にビャクコさんへ襲いかかる。


 蛇の頭は次々とその四肢に喰らいついて、ビャクコさんの動きを封じた。


 ミケを憑依させるのは私の切り札でもあるけど、代償は大きい。


 私の身体とマインドでは、ミケを長時間憑依させられないし〝解除〟した後は反動でほぼ動けない。


 それでも、今は動かなきゃ、ここを生きて出なきゃ。

 私を助けてくれた。目を覚ましてくれたあの人にもう一度、ちゃんと向き合いたいから。


 四方から鋭利な穂先が私を斬り裂こうと迫る。笑う膝に力を込め、魔力を込めて迎撃しようとした瞬間。


 だが、そんな私の頬には絶望ではなく、込み上げた一筋の暖かい涙がこぼれ落ちていた。


「……なんで」


 安堵していた。同時に自分の過去が、行いが、言動が、心から安堵している私の胸に深く突き刺さる。


 まだ遠くに見えるその姿に、私は涙をこぼすことしか出来なかった。


「せっかく格好つけたのに……ばか」


 かすれる声で呟きをこぼした瞬間。


 天窓を破壊しながら猛烈な勢いで巨大な物体が飛来。


 同時に私を取り囲んでいた獣族兵が、私を中心にして巻き起こった暴風により弾き飛ばされていく。


『な……赤炎竜!? なぜ、一体、何が——っ』


「くくっ、くはははは!!  面白い、実に面白いぞアインよ! 人の身で〝竜の王〟たる一角を従えるか! 余は其方に興味がつきぬぞっ」


「グルァアアア——ッ!!」


 私以外の全てを威嚇するようにけたたましい咆哮がその場にこだまし、空の王者が悠然と私をその猛々しい翼で守り包み込むように地響きを鳴らしながら舞い降りた。


「大丈夫かっ! アイン!!」


「アイン様に無礼を働くなど、不届き千万! 今一度、その身にワシの煮えたぎる怒りを刻みつけよっ!!     

 《千刃風ブレードウィンド》」


 同時に私を守るようにして二人の背中が視界を遮る。


 身の丈ほどの大鎌を携え黒い外套を羽織るその姿は、鋭い眼光も重なって最早〝勇者〟ではなく、魔王か死神としか思えない。


 蓄えられた白い髭に威厳のあるローブ姿。

 しかし年齢を感じさせない立ち姿は勇ましく、彼が紛れもない歴戦の英雄であることを物語っている。


 芸術的な程洗練された魔術式の構築。

〝無詠唱〟と見紛うほど高速で紡がれていく“無音詠唱サイレントマジック”と発動寸前でキープする“待機魔術式ストックマジック”の組み合わせはまさに〝神業〟としか表現できない。


 チート無詠唱な私なんかとは比べることも痴がましい、本物の天才魔術師。


 私たちを中心に発せられた一見無害で静かな風。

 先ほどの暴風を受けてもなお立ち上がり向かってくる屈強な獣族兵達の頬を風が撫でる。


 瞬間その全身を幾重にも斬り裂き戦意もろとも刈り取っていく。


「リヒト、ポチ……マーリンまで」


 こみ上げてくる感情に言葉が出ない、視界が滲んでぼやける。




 私は今、助けられている。

 いや、本当は、ずっと助けられていたんだ。

 今までも、ずっと、ずっと。

 

 それを、子供みたいな理由で……私は。




「アイン様!! ご無事で、本当によかった」


「マーリン、どう、して? わたしのせいで……酷い目に、あってきたのに」


 マーリンは振り向き様にゆっくりと膝をおり、私の顔を覗き込むと親愛のこもった表情を浮かべ、そっと私の頭を抱き寄せた。


 リヒトとはまた違う、暖かな想いで心が満たされていくみたいだった。


「……マー、リン?」


「今だけは、不敬をお許しくだされ。

 アイン様は王女である前にワシの弟子、いや、恐れ多くもワシはアイン様を孫のように思っております。

 孫が責め苦を負うのに、指を加えて見ている爺がどこにおりましょうか。

 むしろ、この身一つで愛しい孫を守れるなら、少しでも苦難を肩代わりできるのなら、爺はどのような理不尽も喜んで受けましょうぞ」


 涙が溢れ出る。私はバカだ、本物の大バカだ。


 こんなにも近くに、大切な人の温もりがあったのに、自分しか見えていなかった。


 何よりも、この場所に来てくれた。


 私のために命がけで……どうやったかはわからないけど、ポチを召喚しただけで相当な魔力を消費しているはず。その上あんな高等魔術を立て続けに二回も放って、平気なはずがない。


 なのに、そんな表情一つ見せずに、私を安心させようとしてくれている。


 こんな人を疑って、突き放していた自分が本当に恥ずかしい。

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