第17話:天才召喚魔術師と第八王子2

 この場に絶対に居るはずのない人間の声に私はビクッと背後を振り向き、アルフレッドは私を縦にすように後ろから覗き込んでいる。


 いや、そこは前に出ろよ。ってそんな事よりも。


 視線の先では私のベッドがモゴモゴと怪しげに動いていた。そして勢いよくシーツがめくれ上がりそこから姿を表したのは全身ズタボロで最早裸同然の格好をしたリヒト。


「ぷはっ! やっと骨の地獄から生還できたぞっ! よぅアイン様? サプライズは成功か?」


 なぜ、ここにリヒトが——いや、わかる。多分コクライだ。

 そんな事はどうでも良い、この際リヒトの言葉が流暢になっているのもいっそ無視だ。


「勇者、様? 勇者様がなぜ……そのような格好で、アインの——まさか、アイン、勇者様と」


「いたしていません! 何も、何一つ、指一本! いたしていません!!」


 グッと瞳に力を込めて、アルフレッドに訴えかける。


「あ、ああ、わかった……信じる、信じるよ」


 凄まじく視線を泳がせながらチラチラと半裸のリヒトを気にしている様子のアルフレッド。


 ダメだ、全然信じていない。婚姻前に身体の関係を持つことはこの世界の一般常識的にアウト……しかも、王族で、相手が勇者? 論外です。島流しです、永久追放です。


「なあ、あんたアイン様の兄貴だろ? 俺は勇者だが、それ以前にアイン様とは召喚という深い深い、血よりも深い絆で心と身体も結ばれ——ゴフゥッ」


 これ以上傷に塩を塗る行為は許さぬ。

 魔力をたっぷりと纏わせた拳でレバーを打ち抜いてやれば、リヒトはその場に崩れ落ちた。


「アイン!? 勇者様が! 一体何がどうなって——」


 パタリと白目を向いて気絶したアルフレッド。乙女か君は……じゃなくて。


「コクライ? どういうつもり?」


(ふん、男のくせにビクビクと。見てられぬし、話もできぬのでな? 少々眠ってもらったまでのこと……こんな男でも兄ともなれば流石のアイン嬢も心配か?)


 人を食ったような笑みを浮かべ、気絶したアルフレッドの額を足蹴に漆黒の小さな美女が姿を現した。


「いや、そいつはどうでも良いわよ。むしろ気絶させてくれてありがとう、ちょっとだけすっきりしたわ」


(な、なんだ急にっ! 我に礼など、貴様らしくもない!)


 私の言葉が予想外だったのか、微妙に頬を紅潮させコクライはたじろいだ。


「別に? あんたの言い草はムカつくけど、私そこまであんたを嫌いじゃないし」


(ぐむ、そ、そうか……それは、殊勝な、心がけだ)


 コクライは完全に赤面して俯いてしまった。可愛い。私もこんなツンデレが出来れば良いのに。

 ただ、これは狙ってできるものじゃない。チビロリの特権、ロリではないか。


「それで? あの場所からどうやってここに転移してきたか、それでなぜ私のベッドの中なのか……ついでに何であんなにあいつが流暢に喋れるのかも説明してくれる?」


 ため息を一つこぼし、椅子に腰を下ろした私は、冷めかけた紅茶を手に取って口元を湿らせた。


(ん? ああ、それは簡単な事だ。死闘の末、ホネどもを圧倒できるようになったリヒトは、奴らに敗北を認めさせ、なぜかホネどもの部隊長という地位を確立した)


「え、圧倒って……ホネ吉さん結構強いのよ? それをこの短時間で? 部隊長は別にどうでも良いけど」


 不死の〝スケルトン〟軍団なんて、この世界の人間から言わせれば国家の脅威と言っても過言じゃない。


 前世のゲームとかだと序盤の雑魚モンスター的な扱いだけど、この世界に実在するスケルトンは別物。


 完全にアンチ属性で消滅させるか、封印しない限り不滅的に蘇り続ける脅威の魔物。

 それをたった一人で屈服させるなんて、並の人間には不可能だ。


(何を驚く、我が主人の器を持ってすれば当然の結果だ。

 我も、最初は貴様を恨みそうだったが、途中でその根端に気がついたのだ! のリヒトに足りないものはこの世界での戦い……すなわち魔力の活用とリヒトの得意体質をリヒト自身が把握する事!! 

 それらを習得するのに〝死なぬ〟ホネどもで極限状態に追い込み強制的に〝場数〟を踏ませるとは、我もアイン嬢をちょっと見直したぞ)


 小さいけど、小さくはない胸を張って誇らしげに説明するコクライの話を私は呆れ半分で聞き流す。


「百戦錬磨は意味わかんないけど、まあ強くなったんなら何よりね。それで? 肝心の説明がまだだけど……あと、その嬢って何?」


(貧乳と呼ぶとリヒトがうるさいからな、仕方なくだ。転移の方法か? 

 説明も何も、〝パス〟での繋がりがある以上、我らの方から嬢の元へ行けるのは道理だろう)


「普通はできないわよ……高位精霊でも限られるんじゃいかしら」


(高位精霊? 嬢よ、我をその程度の低俗な精霊と同等に扱ってくれるな。

 我は覇王なる力の象徴、全てを穿つ漆黒の——)


「あー、わかったわかった。あんたが凄いのは十分わかったから。何でベッドの中にいたわけ?」


(ぬ、調子がでらぬではないか! まあ良い、ベッドに転移したのは偶然だろう、嬢がギリギリまで近くにおったのではないか?)


 確かにゴロゴロしていたけども。そんな早くからベッドに潜っていたの? ずっと? 


「……シーツ変えなきゃ」


(そう言ってくれるな……リヒトはああ見えて嬢の役に立とうと一生懸命なのだ)


「あ、そう。それで、あんなに喋れるようになったのはなぜ?」


 絶対に嘘だ。あいつは軽率で最低な遊び人。これで私の評価は確定している。


(それは単にリヒトの努力の賜物だ。ギルドとやらにひっそりと通い必死に勉強しておった。

 おそらくこの世界の人間とも支障なく話せるだろう。何でも元いた世界で複数の言語が話せたらしい、リヒトなりにコツというものを理解しているのだろう)


 何そのインテリ設定。私? 英語は赤点以外取れるものじゃないと思っています。

 複数って事は何カ国語も喋れるってこと? なのにバカなの? どういう事なの?


 信じられないもの見るように、半裸で気持ちよさそうに寝息を立てているリヒトへと視線を落とす。


「はぁ、私の自由な未来のため……しょうがないか」


 元はと言えば、こいつを〝リリース〟出来なかった私の責任だ。


 自分の責任とは向き合う。

 こいつがいかにバカで最低でも、この世界でリヒトの行動と影響は〝私の責任〟だ。


 リヒトをきちんと元の世界に送り返すまでは我慢も必要なのだろう。


 グッと震える拳を握り締めながら私は自分に言い聞かせたのだった。

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