第36話:双刃の魔剣士2


 獣族兵たちのあとを追いかけた僕は、質素だが円形にだだっ広い玉座の間にたどり着いた。


 真っ先に僕の目に飛び込んできたのは、玉座の間の中心で対峙する二人の獣族。


 片方は白髪にすらりとした体躯の一見ひ弱そうにも見えるが、その獰猛な眼光が絶対的な強者の風格を漂わせる前獣王ビャクコ。


 その隣には、陵辱され身も心もボロボロになっている予定だったアインが、まるで伴侶のように顔を真っ赤にして肩を抱かれている。


 その様子はボロボロどころか、文字通り窮地を救われた姫という様相を呈していた。


 対するのは、黒と黄の毒々しい鱗を表皮としている蛇のような眼光を持つ人物、現獣王ナコンダ。

 彼は薄い笑みの端から細長い舌をのぞかせ悠然と玉座から悠然とビャクコを睥睨。


 獣族兵によってビャクコを完全に包囲させていた。


「——っち」


 最悪の結果だ。せめて、アインの命だけでも刈り取らなければ。


 僕は剣の柄を握りしめ、息を殺しながら隙を狙うように獣族兵の中に紛れる。


「これは、これは〝元獣王〟殿? こんな場所に何用でしょうか? あなたの寝床は地下でしょう? さあ、場違いな元獣王殿を寝床へとご案内しなさい……ああ、ついでにその腕に抱いている玩具も取り上げておきなさい」


 ナコンダは余裕を崩す事なく、傲慢な態度でビャクコを見下げ皮肉を口にする。


「ふん、余が其方ごときの手に落ちたと本気で思っているのか? 其方の王座は、退屈凌ぎに仮初の王座にすぎぬ。

 余、以外の者がどのようにこの国を導くか見てみようと思えば……実に下らぬな。

 他者と手を組み、一瞬でも余の虚をついた〝武功〟を思い、束の間の王座を褒美として渡しては見たが、其方の底も知れた。退け、獣王ビャクコの名の下に伏して地を見つめよ」


 一歩、ビャクコが足を踏み出した。

 それだけで兵達は冷や汗を吹き出し、戦意を折られたかのように全員が後ずさる。


「言わせておけば……貴方の〝最強〟は〝三獣〟がいたからに他ならない! 頼みの奴らも、今はワタクシが遠方へと散らせた!!  つまり、蛇竜最強のワタクシにっ! 貴方が勝つ道理はないのですよっ!」


 美男子にも美女にも見える抽象的な容姿がひどく歪み、同時に毒々しい鱗が岩石のように硬質化。

 大蛇の如く首が伸び、まさに異形の怪物へとナコンダは変貌していく。


 蛇竜族は他の獣族と比べ異端だ。

 竜の闘争力と蛇の狡猾さを併せ持つ彼らは、時に他の種族を惑わし、時に力でねじ伏せる。

 

 単体でも十分に強力な力に加え、魔物であっても従える〝魅了〟。

 この凶悪な組み合わせを持つ種族が〝最強〟でないはずがない。


『貴方達、この不敬な族を討ち取りなさい』


 直接頭に響くような声がした。

 突如、恐怖で足を竦ませていた兵達が我を失ったかのように手にした武器を持ち獰猛な唸り声をあげる。


 僕まで〝魅了〟されたらどうしようかと思ったけど、どうやら効果を獣族に限定したようで僕にはなんの影響も出ていない。


 証拠に僕の姿を見つけた人間の部下達が獣族兵に紛れて僕へ目配せを行ってくる。


 この混乱に乗じてアインを殺す——最悪ナコンダがやられても、疲弊したビャクコを始末できれば獣族の国を支配できる好奇ともなり得る。


 何も、問題はない。僕は呼吸を整え、最善のタイミングを待つ。


「哀れだな、ナコンダよ——よい、其方が余に拳を向ける事を許す。余が手ずから黄湖へ送ると約束しよう……そうだ、人族の王女。名を申せ」


 実際、悠長に語ってはいるがビャクコは今、我を失った獣族の戦士達を文字通り片手であしらっている。


 その拳速は僕でも見切れない——これは、アインを始末して撤退も視野に入れるべきか。


「へ? あ、アインです……」


『この後に及んで戯言を! ワタクシを侮辱するのも大概にしろぉおおお!!』


 片腕でアインを抱き抱えたまま、猛進するナコンダを躱して距離をとったビャクコが目を白黒させているアインを手放した。


 今が好機——足に力を溜め、姿勢を低く身構える。


「そうか……アイン。其方の打つべき敵がに見えるが、どうする? 

 ちょうど、其方の迎えもきたようだが」


「——っ!!  何ぜ!?」


 ビャクコはさも当然のように気配を隠匿している僕を視線で射抜きながら指差した。


 同時に、僕と視線を合わせたアインが目を見開いてその雰囲気をガラリと変える。


 こうなれば仕方ない。不意打ちは出来なかったが、幸いビャクコはナコンダが押さえ込んでくれている。

 召喚などさせる間もなく切り刻むっ!


「……許さない」


 こちらを見据えながら漏らしたアインの言葉に僕は嘲笑を持って応える。


「許さない、か……それは君の台詞ではないよ? アイン。

 召喚魔術に多少才能はあるようだけど、それは僕も同じ。〝双刃の魔剣士〟と言えばわかるかい? 

 僕はその辺の騎士や冒険者よりも、剣と魔術に才能がある。

 君が魔術を発動するより早く、その両腕を斬り飛ばすくらい、簡単なんだよ!」


「……」


 僕の〝二つ名〟を聞いて一瞬その瞳に動揺が走るのがわかった。


 当然だ、王都を恐怖に陥れている凄腕の暗殺者が僕だなんて夢にも思わなかっただろう。


 僕は、うだつの上がらない第八王子を演じながら〝使える駒〟としてあの方の目に止まるため、闇の中で刃を研ぎ続けてきた。来るべき時のために。


「君の運命はとっくに終わっているんだよ? 今更生き足掻いても何も変わらない。

 頼みの獣王はナコンダ様で手一杯。そして君は僕と僕の部下達に囲まれている。

 ——また、許しをこいなよ? そしたら、今度は僕が君を」


「……キモい」

「ん?」


 彼女が何かよくわからない言葉を呟いた瞬間だった。


 彼女の周囲から黒く禍々しい……形容し難い異常な気配が漂い始めた。

 それはやがて彼女を覆うように炎のような漆黒の揺らぎが立ち上り、一瞬アインの背後に黒煙のように揺らめく三頭の獣が見えた。


「来なさい——ミケ《憑依召喚》」


 異様な光景に一瞬その場の喧騒が止む。

 あり得ない静寂が訪れた後、透き通るように彼女の呟きだけが響いた。



「——くっ、なんだ、何が起きている!?」


「ほう、面白い。アインよ、存分にやれ。ここは余の庭。この場所で其方の行う全てを余が許そう」


『な……な!? この気配、あの容姿。〝冥府の悪夢〟漆黒の獣 !? あり得ない、たかが人間が、あんな化け物を』


 動きを止めたビャクコが感嘆の言葉を発し、ナコンダは何かに怯えるような表情を見せる。

 なんだというんだ……ただの召喚魔術師が、一体何をしたと。


「———な」


 その時、漆黒の揺らぎを斬り裂くように中から〝ナニカ〟が姿を現した。


「ひぃぃい!?  ば、化け物だっ!!」


 その姿を目にした僕の部下が腰を抜かしてしゃがみ込み、怯えながら後ずさっていく。


「「「……許さぬ」」」


 その声は、どこからか重なるように聞こえた。

 その姿はまるで獣族のように腰から生えた漆黒の尾を三つ揺らしていた。


「あ、アインなのか? その姿は」


 頭部に生えた獣の耳が僕の声に反応する。


 ギロリと向けられた双眸の中には一つの瞼に〝三つの瞳〟が蠢き異様な眼光が僕を射抜く。


「「「……貴様のような下衆が、我が主人の名を軽々しく呼ぶな」」」


 フッと僕の視界から彼女が消えた。

 ゾワリと背筋に悪寒を感じた僕は咄嗟に双剣を抜き、振り向きざまに構えた。


 瞬間、甲高い音がなり響くと僕の鼻先すれすれの所で止まっている漆黒の刃が見えた。


 否、あれは刃ではない。

 牙だ。剣と見紛うほどの鋭利な漆黒の牙。それらはアインの手の甲に追従するように浮遊している。

 そのうちの一本を僕は双剣を使って押し留めていた。


「くっ! 気味の悪いっ! 国王が突然拾ってきた曰く付きの子供と思っていたが、化け物だったとは」


 化け物を足蹴にするように身を翻し、僕は一先ず距離をとった。


「ちょうどいい!! 化け物を王国の姫として持ち込んだ罪はやはり国王に被ってもらうとしよう!

 おい、僕を援護しろ! 魔剣士と呼ばれた所以を見せてやる」



 近くにいた部下に指示を飛ばし、双剣を構える。

 僕が詠唱を短縮し最速で魔術式を編んでいけば、王国の魔術師をも凌駕する僕の高速術式が展開。


 両手に持った双剣に炎と風の魔術が付加されていく。


 その間に部下達が僕を援護する予定だったが、臆したのか誰も化け物に斬りかからない。


 だが、幸いだったのは余裕を見せている化け物は不気味な瞳でジッとこちらを見据えるだけ。

 

「油断したな! 僕に時間を与えたこと後悔するなよっ‼︎」


 魔術を纏わせた双剣はその剣身を炎と風の刃と化し倍以上の長さになる。


 僕は一切躊躇することなく、地面を蹴りながら疾走し両側から挟み込むように剣を薙ぎ、そのまま駆け抜けた——手応えあり、化け物を打ち取った。


 一瞬、視界が揺れた気がした。


 なぜ、駆け抜けざまに切り裂いたはずの化け物が、平然とこちらを見下げるように立っているのか? 

 それに、おかしい……まるで視界が反転しているような錯覚に襲われる。


 何をされた? 幻覚の類か? 瞬間、どさりと何かが僕の耳元に倒れ込むような音。


 一体何が起きて——すると僕の視界の先、化け物の背後にはいつの間にか胸を穿たれ、腕を斬り飛ばされ、胴体をなくし死体となった部下達の姿が見えた。

 

 彼等は、僕が集めた専属の部隊。元Bランクや、Aランクの冒険者だ。そう簡単にやられるはず——。


「……」


 気がつけば、化け物が僕のすぐ近くに立ち、見下げている? どういうことだ? 

 まるで僕が地面に倒れているみたいじゃないか……まさか、不意打ちでも受けたのか? 


 一先ず、考えることを放棄した僕は身体を起こそうと全身に力を込める。


「ぁ、あ……な、んで、か、らだが、う、うごか」


「「「……もうない」」」


 何を言っているんだ、この化け物は。


「「「貴様に身体など、もうない」」」


 は? 意味がわからない。

 バカなのかこの化け物は……瞬間、奴は僕の顔を踏みつけ、ぐりっと捻るように回した。


 く、この屈辱——絶対に晴らして、みせ、る。


 視界に映った光景に、僕は唖然とした。


 首のない胴体。獰猛な獣に食いちぎられ、弄ばれたように散乱している腕や足。

 その腕が未だに燃え続ける剣身を持っている事を認め、


「ぁ、ああ、ぁあああああ……」

「「「うるさい、黙れ——我が主人の耳をこれ以上煩わせるな」」」


 ズドンっと意識を切断されるような衝撃が頭に走った。


 世界が、真っ黒に——。

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